ブログ小説制作日記

不定期更新の日記です。

おひさしぶりです

備忘記録的なもの

このところ、自分のブログも放置。まして、巡回にもでかけず、無気力状態継続中です。いっそのこと、もうやめてしまおうかな、と考えなくもない今日この頃です。現実の方が小説よりも面白い(奇怪な?)ことが続き、脳みその処理が追いつかない感じです。

・・・でも、わたしの日常生活、なんて書いても、面白くもないだろうし。

というわけで、たぶん、また一ヶ月放置することになるんだろうなぁ・・・。
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再起動?に向けて

備忘記録的なもの

お盆も過ぎ、お盆飾りの片付けをし、カレンダーを8月まで進めました。

ようやく、静かな日々が戻ってきた感じです。

ただ、どうにも体調がよくない。

そういえば、今月は、まわりでお葬式が1つもない。珍しいこともあるものだ。・・・というくらい、今年になってラッシュ状態だった。
(小康状態?だとは思うけど。)

お盆の期間、毎日気温が低く、晴れなかった。稲の花が咲く時期なのに。田植えが早かった田んぼはギリセーフ、だけど、近所で一番田植えが遅かったうちはアウト。どう見ても、あの状態では不作間違いなし。今年もお米を買わなくてはならない。

誰かが言っていた。
今年の夏は、蝉の声しかしない。
鳥はどこに行ってしまったのだろう?

トウモロコシ畑に被害はない。
ハクビシンはどこへ行ってしまったのだろう?

静かな、静かな夏が終わる。

そろそろ、スイッチを入れなければならないのに、やっぱり調子が悪い。
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しっちゃもんだ

備忘記録的なもの

【しっちゃもんだ】福島弁。「たかがしれている」「たいしたことない」というような意味。

福島弁シリーズは、「せっかくどうも(挨拶の言葉。意訳すると「お世話になっております」が最も近いか?)」「さすけねぇ(さしつかえない)」に続く第三弾?
「さすけねぇ」も「たいしたことない」という意味合いですが、こちらは「大丈夫だよ」と言いたいときに使われる言葉で、どちらかというとポジティブな言葉。「しっちゃもんだ」はどちらかというとネガティブな言葉です。

それにしても、「サ行」ばかりですね。次は「しびらっこい(ポジティブに言えば「粘り強い」「しぶとい」、ネガティブに言えば「しつこい」)」あたりでは、どうでしょうね?

***********************************

さて、この6月はお葬式ラッシュで、一ヶ月に3度、という、ご近所さんにしてみるとものすごい負担だっただろうなぁ・・・という一ヶ月でした(「でした」でいいと思います。今日は28日ですから、今月は、もうお葬式はないはずです。ちなみに、今度の週末も1件予定があります。)

他人事みたいに言いましたが、うち1件は我が家のお葬式でした。

3人のうち、おばあちゃんが二人。
ちょうど対照的な二軒でした。

先にお葬式を出したのが我が家。ずっと老人ホームにいたので10年介護した、といってもたくさんの手を借りてのことでした。
ご近所で身内を老人ホームに入れたのは我が家が最初だったので、はじめの頃はかなり風当たりが強かった・・・だろうと思われる方もおられるかと思いますが、どちらかというと、風当たりが強くなったのは最近のことです。

「介護問題」というのは、かなり深いテーマでして、10件の家族がいたら、10通りの介護があります。
最近何かで読んだ記事によりますと、「誰に介護してもらいたいか」という問いに対して、一番多いのが「配偶者」という答えなんだそうです。配偶者を亡くした人で言うと、「実の娘」というのがトップで、次が「実の息子」。つまり、自分の子どもに面倒を見てもらいたい、という希望なんだそうです。
・・・ですが、蓋を開けてみると、一番多いのが「息子の妻」つまり、わたしのような人間、ということになるのが世間通例でして。
昔はともかくとして、戦後の民法では、息子の妻には相続権はない。にもかかわらず、お鉢が回ってくるので面倒を見るけど、姑が自分の娘に「嫁がこんなひどいことをした」というので(半分以上は被害妄想)、運が悪いと家族から白い目で見られるし、あげくに離婚した、という最悪のパターンまであるというのです。(それでも、舅と嫁、のパターンだと、それほど家族関係が悪化しないのだとか。うーん、深いですねぇ・・・。)
まぁ、自分では一生懸命やったつもりでも、介護というのは人に任せた方がいいと思います。誤嚥性肺炎で3度入院させたダメ嫁にとって、介護のベテランはすごい。胃ろうは外してしまったし、義母が文句を言ったのを一度も聞いたことがなかったし・・・わたしが最期まで看取ったら、きっと5年前にお葬式が終わっていたんじゃないかしら。
いろいろあったけど、少なくても後悔はしていません。やれることは全部したと思っていますから。


もう1件のおばあちゃんも、うちと同じ頃認知症になり、介護歴10年の家庭でした。
うちと違うのは、認知症が発覚してまもなく、息子の妻にあたる女性が早期退職で長年勤めた職場を辞め、やはり早期退職したご主人と一緒に、最期まで家で看取りました。もちろん、24時間介護サービスを利用したのですが、厚生労働省のお役人が介護のモデルケースにしたくなるような、とにかく立派な家族でありました。


その家のお葬式には、参列した人たちが口々に、その家族の業績?を褒める挨拶をしました。
お葬式が終わって、家人がぼそっとひと言言いました。
「うち(のお葬式)が先でよかった。後だったら、何を言われたことか」


でも、生き残った人には、生き残った人のこれからの生活があります。
早期退職して介護して、さて、これからどうするんでしょう?
そのお宅の場合は、うちとは違って、ご夫婦とも60過ぎています。再就職するのは難しいことでしょう。
早期退職してしまったら、近い将来もらえるであろう年金の金額にも影響は出るでしょう。
自分が、仕事を辞めてまで介護しなかったのは、将来のことも頭にありましたから。
もちろん、続けたからと言ってもらえる年金額なんて「しっちゃもんだ」けど、再就職するとしても、やめたときと同等の給料をもらえる保証はどこにもない。いや、それどころか、仕事があるとは限らない。
・・・下流老人まっしぐら、ですね。
政府でもそれを心配して?「介護で離職をしない」という政策をアピールしておりますが、それより、ベーシックインカムのほうをよろしくお願いしたいです。今のままでは、20年後には(家人が死んでいれば)間違いなく生活保護受給者になっているはずですから。
(・・・我ながら、暗い見通しです。ねんきん定期便を見ると、将来受け取る年金が毎年少なくなっているのを見て落ち込むだけですから。)


それにしても、年金額より生活保護の方が金額が多い、というのは、何かが間違っていると思います。
「将来もらえる年金なんてしっちゃもんだ」なんていう風に「しっちゃもんだ」を使うのも、ね。


(後記:よくよく考えてみたら、「ぶんなげる(=捨てる。標準語の「投げる」というニュアンスは全くない)」というのもありましたっけ。)
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あれから50日

備忘記録的なもの

世の中には「ペットロス」という症状が存在するそうですが、わが愛犬が亡くなってから50日目、初めて犬の夢を見ました。

犬小屋を覗いたら、犬が眠っていました。もう一度見ると、犬の姿は跡形もありませんでした。
・・・そんなたわいのない夢だったのですが、目が覚めて、「そうか、うちの犬、ようやく天国にたどり着いたんだな・・・」と思いました。
自分は仏教徒ではないので、四十九日とかいうものに、あまり詳しくないのですが、法要の時《死んでから49日経つと極楽に到着するのだ》という話を聞いたことがあります。たぶん、昨日「今日で四十九日だから」という話をしたから、ああいう夢を見たのでしょうか。

この前の日曜日、家の裏にある先祖代々の古い墓地の隅に納骨を済ませ、月曜日に役場に行って犬の登録抹消手続きをしたのですが、「これで手続きが終了です」と言われたとき、ようやく本当に犬がいないのだ、と実感したのですが、まさかこういう夢を見ようとは。
(自分は霊感が強い方ではないのですが、想像力が豊かだとは言われます。たぶん、単なる偶然でしょう。)


世の中に犬派と猫派がいるとすれば、間違いなく犬派です。
おそらく、あまり時間が経たないうちに、次の犬を飼うことになるだろうと思います。

それにしても、ボス子はとても飼いやすい犬でした。よその家の田んぼに飛び込んでいって菓子折を持って謝りに行くとか、橋から川に飛び込んで溺れるとか、それなりには悪さをしたのは事実ですが、根っからの楽天主義者で、叱られてもめげない。基本的に、みんなが自分のことを好きだと信じていて、大型犬の自分が怖がられていると気がつかない。子犬の頃から、大人の人間に囲まれて育ったので、自分が人間だと思い込んでいた。水が好きで、どろんこになるのもお風呂に入るのも大好き。根暗な犬、というのが存在するかどうかはわからないけど、ちょっとテンションが高すぎるきらいがありました。
もし、次に犬を飼うなら、やはりゴールデンレトリバーがいい・・・とずっと思っていたのですが、さすがに、自分の体力を考えると、もう大きな犬は無理です。お風呂に入れるのも大変ですが、もう一回老犬介護をすると思うと・・・ある程度自分と犬の体力差がないと、認知症になって全く言うことを聞かない相手に対応するのは無理です。人間ならまだしも、相手は全く言葉が通じない犬ですから。


話は全く変わりますが、ここ1週間くらい暑い日が続き、田植えも無事に終わり、こぼれ種から朝顔が芽を出しました。畑に作物を植える時期がやってきたようです。今年は、一昨年・去年作らなかった場所に苗を植える予定ですが、家からちょうど死角になる場所なので、イノシシとかハクビシンの被害が心配です。この前、お隣の飯舘村に出かける用事があったのですが、畑に猿がいました。山を越えてこっちに来ないといいのですが。誰かが言っていたけど、少子高齢化で人間の子どもは少ないけど、動物の子どもは多くて困っている、というのが実感です。今年は、犬がいないので、物置でスズメとカラスとツバメが巣作りでけんかをしている模様です。(もっとも、いてもけんかの仲裁にはならなかった犬ですが。)
・・・あれ、そういえば、近頃野良猫がいないけど、どうしたのかな?
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テレビが復活しました

備忘記録的なもの

復活祭おめでとうございます。

うちのテレビも無事に復活いたしました。

実は、うちのテレビ、約3ヶ月前にアンテナが壊れる(正確に言えば、「壊される」)事態が起こりまして、2週間前までは「NHKだけが映らないテレビ」、という、ある種の人たちにとって「うらやましいテレビ」だったのです。

(ワンセグはどう?、と必ず聞かれるのですが、我が家のような山間部の家庭では、ワンセグどころかラジオの電波も入りません。)

映らなくなってから気がついたのですが、ゴールデンタイムにはニュース番組がなかったんですね。夕食を食べながら9時のニュースを見る、という生活パターンだったので、ニュースを見るためだけに11時過ぎまでテレビの前にいるのは体力的にきつい。

(もっとも、3月に入ると11時のニュースを見ながら夕食、パターンでしたから、確定申告シーズンが終わっていきなり「8時に夕食」、にもどると、しばらくは「時差ぼけ?」っぽくなります。毎年のことですが。)

「らじるらじる」のアプリを使っていますが、夜のニュースは10時から。ラジオを聞くような人は、基本的に早寝早起き、ではないんですね。早く寝て、「ラジオ深夜便」が終わる朝の5時に活動開始、という人間にとっては、ラジオでも夜8時台のニュース番組ってありがたいんですけどね・・・と思うわけでして。3つもチャンネルを持っているんだから、テレビと同じ時間である7時のニュースをやめて、8時のニュースにしてくれればいいのに。

ニュースアプリを好きな時間に見ればいい、という考え方もあるのですが、家に帰ると両手が塞がる時間が長いので(夕食の支度からスタートして、家人のマッサージまでで夜10時)、できれば、それまでに片手間でもニュースを見て---聞いて---おきたい、というのが理想です。こちらも仕事を持っている身ですから、疲れたから早く寝たいなぁ、なんて考えちゃうわけで。

ところが、4月に入って、テレビが全く映らなくなってしまいました。
さすがに、これは人の手を借りなければならない事態です。
アンテナ工事を頼みました。
そんなわけで、今日はテレビも復活祭。
今日は、第一回だけしか見ていない大河ドラマをじっくりと見ることができました。(今日は第15回。)えっと、この女性が「おとわ」なんだ~(そう呼ばれていたのでわかった)。そういえば、第一回のときは、子役が演じていたものね。で、後見人?誰の?
・・・えーい、細かいことはどうでもいい。今日が第一回なんだ。という気持ちで見ていました。うちの小説を途中から読んだ人の気持ちがよくわかりました。「おとわ」=「次郎」=「直虎」って・・・「シャルロット」=「ブローニャ」=「クリーシャ」みたいな三段活用?ですね。うん。主人公の名前って大事だ。
(あとで、あらすじを確認しよう。)

・・・てなわけで、今日は、こんな時間に日記の更新です。
考えてみれば、「ブログ」というものを初めてから、今日で11年。(前身ブログは、2006年4月16日の復活祭にスタートしました。)
不思議なことですが、当地の桜は、例年復活祭の頃が見頃で、今年はどうかな?と思ったのですが、うちの町の桜は、2006年同様、現在絶賛ライトアップ中です。(今日のテーマは)あの日と同じく、やっぱり復活祭=桜、なんですね。進歩しないというか、なんというか。

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・・・いぬしんじゃった。

備忘記録的なもの

突然ですが、うちの愛犬ボス子が亡くなりました。
本来だったら、昨日、ブログを更新する予定でした(例によって、ブログの誕生日+1ヶ月記念---というか、例年通り、月遅れの誕生日を祝う?予定でした)。
でも、そんな気になれなくて。

一日経ったら、少しは気分が落ち着くかと思ったんだけど、やっぱりそんな気分ではない。

うちの上司曰く、「納期ぎりぎりのときは、親が死んでも会社に来い」だそうです。
犬なら、はるかに優先順位が下なんでしょうね。
その言葉を聞いて、心の底で何かが切れる音が聞こえたような気がしました。

いや、悲しいんじゃないと思います。腹が立って仕方がないんです。
こんな状況なので、この記事のコメント欄を閉じますね。何を口走るかわかりませんので。
(お悔やみの言葉?もいりません。慰められたい気分でもありませんので。もちろん、叱咤激励など、もってのほかです。)
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「昔はよくなかった」

備忘記録的なもの

最近、よく眠れません。・・・いや、睡眠時間が足りないとか、じゃなくて、昔の夢(悪い夢)を見て何度も目が覚める・・・という状況。
「昔はよかった」なんて、誰が言ったんでしょうね?
少なくても、今はそんな気分になれないです。
「一番幸せなのは、今、このときなのだ」・・・そう思うようにしています。


学生時代に、シューマンの歌曲「女の愛と生涯」なんていうのを1年間にわたって勉強したことがありました(しつこいですが、自分は声楽専攻ではありません)。
ドイツ語を真面目に勉強したことがない(第二外国語はフランス語を選択していました)ので、楽譜の一番最後についていた対訳を見て、「何という反動的な歌詞なんだ!」と、カチンときていました。音楽の内容はともかく、わたしのように結婚願望が全くない女子学生に歌わせるような歌じゃない。それとも、「将来の夢はお嫁さん♡」なんてタイプに見えていたのでしょうか? うーん。今となっては、故人になってしまった先生に聞いてみることもできず、なんかもやもやした気分が・・・。でも、「こんなの嫌だ。《リーダークライス》のほうがよかった・・・」とも言い出せず・・・。

(システムとしては、友達と二人一組になってレッスンを受けるのですが、その一年間、わたしは「女の愛と生涯」を歌って、友達のために「リーダークライス」の伴奏をしていました。逆の方がよかったんだけど、どうしてその組み合わせを選んだんでしょうね?)

