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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第6章

第95回

 ルイ=フィリップ=エルキュール=シャルル=ド=ルージュヴィルは、古い家柄の貴族の生まれであった。彼自身は、3番目の子どもで、年の離れた兄と姉がいた。シャロンというのは、シャルルという名前からきた愛称であった。父も兄もルイ=フィリップから始まる名前だったので、区別する必要があった。そのために家族内で用いる愛称が必要だったのである。彼の父は三番目の名前のスタニスラスが通称だった。親しい人たちは彼をスタンと呼んでいた。
 彼の兄ルイ=フィリップ=アントワーヌはトントンという愛称で呼ばれていた。これは、アントワーヌという名前からの愛称である。ただ、「トントン(おじちゃま)」という通称だったから、というわけでもないのだろうが、シャロンは彼を兄というよりは年の近い叔父のように慕っていたものである。
 トントンはパリの屋敷で厳格に育てられ、やがて法律を学ぶに至ったのだが、シャロンの方はスイスのローザンヌにある別荘で、祖母クリスティアーヌと大叔母(祖父の妹)アントワネットに育てられた。かの女たちは、彼を甘やかして育てた。アントワーヌという跡継ぎがいたため、次男である彼は自由に育ったのである。特にアントワネットの影響を受けた彼は、音楽に興味を持ったのである。彼が選んだ楽器は、チェロであった。彼の師は、彼の才能を認め、音楽院に入って勉強するよう勧めた。音楽の勉強をすることを父親が認めたため、彼もパリに出てくることになった。
 ところが、彼がパリに出た年の秋---彼が音楽院に入った直後、彼の母親が病死した。
 妻の死にショックを受けた彼の父親は、しばらくパリを離れたいといってローザンヌの別荘に引っ込んでしまった。かくして、シャロンとトントンだけがパリに残されたのである。さらに、大学を卒業したトントンも翌年パリを出たので、シャロンは一人きりになってしまった。そのため、シャロンは、音楽院の近くに下宿を借りることにして引っ越したのである。
 彼の物腰、ものの考え方その他から、彼がいわゆる「いいところのおぼっちゃま」であることは、クラスメートたちにも知れることとなる。彼は、みなから「王子(プランス)」とあだ名されるようになったのである。彼は「王子様」でも、公爵家の跡取りでもなかったので、本来はその肩書きで呼ばれるべき人間ではなかったのであるが、そのあだ名はどことなく気品がある彼にふさわしいものであった。彼を「シャロン」と呼ぶ人間は、昔から彼を知っている人か、彼とごく親しい関係になった友人たちに限られた。彼をあだ名で呼ばない人間は、「フィリップ」と呼んだからである。
 シャロンは、かなり真面目な学生だった。彼は、音楽院と下宿の間をひたすら往復し続けた。同級生たちも「伝書バト」と呼んだくらい、彼はきまじめにその習慣を続けた。彼の頭の中には、音楽しかなかったのである。やはり同じように音楽好きだった曾祖母の血を引いているからかも・・・と大叔母アントワネットなどは思っていたものである。アントワネットは、母親のアリスが音楽の才能に恵まれていたことを知っていた。アリスは、子どもの頃は音楽家になりたいと思っていたのだと娘に言ったことがあった。もし、曾祖父と結婚していなかったら、かの女は音楽家として一生を終えたかも知れなかった。
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