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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第56章

第1003回

 シルヴィーの仕事は、ほとんど一日中フランショーム氏のそばでピアノを弾くというものだった。彼がかの女にひかせる作品は多種多様なものだった。そして、それはピアノ曲に限らなかった。彼は、かの女がスコアを読めることがわかると、自分の勉強にまでかの女をつきあわせたからである。
 しかし、かの女の仕事の大部分は、彼が「仕事」をしていないときに演奏することだった。
「・・・でも、本に没頭しているように見えても、ぼんやりしているように見えても、わたしがミスをすると必ずこっちを見るの。やはり、彼は、根っからの音楽家なのね」シルヴィーはため息をつきながら言った。
「わたしも、一日中、彼の息子たちと一緒なのよ」シャルロットが言った。「たしか、わたしの仕事は、オスカールとブリューノのアンサンブルの相手だったはず。でも、作曲を勉強しているフランソワの手伝いまでは、条件になかったと思ったんだけど・・・」
 シルヴィーは、紅茶をスプーンでかき回し続けた。「やはり、アルバイト料を上げてもらっておけばよかったかしら?」
 シャルロットはくすくす笑った。「仕事がきついようね?」
 シルヴィーはものうげにスプーンをもてあそんでいた。「あなたみたいに、楽しいものではないわ」
「あら、交換しましょうか?」
「わたしにチェロが弾ければね」シルヴィーはぼやくように言うと、紅茶から顔を上げた。「一度、交換してみる?」
 シャルロットはほほえみかけた。「そうね、あなたにチェロが弾ければね」
「ああ、こんなに緊張を強いられるとは思わなかったわ」シルヴィーはもう一度ぼやいた。
 シャルロットは立ちあがった。「じゃ、午前中だけ、あなたのかわりに仕事をしてみるわ」
 シルヴィーは驚いてかの女を見上げた。
「マドモワゼル=ペリゴールは、頭痛がするので、少し休んでおります」シャルロットはにっこりした。「わたしで、かわりに勤まりますか?」
「・・・無理ね」シルヴィーはまた視線をカップに戻した。「マエストロは、冗談がお嫌いよ」
 しかし、シャルロットはすでに歩き出していた。
 その10分後、シャルロットはフランショーム氏の部屋でバッハを演奏していた。
<平均率クラヴィーア曲集>の最初の曲を終えたとき、フランショーム氏が訊ねた。
「きみが、毎朝、これを演奏するのを日課にしているのは知っている。だが、どうして一日16曲ずつ弾いているんだ?」
 シャルロットは真面目な顔で答えた。「全部で48曲あります。一日に全部弾くとほかの曲を弾く時間が少なくなります。半分でもかなりの時間になります。ですが、四等分12曲では、短すぎます」
 フランショーム氏はふきだした。「で、三等分して16曲か」
 シャルロットはそれでも真面目な顔をし続けていた。「・・・それより、毎日聞いていらっしゃった?」
 彼はうなずいた。「うちの連中は、それほど勤勉ではないので、朝は、ほかに音楽が聞こえてこないのでね」
 シャルロットはついに笑い出した。
「さて、今朝の仕事はおしまいだ」フランショーム氏が言った。「今日は日曜日だから、教会に行く準備をしなさい。それから、ペリゴール嬢に伝えて欲しい。一日中わたしにつきあう必要はない、と」
 シャルロットはびっくりしたように彼を見つめた。
「かの女に、仕事がきついと言われたんじゃないのか?」
 シャルロットは首を横に振った。
「・・・わたしは、結構楽しんでいたのだがな・・・」彼が言った。「あの子は、本当にすばらしいピアニストだからね。でも、無理をさせていたのかも知れないね。わたしが気を遣ってやるべきだった」
「わたしは、そんなつもりでは・・・」
 彼は楽しそうな声で笑った。「じゃ、なぜここへ来たの?」
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