歌詞の内容はともかくとして、音楽としては悪くない曲で、一人で練習するときは自分で伴奏しながら歌って「うーん、悪くない」とぶつぶつ言いながら練習していたものです。
もちろん、いいのは音楽であって、歌っている本人のことではありません。昔から、声の質は褒められても、歌を褒められたことがない、いわゆる音痴、ですから。伴奏がないと、1曲もまともに歌うことができません。
自分ではそれほどひどくないと思っているんですが、客観的に見るとかなりひどいようです。(音大の入試に向けて)コールユーブンゲンの第一巻を全部暗記させられたけど、それでもきちんと音程がとれない。「♪ドレドミドファドソドラ~ド」とか、今でも歌える曲が何曲もありますが、その短いフレーズでも、最初の「ド」と「ラ~」の後に来る「ド」が同じ高さではない・・・くらいの音痴です。
そんな自分ですから、伴奏なしで練習するのは大変心許ない。
そのため、本来だったら弾けなくても問題ない?「女の愛と生涯」の伴奏も一応は一通り練習しました。
どんな歌詞かわからないうちに、一通り弾いたとき、不覚にも感動してしまいました。うん。あの音楽は、歌詞がなければ最高です。ドイツ語をきれいさっぱり忘れてしまった(いや、正確に言えば、ルビ振ってカタカナで暗記したけど、《知らない》というほうが正解)今聞いても、やはり曲はいい(笑)。


グリーグの「抒情小曲集」を聞くと、彼がシューマンの「女の愛と生涯」を知らなかった、とは絶対に考えられないのです。
音楽のしかけが、この曲集を下敷きにしている(より正確に言えば、この曲集だけがモデルだったとは言えませんが)のが透けて見えたりするのです。なんか、こういう音楽が、今の自分の気分と合っていて、ついこの前までは、今が人生の折り返し点を過ぎたところ、なんて考えていたのですが、もしかすると、折り返し点どころか、今、自分の人生の晩年、という時期にいるんじゃないか・・・なんて考えることが多くなりました。

・・・きっと、だから、悪い夢を見るんでしょうね。


でも、今までの人生、「もう、○○をするのには遅すぎる」とばかり考えて生きてきました。
最近では、「子どもを持つにはもう手遅れだ」・・・でしょうか。
だけど、「この歳になって」という枷を、自分ではずそうと思い始めてから、(かなり無理はしていますけど)「今日が自分の人生で一番若い日」という言葉(たしか、エリアンダーさんのところで見つけてきた言葉、だったと思います)が、自分にとっての励みになっています。


今は、それなりに年齢を重ねてきた?からか、昔よりも生きやすくなってきたように感じます(おばちゃんになって、ずうずうしくなった、とも言う)。せっかく与えられた「人生」というゲーム、ゲームオーバーでログアウトするまで、楽しまなくちゃね、とは思うんです。
せめて、昔のことを思い出して、悪い夢を見なくなればなぁ・・・。
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にわとり

備忘記録的なもの

「とり」年、ということで、鶏の絵が入った年賀状をたくさんいただきました。やっぱりにわとり?と思いましたが、約一名、フクロウの絵の年賀状がありまして、「そうか、フクロウもアリか」と納得いたしました。
あれ?そういえば、毎年鶴と亀の絵の年賀状をよこすあの人も、今年は鶏でしたねぇ・・・。


「にわとり」で、小説中で回収し忘れているエピソードがあったことを思い出しました。


小説中にセバスティアン=ロストフスキー(セバスティアン=ロースト)という画家がいた、ことを覚えている・・・かたがいたら、ちょっと尊敬してしまいます。作者がすっかり存在を忘れていた人間なのに、すごいな、と。

さて、彼の出番はそう多くはありません。より正確に言うと、「よくしゃべる」うちの登場人物中で、(今のところ)まったく台詞がない人物です。彼の名前が最初に出てくるのは、主人公シャルロットの祖母ステラ(ポーランド人)がフランスに嫁いだとき、話し相手として雇われたポーランド人留学生の女性の兄、というものです。ステラの最初の子ども(シャルロットの母親のクラリス)が誕生したとき、娘の洗礼式の代父としてどうだろう、と打診される場面です。結局、その洗礼式は、屋敷の火事、という事件のせいで行われることはなかったわけですが。これが、第一部での彼の唯一の登場シーン?です。

第二部では、ほとんど冒頭で、フランスから帰国し、ポーランドで活躍を始めた彼が、後に彼の代表作といわれることになる7枚の連作を書こうとする場面が出てきます。ある日、彼は、ワルシャワで一人の青年を見かけます。その青年を見たとき、彼は、青年に自分の絵のモデルになって欲しいと頼みます。その連作、「イエズス=キリストの受難」の、キリストのモデルになって欲しい、と。絵は完成し、それによって”セバスティアン=ロースト”は、ポーランドでも有名人となります。
青年の名前は、ウワディスワフ=スタニスワフスキー。かつてヨーロッパで活躍したヴァイオリニストでしたが、左手に致命的な傷を負い、現役を引退せざるを得なくなり、妻のナターリアの故郷ワルシャワで暮らしていました。

(ウワディスワフとナターリア、に聞き覚えがなかったら、作者がかなり落ち込みます。)

絵が完成したとき、二人は、一枚だけ手元に絵を残すことを希望しました。その絵のキーワードが「にわとり」です。
「聖書」では有名なエピソードですが、抜粋で引用します。


人々はイエスを捕らえ、引いていき、大祭司の家につれて入った。ペトロは遠く離れて従った。人々が屋敷の中庭の中央に火をたいて、一緒に座っていたので、ペトロも中に混じって腰を下ろした。するとある女中が、ペトロがたき火に照らされているのを目にして、じっと見つめ、「この人も一緒にいました」と言った。しかし、ペトロはそれを打ち消して「わたしはあの人を知らない」と言った。少したってから、ほかの人がペトロを見て、「おまえもあの連中の仲間だ」と言うと、ペトロは、「いや、そうではない」と言った。一時間ほどたつと、また別の人が、「確かにこの人も一緒だった。ガリラヤの者だから」と言い張った。だが、ペトロは、「あなたの言うことはわからない」と言った。まだこう言い終わらないうちに、突然鶏が鳴いた。主は振り向いてペトロを見つめられた。ペトロは、「今日、鶏が鳴く前に、あなたは三度わたしを知らないと言うだろう」と言われた主の言葉を思い出した。そして外に出て、激しく泣いた。
(ルカによる福音書 22章55-62節:引用は「日本聖書協会 聖書 新共同訳」より。太字は引用者による)



このエピソード、4つの福音書すべてに出てくるもので、「三度」とか「火にあたっていた」とか「外に出て泣いた」のように、微妙に表現が違うところがありますが、4つの福音書のうち、ルカのエピソードが一番好きです。太字で引用した「主は振り向いてペトロを見つめられた」が載っているのがこれだけだから、かもしれません。ま、とにかく、にわとりといわれて思い出したのが、セバスティアン=ローストの絵、だったわけです。「年代記」ではこの場面になります。そのとき、主がどんなまなざしだったか、というわたしの解釈、でもあります。
そして、これがこんな小道具として登場するわけです。この場面の後、シャルロットの養父母であるチャルトルィスキー公爵夫妻が誕生するわけで、結構重要な小道具になったりしたわけですが・・・。


・・・で、結果として、7枚の絵のうち、ポーランドに残されたのがこの絵だったわけですが、その後、この絵は第三部のワルシャワ編でもちょこっと背景の一部として登場したりはしたのですが、原作を読み直してみても、第四部では影も形もなくなってしまっています。
「あ、このエピソード、回収し損ねている」と、年明け早々思ったのですが、作者としても思い入れのあるこの絵、44年のワルシャワ蜂起の時に焼けてなくなってしまった・・・ことにしてしまうのは、非常に惜しいと思ったりしまして・・・。


さて、これを最終的にどう料理しようか・・・またひとつ、悩みの種が増えました。


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エラー2

備忘記録的なもの

前回は、途中になってしまった話の続き・・・ってほどたいした話ではないのですが、備忘記録。

年の初めにこんな記事、もナンですが、皆様、年末調整はお済みでしょうか?
毎年この時期になると、「年末調整で、○○円戻ってくるのかと思ったら、追加でとられるって何よ?」という苦情の電話が来たりするのですが、雇用主の方が間違って前年以前の税率で計算したり、ボーナスの税率を間違ったりしなければ(あとは、前職ありの転職者の方が、間違って計算された源泉徴収票を持ってきた場合・・・が、主なものですが)、多くの場合は、大学生だったお子さんが就職された、などの理由で扶養から外れたのに、12月まで会社に申告しなかった・・・なんていうケースがほとんどなので、苦情を言われてもちょっと困ったりするんですけど・・・。

あとは、「12月に子どもが生まれたんだけど、どうして計算に入っていないの?」と聞かれることがあるんですけど、二人目のお子さんならそういう質問は出ないのですけど、一人目だと、「子どもが生まれた=扶養家族1名」と勘違いされる方が、まだ、いらっしゃるんですよね。そうなんです、今は16歳以下(厳密には平成13年1月2日以降生まれ)の人は、扶養1名とカウントしません。
これに似たケースは、翌年版の数字を見て、「うちの子、平成14年1月2日以降生まれ」じゃないのに、どうしてカウントしてくれないの?・・・という苦情がありましたっけ。

逆に、「12月に亡くなったじーちゃんの分、扶養に入れないで計算したでしょ? 間違って計算した分、戻してよ!」というのもあります。こちらのせいです、ごめんなさい。「2017年1月1日現在の扶養控除申告書」を見て計算するので、たまーにこんなエラーもやってしまいます。前年にいただいた分で計算しないこちらのミスです。


さて、今年は、それにくわえて「マイナンバー」を入力する、という1つ面倒な作業がプラスになりました。
おかげで、源泉徴収票の大きさが倍になり、今までだったらA4用紙1枚で市町村提出用まで全部印刷できていたのに、一人あたり2枚必要になりました。

ここからは、ちょっと無責任な話になります。
まぁ、何事もヒューマンエラー、というのがつきものなのですが、マイナンバー12桁を入れたとたん、「番号をもう一度ご確認ください」のエラーメッセージが出ることがありまして。
「え~、なんでわかるの?」と思ったのは、入力ミスが多いわたしだけでしょう。職場でそんなこと、話題になりませんので。

ちょっとググってみたのですが(ちょっとなので、詳しいことはよくわかりませんが)、12桁の下一桁に「チェックディジット」というものを埋め込んで、入力ミスを防ぐシステムになっているんだそうです。コンピューターはいまいちよくわからないのですが、偶数桁と奇数桁の合計に何らかの係数をかけたものを足して、そこから何かを0~9になるまで引いて、その数字を下一桁に埋め込む、というものらしいのですが・・・。むかし、生年月日を全部足して一桁になるまで計算した結果が「5」だった、なんてなんとか占いでやったみたいな計算式を複雑にしたものなんでしょうか?数学が苦手なので、細かいことを聞いてもよくわかりません。ただ、その計算式の結果が、厳密に言うと1~11の11種類で、「10」と「11」の場合はどちらも「0」がチェックディジットとしてつく、ということでしたので、下一桁が「0」の場合は、丁寧に見直すことにしよう、と思った次第でした。


こんなことは、年の終わりにも、年の初めにもふさわしくない話題だなぁ、と思ったりするのですが、自分のための備忘記録として書いておくことにしました。
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エラー

備忘記録的なもの

今、画面の上の方に、トラックバックテーマ第2211回「ブログを始めたきっかけはなんですか?」が出ています。

「この」ブログを始めたきっかけは、もちろん、「小説を発表する場が欲しかったから」です。
「小説家になろう」とか、既存のシステムを考えないわけではなかったのですが、利用規約を読んでいるうちに、「あ、たぶん、強制削除されちゃうな」と自己規制した結果がマイブログでした。

(たとえば、ヒットラーとかスターリンとか、ここ100年以内の実在の人物が出てくるような話ですから、「小説家になろう」では規約違反ですよね?)

まあ、一人でも読者がついてくれればいいな、と思ってスタートしたわけですが、ふたを開けてみたら、ホントに読者が一人(苦笑)。
アクセス解析にひっかかった人では、間違いなく一人きりです。連休中に、ご丁寧に、まる二日かけて、全部読んでくださいました。寝る時間以外は、食事時にもスマホ片手に読んでくださっていたんですね。スマホ対応のブログじゃないのに、パスワード付きの話まで全部読んでくださった。涙が出るほどうれしかったです。どこのどなたか存じませんので、どちらに向かって頭を下げていいのかわかりませんが、とても感謝しております。ついでに、名乗ってくださればもっとうれしかったんですが。


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「ブログ」を始めたきっかけは、誰か同じ趣味の持ち主と交流してみたかったからです。
最初に作ったブログは、音楽の話とゲームの話が中心のブログで、震災から1年後に自然消滅してしまいました。そのときには、コメントを残してくださる人がブログをお持ちでない人が中心だったので、自分のところのコメント欄での交流、という形で何年か運営し、ゲームについて書かなくなってから読者が激変し、自分も記事を書くのをストップしました。
ゲームの名前は「ダービースタリオン(ダビスタ)」で、このジャンルの話、って相手を選びますよね。「子どもに読ませられないブログ」とカテゴライズされ(でも、全年齢版のゲームだったはず?)、そのとき、「年齢制限」についてまじめに考えました。

(その結果が、このブログの「注意書き」です。)

ほんの子どもの頃から、親の影響で週末は競馬場にいましたから、競馬=ギャンブル、という感覚を全く持たずに育ってしまいました。この歳になるまで、馬券というものを一度も買ったことがないので、自分がギャンブルをしている?という実感もありません。
土地柄、もあるのでしょうが、得意先に出かけてお客さんと「(有馬記念の)キタサンブラック、惜しかったですね~」なんて話もできるほどには詳しい?わけですが、どうもこの感覚、全国的に見て普通ではないらしい、です。「カップ焼きそばは、やっぱりバゴーンよね」くらいローカルな話。(たぶん、バゴーン派とペヤング派が半々くらいだとは思います。全国的にはUFOなんだそうですが。)

・・・で、なんの話だっけ?
そう、ブログを始めたきっかけ。
ブログというもので最初に書いたのが(挨拶記事の次の記事、の話ですが)、復活祭とセザール=フランクと桜花賞、という突飛な?とりあわせの記事ですから、このブログとは全くと言っていいほどテイストが違ったりします。世の中には、クラシック音楽が好きな人と、クラシックレースが好きな人、って(少数派でも)一定数いるのだ、とそのとき思いました。

