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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第1章

第10回

 フランソワーズは、その後もしばらくの間室内楽を書き続けた。
 かの女の名声を不動のものとしたのは、1882年に作曲した「弦楽四重奏曲」である。後に<アレックス>という愛称で呼ばれることになるこの曲には、作曲当初からナンバーと調性がタイトルに加わっていなかった。のちに4曲の弦楽四重奏曲を書いた後でも、この曲は「第一番」と呼ばれることはなかった。
<アレックス>という通称がついているのは、この曲の第一楽章の第一主題・・・というより、統一テーマにあたる4小節のメロディーを作曲したのが息子のアレクサンドルだったからである。
 この曲が完成したときに、最初に演奏したメンバーは、フランソワーズの一家とテオドール=フランクである。もちろん、唯一の専門家テオドールが第一ヴァイオリン、クラリスが第二ヴァイオリン、フランソワーズ自身がヴィオラ、アレクサンドルがチェロを演奏した。
 アレクサンドルは、唯一の父親の形見であるチェロを愛していた。
 そう、彼の父親は、彼の母親と別れるとき、「もう、一生チェロは弾かない。いや、音楽はやめる」と言い残し、愛器を恋人に残して去っていったのである。
 その話を、彼は子守歌代わりに聞かされて育った。彼は、父親の名前を知らなかったが、父親が残していったチェロを父親と思って育ったのである。現在は、まだ子供用の楽器を演奏しているが、いつの日か、父親が残したチェロを演奏したいと思っていた。
 フランソワーズは、結局、そのメンバーで初演を行うことを決めた。
 その決断が、思いもよらない結末を招くことになった。
 このコンサートを企画した人間の一人に、エルネスト=マンソンという青年がいた。ある音楽雑誌の新米の記者であった。現在は記者をしているが、もともとテオドール=フランクのベルギー時代の後輩で、ヴァイオリニスト志望であったが、自分の才能に見切りをつけ、音楽評論の道を選んだのである。彼は、テオドールを売り込むのが目的で、彼のコンサートの企画にはたいてい参加していたのだが、今回は、どちらかというとフランソワーズ自身を売りこむつもりでいた。
 彼は、宣伝材料に、フランソワーズの子どもたちをとりあげたのである。テーマを与えたのが8歳の息子であること、そして、8歳と6歳の子どもたちが演奏に参加すること。子どもたちにも、才能があること・・・。
 コンサートのチケットは、今までにないスピードで売れた。
 関係者の誰もが、成功を疑わなかったのである。
 コンサート終了後、楽屋に現われた男の姿を見て、フランソワーズは絶句した。
 そこには、かの女が一番会いたくて、一番会いたくない人物がいたのである。
 
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