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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第6章

第96回

 時代は、18世紀末。フランスで革命が起こり、貴族たちは次々と外国に亡命していった。
 当時、ケーニヒスベルクの街にアリシア=コヴァルスカという少女が住んでいた。かの女の一家は、そこの裕福な商家であった。父親は貿易商であったが、母親はドイツ系の貴族の娘であった。さらに、娘の一人はポーランド貴族に嫁いでおり、有力な姻戚関係もあった。アリシアには、音楽の才能があった。かの女は、ピアノの名手であった。その師である教会オルガニストのヘンリク=シュナイダーは、かの女がいずれはヨーロッパを舞台に活躍すると信じていたのである。
 そんなある日のこと、アリシアの姉の嫁ぎ先でパーティーが行われた。アリシアはシュナイダー師の息子でヴァイオリニストのコンスタンティと二人でパーティーに出た。コンスタンティ=シュナイダーはアリシアよりひとつ年上で、このパーティーが終わった後ウィーンへ留学することになっていた。シュナイダー師はアリシア自身にも留学を勧めていたのだが、かの女の両親が反対だった。かの女の両親は、娘を音楽家にするより、どこかいい嫁ぎ先を見つけてもらいたいと思っていたのである。
 そのパーティーに出たことが、かの女の人生の転機であった。
 パーティーには、亡命したフランス人貴族が何人か出ていた。その一人が、後にアリシアの夫となったルイ=シャルル=フランソワ=グザヴィエ=ド=ルージュヴィルであった。彼は、25も年下のかの女に夢中になってしまった。身分違いの結婚、ということで、周囲の大反対に遭いながらも、二人は自分たちの愛を貫いた。
 彼らはケーニヒスベルクで結婚した。フランスに戻ったのは、1814年になってからであった。ナポレオンが戦争に負け、彼は家族を連れてフランスへ帰る決心をしたのである。
 アリシア---フランスではアリス=ド=ルージュヴィルを名乗った---は、フランスに行ってからもしょっちゅうパーティーでピアノの演奏をしていた。娘のアントワネットは、そんな母親の姿を見て育ったのであった。アントワネットの築いた家庭も音楽にあふれた家庭であった。が、アントワネットの夫は病弱であった。かの女は、結婚後わずか半年で夫と死別し、実家に戻ってきていた。かの女自身には子どもはいなかった。かの女は、兄の孫にあたるシャロンを自分の息子のように育てたのである。シャロンが音楽家になることは、かの女にとっては自分の母親・自分自身がかなえられなかった夢を実現することでもあったのである。
 1871年初頭、ポーランドから一人の女性が亡命してきた。ピアニストのマリア=ピアニーナ=ザレスカというその女性は、二人の娘を一緒に連れてきていた。上の娘のスカラは19歳。すでにフランスに婚約者がいた。ピアニーナの夫は、かの女たちがポーランドを出る直前に逮捕された。かの女は、娘たちを連れてポーランドから逃げ出した。娘の婚約者の家を頼ったのである。
 その途中、ピアニーナたちはスイスのド=ルージュヴィル一家を訪ねた。かの女たちは、アリス=ド=ルージュヴィルの姉の子孫である。ピアニーナの母(つまり、アントワネットにとってはいとこにあたる女性)が若い頃アントワネットと知り合いだった・・・という関係であったが、心優しいアントワネットはいとこの子どもたちの不幸を黙ってみていられなかったのである。
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