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さて、年末の忙しいときに、どうしてこんな記事を書き始めちゃったのか、というと、今年こそ、「年末のご挨拶と年始のご挨拶」という形式的?なものを一切省略しようかと思いまして。
便宜上2016年とか2017年とか区切っているけど、実際は同じように時間が経過しているだけだし・・・と思うようになったのです。今日は今日で、明日は明日。特別な明日が来るわけでもない。

というわけで、ご挨拶抜きで今日の記事をおしまいにしますので、年内はこの記事のコメント欄を閉じます。(ご挨拶不要、ということで。)

でも、公式には、(昨日まで仕事だったので)これから年賀状を作らなければなりません。
・・・エラーの話まで行かなかったorz



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今年の総括をするにはまだ早いとは思いますが・・・

備忘記録的なもの

それにしても、今年の大河ドラマは面白かった。どこかヤン=ウェンリーを思わせたのは愛嬌だけど、こういうドラマ作りは好きだなぁ。以前「新撰組!」のときもそう思ったけど。きっと、脚本家の人と、どこか波長が合うのだろう。
「自分は、何か後生に残すようなことをしてきただろうか?」という問いに、「それは、後世の人が決めること」と答えたのも納得。
まあ、真田”幸村”さんとか、赤穂浪士の人たちとか、日本人が好きそうなドラマネタですから。十勇士が活躍したり、吉良さんが悪党だったりするのは、”お約束”ですから。

それにしても、(そんなこと、ありえないのに)「このまま、真田さん、勝っちゃうんじゃないのか?」と何度も思いました。すごい腕です。
自分も、続編で、タデウシ=ボレスワフスキーを、そんな風に書いてみたい。
「もしかしたら、ワルシャワ蜂起、成功しちゃうんじゃない?」・・・そんな風なレジスタンス=ヒーローにできたらなぁ・・・無理だけど。うん。無理。原作通り、初日で「こんなんじゃダメじゃん!」と叫んじゃうようなキャラなのは変わらないよなぁ・・・。なんせ、あの”泣き虫タデック”ですからねぇ・・・。
・・・そんなことを考えながら、ドラマを見ておりました。

続編(第四部)、今年も進まなかった。
「回想録(ルドヴィーク=レーベンシュタイン著)」「そよ風とともに過ごした日々(ノルベール=ジラール著)」「1944年8月32日(ステファン=ポトツキ著)」の3つの作品?が第四部の元ネタ、ということになっているのですが、第一部と第二部の大幅な変更のせいで、ちょっと整合性がとれない部分があったりして、どこから手をつけていいかわからない状態で時間ばかり過ぎてしまっています。
白内障の手術をすれば、少しは(仕事から帰ってきても)パソコンの前に座ろう、という気になるのかしら。
そのあたり、来年の課題です。
(まあ、いずれにしても、このままいけば、遅くても再来年の免許更新までには手術、ということになるんだろうなぁ。できるだけ手術を遅らせる方向で治療してもらえるかどうか相談してみて(だって、「どうせ手術するしかないんだから」といって(進行を遅らせる)目薬ももらえないんですよ?)、その結果次第ではお医者さんを変えなくてはならないかな、と思っています。セカンド=オピニオン、といったら紹介状、書いてもらえるかなぁ? 我ながら、医者のかかり方が下手だな、と思います。)

******************

トラックバックテーマ第2203回「好きな菓子パンといえば?」が記事の上に出ているのですが、基本的に菓子パンは好きではありません。調理パンは大好きですけど。焼きそばが入っているのとか、ナポリタン味の麺が入っているのとか、ゆで卵をマヨネーズで和えたものが入っているものとか・・・って、「はさむものばかりなんだね(byヤン=ウェンリー)」ですね。
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その後のトップ25

備忘記録的なもの

いつの間にか、新OSに乗り損ねた古いipodを使い続けております。
広告も出ちゃったし、だけどいつも近況報告、というのもナンなので、久しぶりに現在の「トップ25」の25曲を書いておこうかと思います。
(たぶん、あまり喜ぶ人がいないネタですが、音楽の話ならかけそうかな、と思いまして。)


さて、「トップ25」ですが、機械に疎いので、どういう基準で並んでいるのかは未だに不明なのですが、この前見事にシャッフルされたのを見て、ある程度1曲単位(たとえば交響曲なら第一楽章~第四楽章の順を崩さずに並べる)、という基準は存在しそうです。同じアルバムの場合だと、おそらくオリジナルの曲順、かな?と。
前回並べた曲と、曲順が変わったものがないようなので、もしかするとipodに録音?した順、というのもある程度関係するかもしれません。


というわけで、今回の25曲です。

1.ニールセン作曲交響曲第四番「不滅」第四楽章(ネーメ=ヤルヴィ版)
 演奏者をわざわざ明記したのは、もう一つこの曲のノミネートがあるわけで・・・って、どんだけ「不滅」が好きなのよ?

2.ショパン作曲前奏曲作品45ハ短調
 前回首位?だった曲ですが、なぜか一つ下がってしまいました。ショパンの曲でこれが一番好きなのか?と聞かれると必ずしもそうでないような気はするのですが、なぜかこれ一つだけ入っています。

3.
4.
 この曲は、相変わらず「秘密」です。4つの楽章のうち、二つだけになってしまいました・・・。

5.ボエルマン作曲「ゴシック組曲」より「トッカータ」
 ん?これもハ短調か?組曲の4曲目?たぶん偶然です。

6.ヴィエニャフスキー作曲「伝説」作品17
 今はやりの「レジェンド」ですっ!(嘘) 近頃、この曲の解説で<婚約時代のエピソード>が語られることが増えたのですが、あれって絶対にガセネタだと思いますよ。できすぎた話ですしね。

7.ニールセン作曲交響曲第四番「不滅」第四楽章(ヘルベルト=ブロムシュテット版)
 以前から入っていたのはこっち。四楽章だけになってしまいました。

8.ヴィエニャフスキー作曲ヴァイオリン協奏曲第二番第二楽章
 うーん、これも二楽章だけ残ってしまいました。もっとも、「年代記」に登場するのも、ほとんど第二楽章ばかりだし・・・(関係ないか。)

9.ヴュータン作曲ヴァイオリン協奏曲第四番第一楽章
10.同 第二楽章
11.同 第三楽章
 これ、なぜか終楽章が抜けてしまいました。次は第二楽章が抜けるのでは?と思うのですが、第一楽章と続いているので、そう言い切れるでしょうか?(前のヴィエニャフスキーも第一、第二楽章が続いているけどばらばらになりましたしね。たぶん、ありそうです。)

12.ショーソン作曲「ピアノ・ヴァイオリン・弦楽四重奏のためのコンセール」より第二楽章「シシリエンヌ」
 もしかすると、この25曲中で一二を争うくらい好きな曲。「コンセール」を「協奏曲」と訳さないのは、意地です。
 前に書いたかしら? シャルロットとヴィトールドがけんかする直前にシャルロットの頭の中で鳴っていた音楽のモデルがこれです。(うーん・・・。けんかする場面、の直前にヴィトールドがタイムスリップした話を書いてから、一年以上たつなんて・・・。)

13.ショーソン作曲ピアノ四重奏曲より第二楽章
 こちらは、前回から入っていた曲。これも、なぜか第二楽章だけになりました。別に狙ったわけでないのですが、なぜ第二楽章が多いのでしょうね?

14.サン=サーンス作曲交響曲第三番より第二楽章第二部
 これは、第四楽章だけが残ったパターン。というか、交響曲はなぜか第四楽章だけ残るのは不思議です。(厳密に言えば、「不滅」は単一楽章の曲ですし、「オルガン付き」は二楽章でできている曲ですので、それぞれ「第四楽章」と表記するのはおかしい、と誰かツッコんでください(笑)。

15.アルヴェーン作曲交響曲第四番ハ短調
 楽章が1つしかないので(通常四分割しないので)---というか、この曲のCDは、インデックス付きで4分割されていたのですが、今考えると余計なお世話、ですよね。すなおに4つに分けておいてくれたら、たぶん、これも第四部だけが残っていたでしょうに・・・。

16.シベリウス作曲交響曲第一番ホ短調第四楽章
 またまた出ました第四楽章! というか、どうしてこれだけ残ったのかわかりません。自分では、カップリング曲の「フィンランディア」ばかり聞いていたような気がしていたんですが・・・。

17.P.D.Qバッハ作曲?「1712年」
 クラシックと言えるかどうか。フランス国歌もロシア国歌も出てこないところが好きです。でも、なぜに「新世界?」

18.フォーレ作曲組曲「ドリー」より「子守歌」
19. 同「ドリーの庭」
20. 同「やさしさ」
21. 同「スペイン舞曲」
 これは、第二、第四曲が抜ける、という、新パターン?です。この曲、連弾で弾くのと一人で弾くのでは難易度がものすごく変わるのですが、全音の過程別の分け方、ちょっと不満です。

22.ネドバル作曲ヴァイオリンソナタロ短調第一楽章
23. 同第二楽章
24. 同第三楽章
 ・・・って、全楽章残ったのがこれだけ、って・・・。一度、このソナタがばらばらの順番で並んだときには、頭の中が真っ白になりました。この曲に限っては、バラバラではなく、まとめて聞きたいです。

25.ネドバル作曲「悲しきワルツ」
 この曲が不動の25番になって以来、「トップ25」の曲順に不信感を持つようになりました。「自分が死んだらお葬式で使ってね」なんてことばかり言っていたから、最後になっちゃった、とか?

*******************

かなり、自分の好きな25曲、に近づいてきた感はあります。とりあえず、1アルバムあたり1曲(多楽章でも、1曲は1曲)になりました。

で、近況ですが、相変わらず忙しい日々が続いています。
誰のブログ、とは言いませんが、結構足が遠のいてしまったブログが結構あって・・・でも、活字が小さいと、いくら中身が面白くてもしょっちゅうは出かけなくなってしまっています。この記述で、思い当たる人がいたら、ごめんなさい、と謝っておきます。
(といっても、本人がこれを読むとも思えませんが・・・何と言っても、ワタクシ、足跡、残してませんし、ね。)
白内障が進んでしまって、「拡大」を3回押すのがおっくうになりつつありまして・・・。(←というか、白内障になるの、この歳では早すぎません?)
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どうも・・・。

備忘記録的なもの

恒例、月半ばの”残業週間”入りしております。

個人的にいろいろあって、かなりテンションが下がっております。

一番大きいのは、愛犬ドーニャ=ボス子(本名ではなく、あだ名です---不謹慎ですけど、もろもろの事情で本名を書けないため、とりあえずあだ名で---)がガン?の疑いで手術することになった、ことかな?と思っています。
いやぁ、こんなことを書くと、「福島県では、ガン患者が増えていて、犬まで(以下自粛)・・・」とか、飛びつく人がいそうなネタなので、時間もないので、今回も項目だけの更新、で失礼します。


さて、トラックバックテーマ第2176回「遠足の時のおやつの定番と言えば?」ですが、時間があれば別稿で「遠足の時のおやつ」の思い出など書きたいなあ、と思いますが、時間と気力があれば・・・。
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さて、そろそろ出そうですね。

備忘記録的なもの

もちろん、出るのはお化けではないのですが・・・。

相変わらず、いろいろな問題を抱え込んでいます。

**************

ちかごろ、「貸借対照表型」人間が多いなぁ、と思います。

おおざっぱな説明になりますが、「貸借対照表」というのは、「資産」=「負債」+「純資産」で成り立っています。天秤の片方に「資産」もう片方に「負債」+「純資産」をのせて釣り合う天秤のようなものをイメージしていただくといいか、と。ゆえに「バランスシート」とも言われます。

一方、「損益計算書」は(説明すると細かくなりますが)、最初に「もうけ」をあつめ、そこから、もうけを出すために使った費用、自分の本業ではないところから入ってくる財産(貯金の利息、とか)と損失(借入金の利息、とか)を差し引きした後、税金を差し引いた残りを自分の財産と見なすものです。「損益ばかり考える」というと、「計算高いヤツ」みたいなあまりいいイメージではないかとは思うのですが、ごく普通の大人の人なら、無意識に、どちらの考え方も取り入れて生きています。


で、「貸借対照表(バランスシート)型」。

こどもの頃から「情けは人のためならず」という言葉が好きではありませんでした。
自分が誰かに何か「いいこと」をするのは、あくまでも自分のためであって(人が喜ぶ顔を見るのがうれしい、とか、わりと単純な理由で行うことが多いです)、あとになって、助けられた誰かが自分を助けてくれるから、ではない。
「情けは~」は、自分の考え方とは正反対。そもそも、「あとあと自分に跳ね返ってくる」という考え方がなかなか理解できませんでした。

人とうまくいかないとき、何割かはこれがらみのトラブルです。

いわく、「あのとき、あなたを助けたのは、いざとなったらわたしを助けてくれると思ったから」。
これまで、何度この言葉を聞いたことでしょう。
成長するに従って、誰かが自分に何かをしてくれることを<負債>だと思うようになりました。
(負債=誰かに対する負い目。必ず相手に返さなければならない義務を持ったもの、とご理解ください。)
そう考えると、人に何かしてもらうのって・・・気が重くなりました。
自分は、善意でそうしているのだから、相手も善意を持って何かしてくれるのだ、と思っていたのですから、180度の転換です。

田舎で暮らすと、さらにそれがエスカレートしてきて、「お返しなし、ね」が「半分返してね」、「ホントにいらないから」が「まぁ、ちょっとくらい返してね」と同義になるので、自分のように「相手の言葉の裏が読めない」人間にとって、住みにくいのなんのって。こんなところに、よく15年すんでたな、なんて(笑)

どうにかこうにか「人生は、貸借対照表みたい」と考えるようになって、頭の中に天秤を思い浮かべ、「この人にたいする負債はこのくらい」が感覚でわかりかけてきた今日この頃です。

それでも、「本音でしゃべるなよ」と釘を刺されていますけどね。
・・・ブログくらいかな、本音でかけるのって。こんなこと、ご近所でしゃべったら、何を言われることか(苦笑)。

****************

さて。
このところ、カウンターが異様に早く回っておりますが(全然更新していないのに、なぜ?)、「77777」記念を行う予定はありません、と明言しておけば止まるかしら?

えっと、自分のところでは何も出しませんが、何かくださるというご奇特な方がいらっしゃったら、受け取ることもやぶさかではございません。ただし、上に書いたように、本当に、ホントに、ほんと~に、10000パーセントこちらからは何も出しませんので、あしからず。


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めも

備忘記録的なもの

例年恒例行事「夏の大掃除」継続中。お盆前に終わらなかったのは、ちょっとぎっくり腰になってしまい、重いものを持てなくなったので、少々延期しております。

台風9号直撃?で、トウモロコシ畑のトウモロコシをなぎ倒していきました。現在、近所の方におすそ分け中。
(いや、二人と一匹では食べきれません・・・。)

今年はいくら雨が少なかったとはいえ、いきなり降られても困るなぁ、と。

piyoでもいいような内容の近況報告でした。
今日は、歯医者さんにいって親知らずを一本抜いてくる予定。なので、たぶん、今晩もブログ更新は不可っぽいです。
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いや、怒っているうちはまだ元気で。

備忘記録的なもの

政治の話はしたくないとずっと思っていたのですが、それでも今回の選挙には腹が立ちます。

「西高東低」ですって。夏なのに。
・・・これって、今度の選挙の与党の支持率のことを指しているんだそうです。
うーん、確かに温度差があるようですね。
「こっちは怒ってるんだぞっ!」と言っているのに、まるで無視ですか。

ヤン=ウェンリーじゃないけど、「近頃、こうならなければいいと思う方にばかり進んでいく」感が否めません。
そういえば、彼は、《ただで歴史を学ぶ》ため、陸軍士官学校に入学したんでしたよね。
今、5割もの学生が奨学金を受けていると聞きました。その奨学金がストップしてしまったら、《勉強がしたいから自衛隊に》・・・が現実的になりそうです。

いや、ヤン=ウェンリーは架空の人物だからまだいいけど、今の状況って、《この道はいつか来た道》っぽい。
今なら、30年代のドイツ人の気持ちが理解できそうです。似ていると言われるけど、双子みたいです。
(だからといって、筆が進むというわけでもないのが残念。)

残業続きで(この状況は25日頃まで続きそうです。連休、なにそれおいしいの?状況で、25日まで休みなしの予定です)こんなこと書いてる場合ではないとはわかっておりますが、怒っているうちは、たとえから元気であろうとも、エネルギー補給はできている状況であります。
他人がみると変なのでしょうね、怒っているときが一番活動的になる人間、って。
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病院に行った。

備忘記録的なもの

病院に行きました。
前回の血液検査の結果を聞いたのですが、予想通り、中性脂肪値がものすごく高い!
(血液検査をするとわかってたら、《豪華な昼食》のあと、病院になんか行かなかったのに・・・orz)

でも、先生のそばに「セラピードッグ」がいたので、こちらは気もそぞろ。
「中性脂肪値が・・・」と真剣な顔でお話ししているドクター(と犬)をにこにこっと眺めている患者、って、やっぱり変ですよね。

診察後、わんちゃんと記念撮影してきました。いったい、何の病気で病院に行っているんでしょう?
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ひとりごと

備忘記録的なもの

・・・いや、別に、毎日怒っているわけじゃないんですけどね・・・。
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今週の総括

備忘記録的なもの

・・・結局、効果的なストレス発散方法、というのが見つからなかったわけですが。

ちょっと前までは、ヘッドホンをして、ベルワルドの「サンギュリエール(交響曲第三番)」の第一楽章を大音量でかけるとすっきりしたものでしたが、ずっとそれをやっていないうちに、ヘッドホンのコードが行方不明になりました。本当にずっとそんなことをしていなかったんですね。
よく、ストレス発散方法として「好きな音楽を聴く」というのを聞きますが、「好きな音楽って何だろう?」と考えると、「うーん、何だろう?」で終わってしまいそうですね。
考えてみると、「好きな音楽」というのはないのかもしれません。
そのときに聞きたいと思ったのが、「今日の好きな音楽」だし、自分のお葬式に流して欲しいネドバルの「悲しきワルツ」なんていうのもあるけど、「それが一番好きな音楽か?」と聞かれるとそうかどうかわかりません。

*そういえば、プロテスタント教会でオルガニストをしている友人が、教会でのお葬式の時に「故人が一番好きだった賛美歌」というのを一曲歌うことになっているんだ、と言っていたことがありました。「それじゃ、わたしのときは<いつも喜んでいなさい>にして欲しい」と言ったら、「そういうのを選ばれると、参列者が困るよ」と言われたことを思い出しました。でも、まぁ、いいんじゃない、そういう選曲も? 案外「あの人らしいわね」で終わりそうな気がします。

このところ、土日はいいお天気続きで、6月だというのに(6月だから?)結構日焼けしてしまいました。畑に移植作業をしたのですが、ツルムラサキが残ってしまいました。明日は雨。残りを明日の朝に・・・は無理のようです。

・・・で、今日の原稿は、ボエルマンの「ゴシック組曲」を聴きながら、でした。この曲集の圧巻は最後の「トッカータ」だというのは異論がないところだとは思いますが、3曲目の「聖母への祈り」は、自分にとっての特別な音楽です。(自分の結婚式の時、入堂するときに演奏してもらいました。なぜワーグナーやメンデルスゾーンを使わなかったのか、というのは、いつかどこかで書いたことがあったような気がしたので省略します。)
やっぱり、6月は結婚式のシーズンですよね! 6月に結婚しなかった人間の台詞ではないような気がしますが。

(ストレスになるので、コメント欄は閉じてあります。)
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やっぱり今日も怒っている。

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6月にはどうして祝日がないのだろう

備忘記録的なもの

5月5日の次は7月の第三月曜日まで祝日がない。
誰が決めたか知らないけれど、休みは集中しない方がいい。
できれば、月曜日に集中しないともっといい。
(病院の予約をとるのが大変です。これからの時期、ドクターが学会でお休みすることが増えるので、ますます月曜日は病院が混み合います。こっちの都合で月曜日にしたのではないのに、ふぅ。おかげで、火曜日の朝はぐったりします。あ~あ、会社に行きたくない、と思うのはたいてい火曜日の朝です。)
「風邪をひいたので」とよっぽど電話しようと思いました。
「うそつけ!」としかられるのが落ちでしょうけど。


********************

先週、例の病院で、セラピードッグと遊んできました。癒やすより癒やされたいタイプのようで、犬好きにはたまらないわんちゃんでした。また遊びたいなぁ。
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とりあえず(何の話?)

備忘記録的なもの

広告が出ちゃったので、とりあえず一行だけ書きます。あとは、夜にでも・・・。すみません。

*****************************

・・・で、夜になりました。うーん、ネタ、ないですね。

何にも思いつかないので、今日のpiyoの解説話でも書くことにします。

「ムトウさん事件」、はじめに書いたのが、スマホを持っていた頃のこと。
着信音を、ヴェルディのレクィエムの「怒りの日」にした、というのが最初の記事でした。

*ヴェルディの「怒りの日」って、どんな曲?・・・という質問をされる方は少ないと思いますが、もしかして、タイトルと音楽が頭の中で一致しない方がいるかな~、って余計なお世話をしてみました。
  ↓youtubeで検索して最初にヒットしたものを貼っておきます。
 聴いたとたん、「あ、あれ!」とピンとこられると思います。これって、バッハの「トッカータとフーガ」、グリーグのピアノ協奏曲イ短調とならんで、《出だしだけならだれても聴いたことがある》ベストスリーだと思われます。あ、後の2つ、どうしても気になる際はご自分で検索ください。(←ちょっと冷たい。)



次に書いた記事が、「最近、間違い電話が多いんです」という話。
得意先にはケータイの番号を教えていないので、知り合い以外からはほとんど電話が来ることはありません。

よって、知らない番号の電話には原則として出ないことにしているのですが、あまりしつこい場合は、もしかして誰かから聞いているかも?と思って、とりあえず出てみることにします。一般電話の方なら、ほぼ90パーセントは出ますが、市外局番が極端に離れている人の場合を除きます。いつだったか、「03」から始まる電話にうっかり出て「先生、原稿、まだですか?」という間違い電話を受けて以来、「02」から始まる番号以外の一般電話には出ないことにしています。


さて、有給休暇を取って家人の病院に付き添ったある日、いつも無視する電話番号の1つから電話がかかってきました。
ヴェルディの音楽を聴いてあきれた家人が「出てやったら?」、というので、まぁ、薬局だからいいか、と思って電話に出たら、

「もしもし、ムトウさんの携帯ですか?」

・・・うーん、わたしの名字って、ベストテンには入らなくてもわりとポピュラーなものですが(日本史の教科書には必ず出てくる名字の1つなんですが)、出席をとるときなど小学生の頃からよく間違えられていました。それでも、ムトウさんと呼ばれたことはありませんでした。
いや、それどころか、無糖でも微糖でも加糖でもないのですが・・・。

ムトウではない、と言ったはずなのですが、その後も何度もその番号から電話が来ます。
そのたびに「怒りの日」を聴いていると、本当に頭にきて・・・。
でも、スマホの操作がわかりにくくて、その番号を拒否する方法がなかなかわかりませんでした。
なんとかつきとめて、その番号から電話が来ないようにしたつもりだったのですが、去年の今頃、スマホからガラケーに戻したとたん、またその番号から電話が来て、慌てて着信拒否した次第です。(履歴をみると、何度か電話が来ているようで、いい加減あきらめてくれればいいのに、と思うんですが・・・)


あれから一年、まさかと思ったのですが、会社に電話がかかってきました。


「あの~、ムトウさんお願いします」と言われた同僚、どう考えてもわたしだよな、と思って取り次いだそうです。

出たとたん、「あ~、ごめんごめん、ムトウさんじゃなかったよね。ほんとにごめん、勘違いで・・・」と謝られたんですが、どうも腑に落ちない。うーん、10年来のお客様から間違えられる、というのもどうかと思うんだけど、「ムトウさん」でわたしに取り次ぐ同僚、っていうのも、ねぇ。

(ちなみに、その同僚、気が利きすぎて、名前を間違えてかけてきた相手に正しい人を取り次ぐ、というすごい才能の持ち主です。うろ覚えでかかってきた電話に、「○○ですね、少々お待ちください」ときちんと対応できる能力、うらやましいです。)

でも、それ以来「新パターンだよね」とちょっと話題になっております。


ホンモノのムトウさん、わたしの名字で呼ばれること、あまりないですよね?
わたしにとっても「ムトウさん」、珍しいパターンですが。
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それにつけてもおやつはカール

備忘記録的なもの

トラックバックテーマ第2100回「一日で一番長く寝た時間はどれくらいですか?」が目に入ったのですが、今までで一番長く寝たのは高校生の時でして、たしかピアノのレッスンで、バッハの平均律とモーツァルトのソナタの演奏をけちょんけちょんにけなされて帰宅した後、「ふて寝してやる!」と土曜日の夕方4時頃床につき、「7時のニュースです」というテレビの音声で目が覚めるまで眠り続けたのが最高です。もちろん、7時のニュースは、月曜日の朝の話ですので、宿題をやらずに学校に行ってさんざんしかられました。
・・・って、いったい何時間だ?
「面白いから、起こさずにおこう」と思った母親も母親ですが、さすがに丸一日(あしかけ三日)寝ているとは思わなかったそうです。


さて、今回の連休ですが、ちょこちょこと忙しい。
ああ、そういえば、毎年こんなもんだった・・・と思い出しました。
連休中は、田んぼから国道を走っていく車を眺め、恨めしく思えたものです。
・・・それが、いつの間に、連休中の農作業の内容が変わっていき、震災で浜通り方面に遊びに行く車が減って・・・気がつくと、近所の誰も田んぼに出ていない。そうだ、みんな年をとったから。今までだと、連休中に田植えまで終わらせないと、まとまった農作業の時間がとれなかったのに、周りの人たちがいつの間に定年を迎え、気がつくと専業農家状態。連休は、お孫さんたちが遊びに来るので、農作業なんて誰もしません。そうすると、仕事から帰ってくると、いつの間にか田植えが終わっている・・・状態。
いや、絶対にそれだけじゃない。地球温暖化、と言われて久しいのですが、実感ではだんだん寒くなっている気がします。仕事に行かないとしても、連休に近い時期に田植えをしてもおかしくないのに、田植えの時期がだんだん遅れてきています。というのは、こんなに早く田植えができるまで稲が生長しないからなんですね。つまり、昔と比べて寒いんです。

(お、そんな風に論理を進めていいのかな?)

でも、そう考えると、そういえば「八十八夜に種まきして・・・」って、学校で習ったような気がします。朝顔とかひまわりとか、みんなそんな時期に種をまいていましたっけ。ことしは朝顔作りをしない予定ですが、去年は5月下旬に種まきをしました。やっぱり、寒いんです。平均気温としては高めに推移しているのでしょうが、暑い日と寒い日が極端で、平均すると高温・・・というのが、最近の傾向のような気がします。ときどき霜が降りているうちに、農作業は、ちょっと・・・ね。

というわけで(どういうわけ?)、明日はいよいよ、芽が出てきた種籾にコーティングをする作業に入ります。それがおわったら、いよいよ田植えです。今年は、実験的に普通の田植えはしません。肥料もドローンでまきます。採算度外視でなければ、こんな農業がうまくいくはずはありません。


という作業の片手間に、珍しくちょこちょこ書いています。まあ、近況報告、なんですけどね。


で、今日のタイトル「それにつけてもおやつはカール」ですが、先日<ブログの書き方>について書かれたものを読んでいたとき、『よいブログというのは、人が知りたいと思うようなことが書かれているブログで・・・(以下略)・・・悪いブログの典型は、何が書かれているかよくわからないブログです。たとえば、文章の最後に<それにつけてもおやつはカール>で結べるような文章を書いているようなブログは、典型的な悪いブログです』というような内容の文章が目に入りまして。
ああ、なるほど、うちのブログは悪いブログだなぁ。何が書かれていても、最後に<♪それにつけてもおやつはカール>と付け加えると、ちゃんちゃん、と終われるタイプの文章ですものね。
盛りだくさんな内容を(しかも、たいして内容のないものを)書き殴って終わり、というタイプの近況報告も、やめたいやめたい、とは思っているんですが、うまくいかなくって。
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でました

備忘記録的なもの

すみません、広告よけに一行だけ書きました。
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まぁ、いろいろありまして

備忘記録的なもの

なんだかんだいっているうちに、また復活祭が来てしまいました。

この部屋には卓上カレンダーを含めてカレンダーが4つありますが、それぞれが違う月を指しています。会社のメインカレンダーも当月を挟んで前月と来月分、という風に並んでいますが、うちの場合は、単に面倒なだけで、東側のカレンダーは1月、北側のカレンダーが2月、卓上カレンダーが3月、日めくりカレンダーが3月11日・・・と4者4様?
(いや、隣村のどっかの家みたいに、2011年の3月11日で時間が止まっているわけではなく、単に仕事が忙しくてめくり忘れているうちに、カレンダーの存在を無視できるようになりまして・・・。日めくりカレンダーはつくづく向いていないなぁ、というのが実感です。来年はもらってこないようにしなくては。)


どういうわけか、今バックに流れている音楽はバッハだったりします。
平均律クラヴィーア曲集第一巻、という、われながら珍しい選曲です。

今書いているときに見えているトラックバックテーマに「苦手な食べ物はありますか?」とあります。
食べ物ではなく、音楽でいうと、どうもバッハの音楽には拒否反応が強くて・・・。最初に弾かされたバッハの曲(インヴェンション)のトラウマか、バッハは食わず嫌い?の代表格かもしれません。(ちなみに、第二位はモーツァルトで、最初に弾かされたピアノソナタのトラウマか・・・以下略。)

それでも、ピアノの旧約聖書とも称される<平均律>だけは、自分にとって特別な曲集となっています。これだけは、大好きな範疇です。なんといっても、フーガという形式が好きです。
普通のピアノの先生なら絶対に考えないことでしょうが、とっかかりのバッハが平均律クラヴィーア曲集の第5番あたりだったら、これほどバッハが嫌いにはならなかったような気がします。先生方、「インヴェンション」なんて、全曲コンプリートする必要なんてないですよ。名曲揃いだというわけでもないし。自分は大嫌いだったからいうわけではないけど、結構、子どもの感性というのも馬鹿にはならないと思います。

バッハの平均律クラヴィーア曲集の第一巻と、グリーグの「叙情小曲集」の2冊は、装丁がばらばらになるまで弾いた思い出の曲でもあります。(後者は、単に曲数が多くて分厚かったから・・・でもありますが。)あ、もちろん「新約聖書(=ベートーヴェンのピアノソナタ集)」も、装丁がかなり痛んでおりますが・・・。聖書、の名も、捨てたもんじゃないです。
(↑でも、本家本元の「聖書」は、ほとんど痛んでないのはなぜなのか、復活祭の今日、あえて考えないことにします。)

(ちなみに、やっぱり一番好きなのは第4番嬰ハ短調ですね。4音からなるテーマを持つこの曲の5声フーガを最初に弾いたときの感動、今でも忘れられません。たった4つの音からこんな曲が作れるなんて・・・バッハは常人じゃありません!)

・・・と、いきなりバッハの話を始めてしまいましたが、音楽の話なら重い腰が上がるかな?なんて思いまして。

昨晩の「らららクラシック」(でしたっけ?)で、ショパンの「雨だれ」が取り上げられているのを見て、急にこれが聞きたくなりました。24の調を全部使って曲集を書く・・・という話で、ショパンが平均律に影響を受けて・・・という流れで話が始まったので、「平均律から影響を受けたのはこれ(24の前奏曲)だけじゃないだろう?」とツッコミを入れて見ていたのですが(いやぁ、それにしても、昨日のアレはツッコミどころ満載だったなぁ・・・)、番組が終わった後で聞きたくなったのが平均律の方だったことに、自分でも苦笑。

24の調全部を使う、というカテゴリーではあるものの、バッハの場合は鍵盤の順(ハ長調・ハ短調・嬰ハ長調・嬰ハ短調・ニ長調・・・で最後がロ短調、の順)、ショパンの場合はハ長調・イ短調・ト長調・ホ短調・・・で最後がニ短調と、いわゆる「五度圏シャープ先回りコース」(←われながら、変なネーミング!)で書かれておりまして、並び方からしてバッハとはちょっと違います。

(ついでにいうと、ショパンの曲にはフーガはついておりません。前奏曲の後フーガがついて24曲あったらどんなものだろう、と思わなくもありませんが---ショパンのフーガを24曲、というのも、聴いてみたいようなみたくないような、ちょっと不思議な感覚ではありますが---平均律を意識したからこそ、タイトルを「前奏曲集」としたのはわかるような気はします。)

ショスタコの曲も、この配列だったような。わりと演奏効果が上がる配列なのかもしれません。

そういえば、ギロックの「叙情小曲集」の並び方は、そのどちらでもなく、ハ長調・ハ短調・ト長調・ト短調・ニ長調・・・で最後がヘ短調、でしたっけね。ついでにいうと、ツェルニー100番の場合は、ショパンの逆回り(フラット先回りコース)で、ハ長調・イ短調・ヘ長調・ニ短調・・・で最後がホ短調、でしたね。
とすると、世界は広い。もしかして、先進的な作曲家の方で、バッハの逆回り(ロ短調・ロ長調・・・最後がハ長調)という組み合わせで曲を書くという快挙をした作曲家がいそうですが、ご存じの方がいらっしゃったら、是非教えてください。

****************

とか、音楽の話ならいくらでも書けるのですが、小説を書こう、とか身の回りの話をしよう・・・と思うと、とたんに書けなくなってしまうのはなぜでしょう?

つい最近、コンピューターに文学賞の一次予選突破、という、わたしもやったことがない快挙?の先を越されてしまったので、人間として落ち込みがひどくなっております。そのうち、コンピューターが書いた書物が出回るようになって、ますます人間、やることがなくなりそうです。そうでなくても、うちの商売、「10年後にはコンピューターに取って代わられる仕事」のベストテン入りしていますし。

10年後のことなど考えたくもないのですが、病気のデパートcambrouse商店、また新しい病気を仕入れてきたようです。

今度は眼科の再検査・・・ですって。「緑内障の疑いあり」だそうです。
以前、究極の選択、として、「耳が聞こえなくなるか目が見えなくなるか、どちらか選ばなければならないならどっちを選ぶ?」というテーマで、日記を書いたことがあり(いつの、どの日記だったか?)、「耳が聞こえなくなる方がいい」と即答したのですが、どうやら目が見えなくなる方が先かもしれません。絶対音感はないけど、楽譜を見ただけで頭の中で音が鳴る人間としては、見えなくなるとこの世の楽しみが4分の3はなくなるんだろうな・・・と思います。かなりつらいです。

・・・でも、まだ「緑内障」だと決まったわけではないので、今から心配しても始まらないのはわかっています。
だれか、心配性の薬を発明してくれるといいなぁ。
*いや、馬鹿につける薬、が先かな?
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近況

備忘記録的なもの

近況報告などは、piyoで十分なのですが(255文字使えると、結構いろいろ書けるものです)たまにはまじめに日記を書かないと・・・とかなり重い腰を上げました。


まず最初に、今年は、確定申告書の印刷まで無事に終わりました。あす提出すればおしまい。
ここ数年にしては珍しいこのスピードは、昨年、米を作らなかったというただそれだけの事情だったりします。

自分の分は、医療費控除だけなのでそんなに手間はかかりません。というものの、毎年医療費が増え続けている現実。入院しないのにこの金額・・・というのを見るたびに・・・

(括弧内は、ちょっとした言い訳: 毎年このタイミングで「ジェネリック医療品にしませんか?」の通知がやってきます。・・・うーん。ジェネリックにしたくないわけではないのですが、薬によっては薬効が少ない、というか、薬の効きが悪いのがあって、「安いからこっち!」と単純に言えないのが1つ。あと、今使っている薬の8割以上は、ジェネリックで薬が出ていない新薬で、お薬手帳を見ても、ジェネリックに換えられるのは二つしかありません。ただ、なぜ8割かというと、その二つだけが朝昼晩2錠ずつという、一番多用している薬だからですが・・・)

・・・健康じゃなくて、納税者の皆様、ほんとにごめんなさい、と謝っております。

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もう一つは、ちょっと意外な方向からの攻撃。
うちにはノートパソコンが3つあります。うち2つはワタクシメが使っております。一つは家に置いておき、もう一つはタブレットPCのような使い方をしています。のような、というのは、もう一つホンモノのタブレット端末を持っていて、PCはWIFI環境下でしか使いません。「なんちゃってタブレットPC」状態です。

ちょっと脱線してしまうのですが、わたしは携帯電話(いわゆるガラケー)とタブレットの2台持ち(厳密には「なんちゃって君」を入れて3台持ち)で生活していて、スマホは手放してしまいました。音楽はipodを利用しているので、正確には4台持ち?です。
かなり重たい鞄を持って会社に通っております。スマホで全部すむだろう?と、若い人なら思うでしょうが、あの小さな画面に対する耐性がありませんでした。2年でネをあげてガラケーに戻してしまいました。
・・・でも、この話がメインでないので、本題に戻します。

自分のノートパソコンにはしっかりと?対策済みだったのでうっかりしていたのですが、家人のノートパソコン、ついにWINDOWS10マシンに変身してしまいました。なんか、うっかり自動更新してしまったんだそうです。

今までは8.1だったのですが、嘘のような処理スピードにびっくり。
ただし、8.1と10、って似ていると思っていたけど、素直に後継機種、というわけじゃなかったんですね。

会社から戻ってくるなり「パソコンが壊れた」と言われてびっくりしました。
「なんか、ものすごく早くなったんだけど、いつもの画面にならない」

解説しますと、今まで、「デスクトップ画面」からchromeを使ってインターネットをしていたのですが

(WINDOWSユーザーでないとわからない会話ですみません。ワタクシも、1台は7を使っているので、8.1の「デスクトップ画面」という概念になれるのにちょっと時間がかかった次第です)

『その「デスクトップ画面」が開けない。googleがない。yahooメールが使えない』というのが、訴えの内容でした。
(なぜ、グーグルとヤフーメールなのか、は聞かないでください。その組み合わせ、確かに異色です。ちなみに、わたしはFirefoxとg-mailの組み合わせです。それもある意味異色ですかね?)

こんなことも、検索しても結構出てこないものでして、今のところはヤフーのお客様相談室の記事から、メールだけは使えるようになったことと、chromeを再インストールしたことで、二つは解決したのですが、どうやったら一発でchromeが使えるようになるかは、現在調査中です。現時点では、メニューの「最近使ったアプリ」から呼び出しているのですが、どうやったらアイコンが使えるのかまだよくわかっていません。

いちおう、ヤツのパソコンの使い方に慣れてから、自分のを10にしても遅くはないかな、と。

・・・今度のことで、もし、次にパソコンを買うときには絶対にアップルのにしよう、と堅く心に誓うcambrouseでありました。
(リンゴをやたらとダンナに勧める奥さん、というのは、なんだか旧約聖書のエヴァさんみたいですね。)
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近況報告

備忘記録的なもの

広告、出ちゃいました。

ものすごい雪が降ったので、雪かきのあとで、記事をまとめます。

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今年の冬は暖冬だと誰が言ったか忘れましたが、本当に雪が降らない冬だと思っていました。

まとまった雪がいきなり降って、生活ペースがいきなり狂いました。

そうでなくても仕事が忙しい時期なので、帰りが遅いのは普通なのですが、なるべく<安全な道>を通ろうとして、毎日かなり迂回をして会社に行くもので、新しい生活パターン?に慣れるのに、まだ時間がかかっています。
自分のブログを書くだけではなく、ほかの人たちのブログへの訪問も、足が遠のき気味で申し訳なく思っています。

(自分で自分のところの管理画面を開かないのに、他の方に訪問されると心苦しくもありました。なんせ、新しい記事が全くないまま丸一ヶ月放置してしまったわけですし・・・。)

考えてみると、おめでとうございます(ことしもよろしく)とか今年の抱負どころではない位の時間が過ぎてしまいました。

前の記事に書いたときよりも、思ったより被害状況?がひどいようで、第一部からの訂正作業が必要だということがわかりましたので、どうやら修正作業だけでかなり時間がかかりそうです。
今年は、第四部に入らずに、ゆっくりと訂正作業(一日一話ずつ訂正するとしても、約一年分あります)をしようと思います。

そのかわり、いくつか、スピンオフ作品を(思いついたら)書いてみたいと思います。ネタバレになってしまいますので、原則として、第三部終了の1933年1月30日以前分の話(あるいはピルニさんの話のところまで)という限定付きではありますが・・・。

・・・というところで、短いご挨拶を終わらせていただきます。







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今年もありがとうございました。(結局このタイトルに落ち着きました。)

備忘記録的なもの

このところ新しい小説もないブログに訪問していただき、ありがとうございます。
今年一年、大変お世話になりました。

ブログを一つ閉鎖したり、個人的にいろいろあった一年でした。

来年もマイペース更新になりそうですが、どういう形にしても第四部を始めたいと思います。
(ただ、「あちゃー」ではすまない大きな失敗をしてしまったことに気づいてしまったので、訂正作業が先になります。訂正が終わった時点で、顛末を公表したいと思います。「あ、前と違う!」と気づいた方がいらっしゃったら、訂正作業についての記事を発表するまで、黙って生暖かい目で見てやってください。)



やっと家の仕事が一段落したので、いつもの年末スケジュールに突入です。
今年の第9は、パーヴォ=ヤルヴィが指揮をするそうで、とても楽しみです。
8時からずっとEテレを見るのが、このところ毎年の大晦日の過ごし方で、もちろん「23:55」でブラームスのワルツを聴いて年明け、となる予定です。
(だけど、こんな年末って、あまりポピュラーじゃないですよね)
それでは、みなさまもよいお年をお迎えください。
新年は、1月4日頃から営業の予定です。
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久しぶりの更新

備忘記録的なもの

何かの記事で読んだのですが、いわゆる「書く書く詐欺」をすると、書いたつもりになってブログ更新が遅れ気味になるんだそうです。

そういうわけでもないのですが、どうしても第四部がスタートできずにおります。

完成している小説のリメイクなのに、どうしてそんなに時間がかかっているの?という疑問はごもっともでございます。

だけど、大人になって読み返してみて、この文章から第四部を始めるのは、どうもいただけない。


あの日から、コルネリウス=ド=ヴェルクルーズの時間は止まったかのようだった。彼を知らない人が彼を見ると、修道士かと思うに違いなかった。事実、彼に修道士の服を着せたら、修道士にしか見えなかった。しかし、彼の関心事は人間の魂ではなく人間の細胞だった。(以下略)



・・・いくらなんでも、この男がこの小説のヒーローだなんて、誰も信じまい(笑)。


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というわけで、もう少しまともな書き出しはないものか?と思案中です。
今のところ、ここまでは進歩?しました。

ノルベール=ジラール博士の自伝”そよ風とともに生きた日々”によると、この頃のコルネリウス=ド=ヴェルクルーズは、他人の目からは単調な生活を送っていたように見えたらしい。事実、彼を知らない人が見たら、彼を修道士だと思い込むに違いない。彼の風貌は間違いなく修道士のそれに近かったからだ。




・・・それでも、まだしっくりしないなぁ・・・。


というわけで、こんなところでストップ中です。


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小説を書くとき、悩む点はそのときそのときで違います。
今回は出だしのフレーズですが、この台詞はどの人物にいわせればいいだろう?とか、本当に悩みどころはいっぱいです。

うちの小説は、(無理に)たとえていえば、大きなジグソーパズルみたいな感じだと思います。
一つ一つパーツを組み合わせていって、一枚の大きな絵ができる・・・というイメージが近そうです。
ですから、うまく合うパーツがないと、なかなか先に進めないんです。

別なたとえでいえば、(完成すれば)1曲のソナタになるような、そんな感じですかねぇ・・・。
でも、個人的なこだわりからいうと、きれいなメロディーを書くより、きれいなハーモニーを作りたい。できれば、まとまったフレーズで1つの話を終わらせたい・・・。だから、長編小説を書いているのに、短編とはいわないまでも、ある程度独立した話っぽく見えたりするかもしれません。無理に『最初から読んでね♡』といわないのは、そんな事情でもあります。どこから読んでも、1つの章を読んだだけで、1つの作品を読んだような気分になれますから(違?)。
ちなみに、サブタイトル(一応、ちゃんと目次に明記してあるんですが、お気づきでしょうか?)は、”全部書いてから考える派”です。


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久しぶりにまとまった時間がとれました。
とりあえず、広告が出る前に、ちょっと更新、ということで。
近いうちに、また書く時間がとれるといいのですが。
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「あるサラリーマンの独白(2)」メイキング

備忘記録的なもの

ブログのお友達、八少女 夕さんのブログ(ブログはこちら)が、このたび(といっても旧聞ですね)めでたく66666hitを迎えられました。


今頃になってしまいましたが、お祝いに1つ書いてみました。


この作品は、うちの小説「年代記」のスピンオフ作品です。
第一弾を書いてから、もう1年以上になってしまいました。
最初の作品は、<ショッカーをイメージして、一人称で小説を書いてみよう>という考えから生まれました。
その際、「第二弾を書いて欲しい」というリクエスト?を受けたのですが、ずっと書けずにいたものです。


今回は、<ピルニさんとルジツキー氏とジークフリート君が同時に参加する>というリクエスト作品になります。
作品を書いているうちに、八少女 夕さんが「こだわり」について書いた文章を読んで、もう一人登場人物(名前だけですが)を増やしてしまいました。本人の登場はありませんので、ご不快でしたらその部分はカットします。


どうせ書き足したついでなので、scribo ergo sum 66666企画参加に便乗して、以下の6個のキーワードを入れました。

ピラミッド 名探偵 ピアノ協奏曲 マフラー シャープ モンサンミッシェル ガラス細工

です。(あれ? 7個だが、ま、いいか。)

キーワードは後で加えたので、ちょっと不自然な点があると思いますが、お許しください。




小説というのは、本来は、それだけで完成されるべきものだとは思います。
ですが、短編小説を書き慣れない上に、スピンオフ作品ですから、ある程度の予備知識がないと・・・と考えました。
それに、前作(松江編のほう)もそうですが、今回もかなりマニアックな作品になりましたので、登場人物紹介と用語解説を入れることにしました。

今作の語り手は、パート1と同様、アンジェイ=ピルニさんがつとめます。
ピルニさんは、<ルジツキー商事柔術部>の副部長をしていました。過去形なのは、上司から<か弱い女性?(「年代記」ヒロインのシャルロット)を脅かしてこい>という理不尽な命令を受け、仕方なくシャルロットに怪我を負わせたものの、良心のとがめから、ルジツキー商事を退職することになった人物で、前作では<ショッカーの副隊長?>的な立場にいました。
ルジツキー商事を無事に退職できたものの、家に帰ると、奥さんのアンジェラさんが子どもたちをつれて出て行った後だった・・・というところから、本作はスタートします。

ルジツキー商事社長カロル=ルジツキー氏は、一代で大財閥を作り上げたほどの人間で、味方は大事にするが敵には厳しい一面があります。本編では、シャルロットが恋人と別れるのなら金額をいくらにしてもいい、と小切手を出した場面があり、『あれ、小切手ではなく手形なんですか?』という発言はここから来ています。<オフ会>で日本に行って以来、日本びいき。基本的には悪い人ではないのですが、社長思いの手下?たちが、勝手に社長の名前を使って暴れ回っているので、ちょっと評判が悪いです。

ジークフリート=フィッシャー君。たぶん、誰も覚えていないと思いますが、年齢は11歳。年齢の割には子どもっぽいです。ハンサムボーイですが、無意識に爆弾発言をするのが玉に瑕。いつの間にか天然キャラになってしまいました。亡くなった両親はともに音楽家ですが、彼は音楽嫌いです。初恋の人物は、ヒロインのシャルロット。年が離れすぎているので、シャルロットには子ども扱いされています。本作中に出てくるマフラーとミトンは、シャルロットのお手製のもので、ほとんど肌身離さず持っています。(でも、春になったらどうするんでしょうね?)


物語は「年代記」第三部終了時点(1933年1月30日)から2週間後の出来事になります。まだまだ冬のさなかです。


以下は蛇足になります:

コヴァルスキー家に押しかけてきたピルニさん、いつの間にか<ショッカーワルシャワ支部?>を作り上げていました。でも、服装からすると、ショッカーというよりは忍者部隊みたいですね。

ジークフリート君の養父で作曲家のフリーデマン氏の新作は、どうやらピアノ協奏曲のようです。本当はシャルロットに演奏してもらいたいけど、直接そう言えずにいます。
「嬰へ(俗に言うファのシャープ)」と「変ト(俗に言うソのフラット)」は、異名同音といいます。この両音を主音とする長調は、シャープを使ってもフラットを使っても、それぞれ6個ずつ使います。楽譜を読むのは面倒ですが、覚えてしまうと、ピアノだとむしろ黒鍵が多い曲の方が弾きやすく感じるものです。

上野にある銅像は、もちろん「西郷どん」の像です。
最初に書いたのは、「渋谷のハチ公」だったのですが、(初代)ハチ公像が完成したのは、この場面の翌年の昭和9年(1934年)だと判明しましたので、急遽「ツン」に代役を頼んだ次第です。

最後に、八少女 夕さんの「こだわり」の中に出てくる、おかしな設定例「戦国大名の末裔のチャンさん」、から生まれた、ルジツキー氏の新しい秘書のチャン嬢ですが、「チャン」というのは世界で一番多い名字でして、それにあいそうな名前をいろいろ考えたのですが、結局思い浮かばず、昨晩TVで放映されたフィギュアスケートの優勝者<パトリック=チャン>をもじりました。ごめんなさい。



「あるサラリーマンの独白(2)」は、こちらからどうぞ。
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最近ちょっと腹が立つ出来事をいくつか。

備忘記録的なもの

今、ルツェルン・フェスティバル アーク・ノヴァ2015in福島 なるイヴェントが、会社から車で10分ほどのところで行われています。

チケットをただで何枚でもくれる、と言われたんですが・・・

・・・なんで、ウィークデーの日中なんだ?
行きたくても行けないじゃないの!
そりゃ、チケットがだぶつくはずだわん。


震災後、なんか、どこを向いて開かれているのかわからないものが多いです。
避難民でもなく、福島市民でもない人間には、はじめから対象外のイヴェントなんでしょうね。


そういえば、この夏、「仮設住宅の人は無料」というクラシックコンサートがありました。
「震災復興祈念」をうたっていたそのコンサート、「チケット余っているんだけど、半額でどう?」と聞かれました。
もちろん行きませんでしたけどね。


・・・なんか、見に行く人を選ぶコンサートというのは、ちょっと腹が立ちます。
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・・・。

備忘記録的なもの

書けない。
かなり重傷のようです。

piyo使っていたときは、短い更新はこれでいいや、っと思っていました。

だから、ちょっと長文の日記を書けないと思っていました。

でも、いざとなると、短文の日記さえ書けない。

大切なのは「書くこと」だとわかりました。
どんな文章であっても、自分が書きたいと思うものを書く。
・・・それ以前に、何が書きたいのか、見失っているんですが・・・。

piyoを復活させてみます。

書きかけの短編小説を仕上げるよう努力します。

そうしているうちに「書きたい」と思えるようになるかもしれません。
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右と左がわからない

備忘記録的なもの

ここしばらく、たちの悪い風邪のせいか、眠くて仕方がありません。
しかも、ろくな夢を見ない。
さらに、昨日の夜、いじめについての番組なんて見たから、さらにたちの悪い夢を見ました。
今日のお話は、その夢の内容ではなく、それに関連した話になりますが、ちょっと寝覚めが悪いお話なので、ここで引き替えされた方がよろしいかと思います。では、おやすみなさい。

予告しました。予告しましたからね。
それでも、読んでみようと思われる方は、折りたたんでいますので「続きを読む」からどうぞ。
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拍手ボタンの取り付け方がわかりました?

備忘記録的なもの

試行錯誤をしてみたのですが、拍手ボタンを取り付けることが出来たようです。

うーん、「FC2拍手」のあの説明では、タグをテンプレートのどこかに貼り付けるようにしか読み取れませんよ~。

普通に記事に貼り付けてよかったんですね。

わかってみれば、なんてことがない話なんですが。

「(考える前に)まず、やってみること」が大切なことはよくわかるんですが、考えすぎて身動きが取れなくなるのは、悪い癖なんですよね。わかっているのですが、つい、はまってしまう罠です。

ちょっと前進できてほっとしました。
次は、外伝の続きを書かなければ。
前回の記事を書いて、ちょっとだけ発想を転換させることができました。どうやら、3人同時に揃いそうです。



10/6追記:個別記事(目次から直接記事に入った場合)では拍手に成功したのですが、「ブログ小説制作日記」ページからでは失敗しました。まだ改良の余地があるようですが、今度ダメだったら、この記事ごと削除します。
今度は、「サイト用の拍手タグ作成」で作ってみました。

10/9追記:拍手タグを直接テンプレートに取り付けたのですが、現時点で表示されていないようです。
タイトルの最後を「。」でなく「?」に変えました。拍手欄1つでこんなに苦労するとは思いませんでした。

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近況報告

備忘記録的なもの

piyoをやめてしまったので、しばらくの間、短い記事が続くかもしれません。


今、他のブログで「流行」?しているみたいな設定話的なものっぽいお話を。


8月にオフ会に参加できなかったので、外伝を一つ書こうと思ったのですが、どうしてもサブキャラの配置が出来ずに10月にもつれ込んでしまいました。
こうなったら、小説を書く前にネタバレをしちゃおうかな、と思いました。

作品は、ほぼ1年前に書いたあの人の物語です。
今回は、一年越しのお約束、「ピルニさんとルジツキー氏とジークフリート君を同時に登場させる」というのが課題です。
(ちなみに、前回は、「一人称で書く」が課題でした。一人称は未だに使いこなせないのですが・・・。)

同時に登場させる場面は書けているのです。ただ、その前後(彼らがなぜ一緒になったか)が出来ない。ピルニさんとルジツキー氏が一緒にいるのは違和感がない?のですが、なぜそこにフリーディが????状態です。

ストーリーを作り上げるより、設定が難しくて。

3人を集めるだけでこんなに苦労するなんてねぇ・・・。
きちんとした小説を書かれる方なら、この設定だけでノート何冊使うんだろう・・・?

わたしは、設定には結構いい加減なところがあります。もうバレバレでしょうが。
文章もいい加減。作法なんて全く知りません。
小説家になるつもりはないのだから、まじめに勉強しようと思わずに今まで来てしまいました。
(さらにいうと、勉強している時間があったら何でもいいから書いちゃおう、と思います。それでお金をもらっているのなら、それなりの仕事はしようと思いますが、あくまでも趣味の範囲ですし。)

小説は、意識しないと三人称になります。
「年代記」の場合は特殊で、俗に言う「神視点」の小説です。わざとやってます。

スイスで活躍した小説家を研究している、ポーランド出身のある学者さん(現時点では、名前しか登場していないので某氏、ということにしますが)が、<ル=ヴァンティエーム=シエクル>という雑誌に投稿していた小説家のことを調べているうちに「シャルロット=ド=ヴェルクルーズ」という人物(ネーミングは第四部、というか、シャルロットが亡くなったときの名前)に行き当たり、その人物について書かれた小説、日記、回想録・・・などをあたって、一つの物語を書き上げた・・・というコンセプトなので、視点がいろいろだったりします。主人公以外で、「誰それはこう思った」みたいな記述がある人については、何か資料を残した人限定にしているはずです(が、ちょっと手が滑っていることも・・・)。
第四部を書く前にネタバレするのも気が引けたのですが、話が進まないので、ちょっと書いちゃえ、と。

一人称小説、というのはほぼ未経験で、練習用にいくつか書こうと思ったのですが、結局、この一年、一つもかけなかった(泣)

結局、最後は力業で押し切っちゃうのかな。
それとも、「ねばってねばってねばって、最後には得意の技にもちこんで・・・(外伝小説中のピルニさんのセリフより)」で行くか。
(cambrouseの得意技、って何だろうな? ところで、ピルニさんの得意技が何か、は外伝をお楽しみに。もちろん、その発言をジークフリート君がどう解釈するかは、もうお約束の話ですけどね。)

今度こそ「近日公開」を目標にがんばります。

以上、近況報告でした。

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予告通り、前のブログを削除しました。

備忘記録的なもの

今朝、ブログを一つ削除しました。(これで、削除したブログは2つになりました。)
当面、このブログを整備していきたいと思います。

とりあえず、最初の課題(コメント欄の整備)を片付け、今は二つ目の課題(拍手ボタンの取り付け)をどうするか、を考えているところです。拍手ボタンって、手動で取り付けできるものなのかしら?

それより、プロフィール欄の整備、というのもありましたっけ。
「今さら聞くに聞けないコト」の一つに、もしかすると、わたしのペンネーム(cambrouse)の読み方、というのが入っている人がいたりして?と思ったもので。その辺を踏まえて、欄外に簡単な自己紹介を入れようかな、とか。
(ちなみに、ペンネームは「カムブルーズ」と読みます。「田舎の女」くらいの意味合いの、あまり深い意味はないペンネームです。)

連休中からひどい風邪をひいていて、今日は頭痛がひどいので、ちょっと短い記事ですが、このあたりで失礼します。
「再出発のご挨拶」にもならない、しょーもない記事でした。



10月1日と言えば、国勢調査の日です。
3日前、やっと調査票が届きました。今からでも、インターネットで登録が出来るそうです。(やらないけど。)
ネット専用の用紙?は、職場の人たちのところには、9月前半に届いたと聞いていました。結局、そんな用紙は届かないまま、本調査の用紙だけが(ネットのパスワードと一緒に)届いた次第でして。田舎ならではのいい加減さ、なんですかね。
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コメント投稿練習用ページ(+引っ越しのごあいさつ)

備忘記録的なもの

引っ越し作業が終わりました。コメント送ってみます。




そもそも、小説ブログと日記ブログを別にしていた理由は、システムの関係でした。
今まで、カテゴリー別に記事の順番を指定することができませんでした。

小説は古い順から、日記は新しい順から表示されないと意味がないのですが(ずっと小説を読み続けている方には、最新のデータが一番前で構わないのですが・・・)、これまで、そんな贅沢なことができませんでしたので、やむなくブログを2つ持っていました。

ですが、ご覧の通り、小説と日記が共存できることになりました。

そうなると、ブログを2つ持つ必要はなくなるわけでして(おまけに、放っておくと雑草?が生えてくるし)。

運がいいのか悪いのか、今回の災害のため、ちょっとした時間ができまして、引っ越し作業を一気に済ませることができました。
(災害に遭われた方には、大変お気の毒だとは思うのですが・・・。)

まだまだ細かいところは不完全ですが、見切り発車します。今後ともよろしくお願いします。
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そろそろ、前を向かないと、ね。

備忘記録的なもの

先日、友人の死の知らせを聞いて以来、何もする気が起こらずに(piyoさえ更新ストップして)おりました。

もうそろそろ、吹っ切らないと、と思います。

小説中の台詞で言うと、「わたしは生き延びた。たぶん、生き残った理由があるはずだ」(第1482回より)という感じですかね。

いや、彼の先生が言った「あなたたちが本当に彼の親友でありつづけようとするのなら、あなたたちには、あなたたちにしかできないことがあります。彼の分も生きなさい。彼が見ることができなかった未来を、彼と一緒に見なさい。彼が本当にしたかったことを、彼と一緒にしなさい。そうすることで、彼はあなたたちと一緒に生き続けるのです」(第1854回より)かしら。

友人が亡くなる、という経験は、いくつになってもつらいものです。

・・・でも、生き残った自分は、ぼちぼち、何かを書かなくては。
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広告が出ちゃいました。

未分類

すみません。内容がない広告よけ記事を一つ載せておきます。

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まだ結論は出ないのですが・・・

備忘記録的なもの

・・・やはり、このブログを一時休止しようかな、と思いました。
やめるというよりは、本体(小説ブログ)と吸収合併という形になります。


そもそも、ブログを二つ持ったのは、小説は古い順番に並べたい、日記は新しい順番に並べたい・・・ということを一つのブログで実現するのが不可能だったからです。小説テンプレートを使わなければよかったのかもしれませんが、普通のテンプレートで小説を発表するだけの技術を持ち合わせていなかったので、小説は今の形で発表し続けたかったのです。その途中、何度か日記を途中にはさめないものか、考え続けましたが、「今の形でいいや」と思うに至りました。


ところが、今度、カテゴリー別に記事を並べ替えることが出来るようになりました。
小説は中断中で、広告が出る状態になり、今、二つ(正確には三つ)を抱え込むのが大変になってきました。
たぶん、潮時なのかもしれません。


それこそ、合体させる準備をする時間を作るのが大変ですので、いますぐどうこうする予定はありません。
そう遠くない将来、ひとまとめにしようと思っている、という段階でしかありません。そのとき、このブログをやめちゃうかどうかはまだ決めていません(というか、piyoがくっついているので、piyoをやっているうちはブログを放置、ということになると思うのですが)。


もっとはっきりしたことが決まり次第、正式にご挨拶したいと思いますが、せっかく日記から表紙をはずしたのに、またワンクリック以上しないと日記が見られない状態に逆戻りすることになって申し訳ないと思います。
ただ、タイトルにも書いたとおり「まだ結論が出ていない」状態ですので、引っ越ししようと思ってもタイミングを逃して、「まぁ、このままでもいっか」で終わっちゃう可能性もあります。
人騒がせな記事を書いてしまって申し訳ありません。
いきなりお引っ越し、というのも迷惑だろうと思いまして、記事にしてみました。
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ネガティブな社畜

備忘記録的なもの

「ポジティブ社畜」という言葉を今日初めて聞きました。

定義は「会社に飼い馴らされているのにもかかわらず、非常にポジティブで頑張っている自分に酔っている人たち」なんだそうです。
あ、なんだか当たっている。仕事が好きで、つい残業もしてしまう。でも、好きな仕事なのでがんばれる。

・・・定義の続きが「仕事が好きで、がんばって残業もしているが、それを他人にも押しつける」・・・と言われれば、そこは違うかな、と思いますが。
でも、そう言われてみれば、ここのところ「時間がない!」と思っているのは、会社にいる時間が長いからでは?


トラックバックテーマ第1998回「あなたはポジティブ?ネガティブ?」


自分は、基本的にはネガティブな人間だと思います。
どこがネガティブかというと、あんな暗い小説をこつこつと書き続けるなんて、ポジティブな人間に出来ることじゃない(笑)


ですが、きっぱり社畜をやめようと決心しました。
きっかけは健康診断。
「心筋梗塞の疑い?」で再検査を受けることになったのです。

そういえば、うちの母もずっと「狭心症なの」と言い続けて約80歳になりました。それを見ている限り、まぁ心配はいらないだろうとタカをくくっていたのですが、「帰り道に発作を起こされたら困ります」と主治医の先生に言われて、重い腰を上げることにしました。
(発作を起こしていないから、こうやって日記を書いているんですが・・・。)

もし明日死ぬとしたら、「仕事が楽しいの」と言って会社で死ぬより、好きな音楽とか小説のことを考えながら死にたい、と思いました。
だから、仕事を日常生活の中心に置く生活をやめようと思うのです。それなりに給料をもらって食べて行ければ、それでいいのかな。
同じ一生なら、もっと肩の力を抜いてもいいかな。


・・・健康診断の結果一つで、ここまで考えるというのが、そもそもネガティブでしょう?
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雑感。

備忘記録的なもの

主観的にも客観的にも、今はエネルギー充填に徹した方がいいようだ。

そうでないなら、こんなに身の回りにいろいろ起きないはずだ。
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備忘記録(これについて、記事を書くかどうかは、現時点では保留。)

備忘記録的なもの


戦争は、防衛を名目に始まる。
戦争は、兵器産業に富をもたらす。
戦争は、すぐに制御が効かなくなる。

戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

精神は、操作の対象物ではない。
生命は、誰かの持ち駒ではない。

海は、基地に押しつぶされてはならない。
空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。

血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。

学問は、戦争の武器ではない。
学問は、商売の道具ではない。
学問は、権力の下僕ではない。

生きる場所と考える自由を守り、創るために、
私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。
「声明書」 自由と平和のための京大有志の会ホームページより



著しく賛成。これについて、何か記事を書きたいのですが、とりあえず、リンク先を忘れないための備忘記録、ということで。
引用だけでごめんなさい。
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車いす目線2

備忘記録的なもの

トイレの話になりますので、お食事中の方は、閲覧ご遠慮ください。




「車いす目線1」を書きかけて時間切れストップしてしまったので、仕切り直して続きをば。

車いす生活の人間が外出するに当たって、難所は、駐車場だけではありません。

田舎のスーパーやデパートや駅などを利用するときにはあまり感じないのですが(というか、みなさんそれなりにマナーがいいです)、以前東京に行ったときには驚きました。


「東京駅だけで、うちの町の人口に匹敵する人間がいる」といわれるくらいの田舎に住んでいるので、駅で一番驚いたのは、エレベーターで順番待ちをしたこと!
田舎に住んでいると、エレベーターに乗るのに苦労することはありません。車いすの人間だと、階段とエスカレーターを利用するのは無理ですから、エレベーターに乗るほかありません。エレベーターの前で並ぶほどの人口はいませんので、ゆったりとしたものです。混雑しているところと言って思い浮かぶのが某医大のエレベーターですが、場所柄か、車いすの人は優先で乗ることができます。ですから、東京駅で、後ろから押される(はね飛ばされる?)経験をしたときには驚きました。開いたエレベーターから降りてきた人間が、大きなスーツケースを持った健常者だったのにさらにびっくり。ベビーカーを押した女性からは『なにもたもたしているのよ?』と言わんばかりににらまれるし。
車いすで外出する、って、そんなにいけないことなのかな? おまけに、30分前に改札口に来なかったと言って駅員さんに叱られるし。

(それに比べると、東京スカイツリーの対応はすごくよかった。あそこは、職員の教育がとても行き届いているし、邪魔にされているという感じを受けずに楽しめました。観光地は、そうでなくっちゃね。)


最近困っているのが「みんなのトイレ」とかいうトイレスペース。
誰でも使える、ことを売りにしたばかりに、車いすの人が苦しんでいるという本末転倒の状況。どうして車いすの人のためにあの大きなトイレが出来たのか、という原点が忘れさられています。
車いすの人は、もちろん全員ではないけど、歩けないからと言うだけで車いすに乗っているわけではありません。下半身が麻痺している、ということは、つまり排泄機能もダメと言うこと。だから、お出かけの際の荷物は、排泄グッズの他おむつや着替えなど幼児顔負けの荷物が必要となります(もっとも、子育てをしたことがないので、赤ん坊のお出かけグッズには詳しくないんですが・・・)。カテーテルを使って、定期的に尿を出さなければならないし、排便は不規則的だし・・・。そうなると、トイレの存在は重要になります。おまけに、車いすが動くスペースが必要ですから、ある程度の広さも必要です。
「みんなのトイレ」というのも、たとえばベビーカーを押したお母さま方にとって必要なスペースですが、おむつ交換台などいろいろ設備を整えると、逆に車いすの人がトイレを使いにくくなったりします。おむつ交換台があるトイレがある場合は、「みんなのトイレ」というネーミングであっても、車いすの人に順番を譲ってもらえないでしょうか。車いすの人は、「そこ」でしか用を足せないんです。

以前読んだ何かの相談室で、どうしてもトイレが間に合わないので車いすトイレを借りた健常者が、出てきたところで車いすの男性に叱られた、という記事がありましたが、叱られて逆ギレするのはどんなものでしょう。想像力が足りなすぎると思います。

せめて「車いすの人の使用を優先させて」という張り紙一つあれば・・・と思ってしまうのですが、そこまでして「みんなの」トイレにこだわる理由は何でしょう。それとも、駐車場同様、数と種類が充実すればいいのでしょうか?
近頃、人々に余裕がなさ過ぎると思います。
「困ったときはお互い様」というのは、もはや死語なんでしょうかね。



・・・と、思いきり言いたいことを書き殴りました。
反論もおありのことかとは思いますが、「車いす目線1・2」に限り、ブログ主は議論に応じるつもりはありません。民主主義の理念には反しますが、反対意見は承認しないか無条件で削除しますので、よろしくお願いします。いちおう、コメント欄は開けておきます。
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車いす目線

備忘記録的なもの

小説ネタもないので、身の回りのお話でも。


約1年前に、近況ネタで書いたとおり、わたしと家人はいわゆる「年の差婚」で、彼は身障者です。
一年前と違う状況というと、彼が自分で車を運転するようになったこと。


もちろん、新しく車を買ったわけではなく、10年以上乗っている車を、手だけで運転できるように改造したものです。最新の車とは違い、自分で車いすを車に積んだり下ろしたりができない仕様。いろいろ試行錯誤をしましたが、結局助手席のわたしが車いすの乗降係に降格しました。(前は、専属運転手兼ヘルパー?でしたから、降格、でいいんですよね?笑)


さて、以前は運転から車いす運びまで全部一人でやっていたわけですが、車が変わったとたん、いろいろ違う景色が見えてきました。
今日は、身障者用駐車場について、愚痴?あるあるネタ?を書いてみます。


この数年は、身障者と言っても「車いす目線」になってしまいました。
一言で身障者と言ってもいろんな病気・障害があるのですが、車いすの人と白い杖を持った人が他人の目から見て一番わかりやすい。後者の方は、おそらくご自分で運転されることはまれだろうと思いますし(偏見だったらごめんなさい)、できれば入り口付近で道に迷いたくはないでしょうから車いすの人よりは身障者用駐車場の必要性を感じます。あと、身障者ではなくても年配の方などは、スーパーの入り口近くに駐車スペースがあると便利ですよね。

意外と、車いすの人は、<マイ車いす>持参なので、身障者用駐車場(通称「車いす駐車場」---駐車スペースにユニバーサルデザイン(車いすの絵)が描いてあるので、そう呼ばれるようです)が入り口付近になくても、案外困りません。困ると言えば、どっかの市役所みたいに、入り口から近いのに、傾斜している場所に駐車スペースをとられる方がずっと困ります。うっかりすると、車いすが遙か遠くまで滑り落ちてしまいます。
え、そんなことあるの?と聞かれそうですが、そこに限らず結構傾斜しているんですよ、駐車場って。
ご丁寧に、入り口に向かって高くなっています。今まで使った駐車場の9割以上はそうですね。車の誤動作で、入り口に間違って突っ込んでいかないように、なんでしょうかね? 逆に、車いすのロックを忘れて、他の車に車いすが衝突したらどうするんでしょう? これも自己責任?


あるある、といえば、入り口付近の駐車スペースに車を止める年配の方が多い。それもあってか、新しく出来たスーパーなどは、ご丁寧に「年配者用」「車いす用」「妊婦さん用」と入り口付近駐車スペース全部が区分されている。難を言えば、妊婦さん用駐車スペースの前に喫煙スペースを設けているのが謎ですが(?)。
いっそのこと、入り口付近は年配の方の駐車スペースにしちゃえばいいのに。車いすの人だったら、多少入り口から遠くても、十分なスペース(車いすの乗り降りが出来るスペース)があれば、なんとかなります。

わがF県の場合、身障者を乗せた車につける利用証は一種類しかありませんが(他県の場合は、こんなふうに)結構細分化されていたりするんですね。
それでも、入り口付近以外に車を止めると大変なことになります。車いすの乗り降りが出来るよう、わざと助手席側のラインぎりぎりの止め、利用証を車のダッシュボードに乗せておくのですが、結構幅寄せされます。恨まれているんですね。「入り口付近に駐車スペースがあるんだから、こっちに来ないでそこに止めろ」とでもいうのでしょうが、結構、そこには止められないんですよ。じゃなかったら、わざわざ遠くになど・・・。
たぶん、こういう嫌がらせをされる人、多いんじゃないかしら?


さて、つい最近、通勤ルートにあるコンビニが改装されました。
そのコンビニ、結構知る人ぞ知る(身障者しか知らない?)スポットで、駐車スペースが平らで、トイレが広くて、「身障者でも利用できるコンビニ」というのが売りだった。でも、改装して、普通のコンビニになってしまいました。結構不評だったんですね、身障者スポットって。家人でさえ言いますもの。「コンビニ前の一番いいところに大きな駐車スペースがあって、しかも、いつも車が止まっていない。今まで客から相当苦情があったんだろうな」。



うーん。朝から、こんなことを書いている場合じゃなかったかも。最近、よく眠れなくて。
途中ですが、時間ですので、このあたりで。第二弾はあるかないか不明です。
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やっぱり書いておきます(第三部あとがき?)

備忘記録的なもの

ほとんど1ヶ月近く放置していたこの日記ですが、この記事だけは書いておかなければ、と思い、かなり重たくなった腰を上げました。


「年代記」第三部完結です。
え?ここで終わり?・・・という感想はごもっともですが、ここで終わりです。
原作に比べると中途半端なところで切ってしまったのですが、とりあえず、第四部に登場する重要人物は(名前だけの登場を含め)全員登場したはずなので、いったん、ここで区切ってもいいかな、と。


高校生の時に書き始め、大学生の時に書き終えた原作ですが、ふとしたきっかけで書き直して「ブログ小説」にしようと思いついてから、ここまで来るのが長かった。第三部は思ったよりも手こずった。まさか、こんなに苦労するとは思わなかった。いろんな意味で。


ストーリー的には中途半端ですが、「いっそのこと、ここで終わっちゃってもいいかな?」と思うくらいには、言いたいことは書いたような気がします。


第三部の一番大きなテーマは「ゆるし」です。
人間は完璧な生き物ではありません。人生の中で、たくさんの選択肢に囲まれ、つねにどれかを選びながら生きています。人生というものは、必ずしも前に進んでいるときばかりではない。人間だから、誰でもいいこともするし、わざとではないにしても(わざとかもしれないけども)悪いこともしながら生きています。悪いことをしたくはなくても、結果的に間違った道を選んでしまうこともあります。そのつもりがなくても、運が悪ければ犯罪者にだってなる可能性を、誰もが持っていると思います。
でも、どんな人間にも「良心」というものがあるのだ、とわたしは考えています。何らかの理由で、その羅針盤の調子がおかしいこともありますが、修理するなり交換するなりして正しい道に戻るチャンスを、どんな人間に対しても与えるべきだと思うのです。

心から反省して「ごめんなさい」と言った人間に対し、「許さない」と言ってはいけない。

「右のほおを打たれたら左のほおをだす」ほどできた人間にはなれないけど、でも、「右のほおを打たれたら、左のほおを打ち返す」ような人間にはなりたくない。とっさに手が出ない自信はないけど、でもやっちゃいけないと思ってはいます。それをやっちゃったら、何のために法律があるのか、何のために裁判官がいるのかわからない。
「ごめんで済んだら、警察はいらない」というのもわかります。犯罪を犯したら、何らかの形で償うべきです。
でも、償いを終えた人間に対しては、もっと寛大になったらどうでしょう?・・・と思うんですが。

(・・・なんだか、この話を進めるのは、時期的に気が引けます。間が悪いことに?今、「元少年A」(いわゆるサカキバラ君)の問題が世間で騒がれているところですから、こんなことを書くのは、ホントに間が悪いと言えば間が悪いんですが・・・。でも、わたしだったら、今の「元少年A」君がお隣に引っ越してきても、普通に近所づきあいができると思いますよ。というか、普通に近所づきあいをしなければならないんじゃないかな。 彼を立派に更生させるのは、周りの人間の責任でしょう?)


・・・というような話のもって行き方をしてしまったので、この原稿が一時中断してしまいました。まったく間が悪いったらありません。

そんなわけで、この原稿、一度は書くのをやめたのですが、やっぱり「あとがき?」は必要かと思いまして。


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・・・第三部、長かったなぁ。わずか20年の間の話で、第一部(クラリスの人生30年プラスアルファ)より短い時間なのに、ストーリーは約4倍の長さ?
でも次の20年は、第一部並みの長さです。完結編なので、いろいろ詰め込むようになってしまって、さらに読みにくくなるとは思いますが・・・最後のピカルディー終止まで何とかがんばります。


今後の予定ですが、何度も書いているとおり、ストックがたまるまでは次回の更新はストップします。
あとは広げた風呂敷をたたむ過程が第四部、ということになりますので、自分で書くのもナンですが、このあとの話は予定調和の世界になります。それでもよろしければ、今後もおつきあいください。
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第1936回

第105章

 シャルロットは、二人に声をかけた。
「今日は、どうもありがとう。もう少し考えさせてちょうだい。あと、外は寒いから、ここでコートを着て。<グラフィート>には、ユリアンスキーさんに送らせるわ」
 そう言うと、シャルロットは呼び鈴を鳴らし、執事のユリアンスキーを呼び出した。モジェレフスキー夫妻を<グラフィート>まで送ってもらおうと思ったのである。
 モジェレフスキー夫妻が立ち去ったあとで、シャルロットは先ほどの本を開いた。
 扉の部分に、誰かがペンで書き込みをしていた。シャルロットは、ドイツ語で書かれたその文章を読んだ。

《季節というものは、停滞しているように見えるものなのだ。寒い冬が続くと、いつまでも春が来ないのではないか、という気分になるものだ。でも、必ず春はやってくる。降っている雪もいつかは止む。積もっている雪もいつかは溶ける。少しずつ、気づかないうちに春が近づいているのだ。春の来ない冬はない。それが自然の摂理というものだ。》

 確かにその通り。特に新鮮味も何もない言葉だ。だが、今のシャルロットには、これから春が来るという実感が持てなかった。1933年は、まだ最初の一ヶ月目だ。これから、何が起こるのか想像もつかない。
 シャルロットは、本をいったん閉じ、もう一度タイトルと作者名を確認した。
「《自然と哲学》。シュテファン=ゴールドベルク著」シャルロットはそれをよみ、本をひっくり返して最後のページを見た。「シュテファン=ゴールドベルク、本名シュテファン=フォン=シュタウフェンベルク。1896年ライプチッヒ生まれ。フランスで幼少期を過ごし、1914年ライプチッヒ大学入学。哲学博士」
 そこまで読んで、シャルロットははっとした。「シュテファン=フォン=シュタウフェンベルク? まさか、この人、スフィンクス?」
 シュテファン=フォン=シュタウフェンベルク(スフィンクス)は、サント=ヴェロニック校でシャルロットと1年間同級生だった人間だ。当時から、あまり目立つことがない人間だったし、どちらかというと、どこか頼りないところがある印象しかない人間だった。戦争中、コルネリウスに命を助けられたことがあり、自伝でそれを書いたために、大学を追われたという噂を聞いたことがある。ギュンターは、元同級生だった彼と、卒業後もつきあい続けていたらしい。ライプチッヒ大学を追われ、彼は今どうやって生活しているのだろう。不器用な彼のことだから、別の大学で教えているとは思えない。どこかの私学の高校教師の職を見つけられただろうか? それとも、全く違う職業に就いて、哲学の本を書き続けることにしたのだろうか?
 シャルロットは、考えをいったん打ち切った。今は自分のことを考えようと思った。そして、もう一度本を開いた。
 最初のページに白紙が一枚挟んであった。メモ帳の切れ端だ。たぶん、ギュンターが栞代わりに使っていたものだろう。
 それでも、シャルロットはその紙を手に取ってみた。本当に白紙かどうか確認するためだ。たぶん、マウゴジャータも一応は確認するはずだと考えたギュンターが、文字の書かれたメモなど本に挟むはずはない。シャルロットは、その紙に何か仕掛けがあるかと思ったが、火にすかしてみると文字が浮かび上がる・・・ような仕掛けはないものの、やけに強い筆圧を感じた。
 シャルロットは、鉛筆を持ってきて、その紙をそっとこすってみた。

《絶望だけはしないで欲しい。困ったことがあったら、いつでも頼ってくれ。わたしにできることなら何でもする。わたしは、いつまでもあなたの味方だということを忘れないで。ギュンター》

 浮かび上がってきた文字を見ているうちに、シャルロットはいつしか涙ぐんでいた。そうだ、彼は昔からいつでもそうだった・・・。
 しかし、シャルロットはゆっくりとその手紙を本に戻した。今、彼の力は必要ない。今度だけは、自分一人で何とかしようと思う。
 フランスへ帰りたい。ポーランドを出るにあたって、タイムテーブルを作ろう。処分しなければならないもの、片付けておかなければならない事柄、別れを言わなければならない人たちのリスト作成。それから、フランスへ行くにあたって、向こうでの生活をするための準備。子どもたちへの説得。
 やらなければならないことは山積みだが、やるべきことは決まった。そのときシャルロットはそう思っていた。
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第1935回

第105章

 今のタデウシには、それは無理だろう、シャルロットはそう思った。
「そこで、ギュンターが口を開いた。『かりにかの女がフランスへ戻ったとしたら、かの女は間違いなく元のフィアンセと再婚する。再会した二人を見たら、周りの人たちが黙ってはいないはずだし、何よりも二人は愛し合っているからね。一方、かの女がワルシャワにとどまれば、あの男が指をくわえたまま黙って静観し続けるとは思えない。どちらにしてもあまり好ましい未来図でないにしても、究極の選択で、どちらかの男とかの女が<くっつく>とすれば、元のフィアンセの方がマシだ、というのがきみの考えらしいね。要するに、きみはフリーツェックが嫌いなんだ。自分が離れていったとき、彼がかの女に接近するのが許せないんだ』。その言葉を聞いて、タデックの顔が引きつったそうよ。どうやら図星だったみたい」
 シャルロットはタデウシの表情を思い浮かべた。この一日で、タデウシが知っている状況とは状況が一変してしまっている。ルジツキー氏もチャルトルィスキー氏も、これ以上シャルロットの問題には立ち入らないだろう。彼らも、シャルロットの子どもたちも、シャルロットがフリーデリックと再婚するだろうと考えている。考えてみると、自分がフランスへ帰るべきだと思っているのは、現時点では自分とタデウシだけのようだ。
「あなたの見たところ、ギュンターもスタフも、わたしがポーランドにとどまる方がいいと考えているのね?」
 マウゴジャータはちょっと考えてから答えた。
「スタフはそう考えていると思うわ。ギュンターは武装中立、といったところかしらね。この問題には関わりたくないと考えているように見えたわ。・・・それで? あなたはどう考えているの? まだフランスへ戻ろうと考えているの?」
 シャルロットは頷いた。「ええ。状況が許すなら、そうしたいと思っているわ」
「でもね、わたし思うんだけど、もしタデックを立ち直らせたいと本気で考えるなら、あなたはフリーデマン氏と再婚すべきじゃないかしら?」マウゴジャータがそう言ったので、シャルロットは目を丸くした。
 アントーニはあきれた、という表情を浮かべて妻を見た。「相変わらず極端だな」
「どうせなら、タデックに極端に嫌われてしまいなさいな。一パーセントも未練がない状態にしてしまった方が、彼のためなんじゃないかしら。あなたのことをすっぱりと諦めてしまった方が、彼は早く立ち直れるんじゃないかと思うの。だとすれば、あなたがすべきことは、彼が何よりも嫌がること・・・あなたがフリーデマン氏と結婚して幸せになることだわ」
「そんな理由で結婚を考える人なんていないと思うわ」シャルロットはちいさな声で抗議した。「そもそも、その論理はどこかおかしいわ。まず、わたしが幸せになるために必要なのは、フリーデマンさんではないわ。わたしは、フランスに帰りたいの。わたしが愛している男性がいるフランスへ」
「でも、フランスへ戻ったとして、彼があなたを選ぶとは限らないわ。一方、フリーデマンさんはあなたを心から望んでいる。そして、フリーデマンさんを選べば、タデックは未練なく次の恋に進むことができる。もしも、タデックの今後の幸せを心から願っているのなら、フリーデマンさんにしなさい」
 シャルロットは返事をするのを忘れて、ぽかんとマウゴジャータを見た。
「アントーニのいるところで話すことじゃないかもしれないけど、男性から求められて結婚するのは、とても心地のいいことよ。もっとも、彼がわたしのアントーニほどいい人かどうか、ということとは別問題だけど」
 アントーニは苦笑し、シャルロットの口元が緩んだ。
「そうね、確かにアントーニの方がいい人ね」シャルロットはそう答えた。
「それはどうも」アントーニは笑いをこらえるように言った。
 マウゴジャータはバッグの中から本を一冊取り出した。
「この件に対して、自分の考えは述べたわ。あと、ギュンターから、これを預かってきたわ。手紙がはさんでなかったことは確認済みよ。ギュンターも、そんなものは入れていない、と言っているし。彼は態度を明らかにしなかったけど、わたしが見たところ、この本に彼の本音が書かれているんじゃないのかしらね。じっくり読んでみて、彼の考えを読み取ってちょうだい」
 マウゴジャータは、本をシャルロットに押しつけるようにしながら手渡した。
「それじゃ、わたしたち、もう行くわね。結論が出たら、まっさきに教えてちょうだい。そうね、そのうち、<グラフィート>に顔を出して。みんな、あなたの結論に興味があるようだし、マスターが、久しぶりにあなたのヴァイオリンが聴きたいんですって」
 マウゴジャータはそう言うと、コートを手にした。その動作を見て、アントーニも同様に立ち上がった。
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第1934回

第105章

 屋敷でいつもの出迎えを受けた後、シャルロットは来客を告げられた。モジェレフスキー夫妻が来ているのだという。この時間だから、彼らは家には戻らないつもりで出てきているのだろう。シャルロットは、誰にも会いたくない気分だったが、モジェレフスキー夫妻を追い返すわけにはいかない。
 シャルロットにとって意外なことに、客間で待っていたモジェレフスキー夫妻は、コートをいすに置いたままだった。玄関で預けてこなかったということは、彼らは、本当に<ただ立ち寄っただけ>だったようだ。外出の目的は、<グラフィート>に行くことだったに違いない。タデウシのことを誰かから聞きつけて、真偽を確かめるくらいの気持ちでここに来たのだろう。
 簡単なあいさつのあと、マウゴジャータはいきなり本題に入った。
「タデックと別れたんですってね。彼が本気だと聞いたときは本当に驚いたんだけど、冷静に考えてみれば、これでよかったんじゃないかしら」
 マウゴジャータの言葉に、シャルロットはつい苦笑してしまった。あまりにも単刀直入すぎる。だが、考えてみれば、モジェレフスキー夫妻は、タデウシとの結婚には心から賛成していなかったのは間違いない。亡き夫のヴィトールドとも親交があった彼らは、シャルロットがヴィトールドとはあまりにもかけ離れた男性を選ぼうとしていることに、表だって反対はしなかったものの、心から祝福しているわけでもないようだ、とシャルロットも気づいてはいた。たぶん、シャルロットが今一つ煮え切らない態度だったからだろう。
「タデックは、あなたがたにもあいさつをして行ったの?」シャルロットはそう訊ねてみた。
「いいえ。わたしたちの情報源は、階下の新しい友人」
 ギュンター=ブレンデル? シャルロットは一瞬驚いたが、考えてみれば、タデウシとギュンターは、一応義兄弟だ。厳密に言えば、ギュンターの妻の妹はすでに亡くなっているので、本来ならギュンターと妻の妹の夫であるタデウシは、もはや他人のようなものだ。だが、タデウシは自分の今後の身の振り方を、亡くなった妻の姉の夫に話してからポーランドを出て行ったのだ。シャルロットはタデウシにそんな律儀な面があったとは知らなかったが、もしかすると二人はお互いの妻の存在を抜きにしてもそれなりにつきあいがあったのかもしれなかった。
「タデックは、出かける前にギュンターに会っていった、ということなのね?」
「ええ、昨夜、<グラフィート>で話をしたそうよ。タデックとギュンターには、共通の知人が多かったから、このところ<グラフィート>で、彼らはよく会うようになっていたのよ。タデックがあなたと別れる、という決意をギュンターに告げたいきさつは、さっきギュンターとベルントに聞いたばかりよ。わたしたちは、夕べは<グラフィート>には行かなかったものだから」マウゴジャータがそこまで話したとき、お茶の用意が運ばれてきた。
 シャルロットは立ち上がり、手早くモジェレフスキー夫妻にお茶を出した。
「彼らの話をまとめると、タデックは、同じテーブルにいたギュンターとベルントのところに行くなり、いきなり、『自分はワルシャワから出て行く。クリーシャとは別れた。きみにあとのことを頼む』と言ったそうよ。そこで、ギュンターは、『自分たちはもうそんな親しい関係ではない。自分には、かの女に対してそれほど影響力があるわけではない。頼むなら、別の人にすべきではないのか』と言ったの。そしたら、タデックはちょっと悲しそうな顔をしてこう言ったそうよ。『クリーシャは、フランスへ戻るべきなんだ。かの女のフランス時代を知っている知人、と考えたとき、真っ先に思い浮かんだのがきみだった。きみなら、かの女が学生時代を過ごした町に戻る手伝いをするのに適任かと思った』。それを聞いたギュンターは、タデックの言葉を意外だと思ったみたい。『きみたちが別れる決心をしたのは仕方がないことだったかもしれない。きみがワルシャワから去ろうとするのも理解できる。だが、フランスに戻るのがかの女のためだと思うのはなぜか、が理解できない。かの女は、知り合いもたくさんできたポーランドに残った方がいいんじゃないのか? かの女のことを頼むのは、レーベンシュタイン夫妻がふさわしいのではないのか? わたしは、その任務には適任じゃない。そもそも、わたしは必要以上にかの女とは接触しようとしていないのは知っているだろう? わたしは、リアの手前、かの女とは親しくはできないんだ』ギュンターはそう答えたの」
 なるほど、ギュンターらしい答えだ。要するに、彼は、この件には関わりたくないのだ。
「それを聞いていたベルントが、決定的な一言を言ったの。『要するに、きみは利己的なんだ。自分がかの女と結婚しないのだから、かの女にも誰とも結婚して欲しくないんだろう? そんな理由だったら、わたしも彼もきみには協力できない。かの女を誰にも渡したくないんだったら、自分の手から離さなければいいだけだ。それができないのだったら、かの女の人生に干渉するな』」
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