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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第6章

第98回

 祖母と兄の葬式のためにローザンヌにやってきたシャロンであったが、実のところ、彼は彼らの死より現在も苦しんでいる母親代わりだったアントワネットの病気の方が気がかりであった。彼にとってアントワネットは、母親以上の存在だったのである。
 ステラとその母親ピアニーナは、婚約者だった男性の葬儀のためにローザンヌに来ていた。ステラは、アントワネットに呼び出されたとき、恐らく婚約者の死についてお悔やみを言うつもりだろうと思っていた。
 アントワネットの呼び出しを受け、シャロンとステラは一緒にアントワネットの部屋に向かった。
 二人がアントワネットの部屋に入ると、そこには先客が二人いた。一人はシャロンの父親、もう一人はステラの母親であった。
「・・・よく来てくれましたね」アントワネットが二人に言った。これまで聞いたことがない弱々しい声にシャロンはびっくりした。「・・・こうやってみると、本当にお似合いだわ、あなたたち・・・」
 シャロンの表情がこわばった。
 彼は、アントワネットが何を言おうとしているのか、その表情を見ただけで理解した。かの女は、兄のトントンのかわりにこの女性と結婚して欲しい・・・そう言おうとしているのだ、と彼は悟ったのである。
「・・・これは、わたしの遺言だと思って聞いてちょうだい。シャロン、わたしは、あなたが音楽家になってくれることをずっと夢見ていました・・・あなたには、才能があります・・・でも、あなたは、トントンのかわりにこの家を守って行かなくてはなりません。もう、あなたしかいないんです・・・」アントワネットが言った。「・・・そして、トントンのかわりに、このお嬢さんを守ってちょうだい。あなたなら、かの女を幸せにできます・・・」
 シャロンはうつむいた。
「お願い、シャロン。あなたが約束してくれなければ、わたしは・・・安心して死ぬことはできない・・・」
 シャロンは顔を上げた。「だめです! 死んではだめです、トニー大叔母様!」
 アントワネットは弱々しくほほえんだ。「死ぬのをやめることはできないわ・・・もう、決まっていることですもの・・・でも、あなたが約束してくれれば・・・死ぬことも、そんなにつらいことじゃないかもしれない・・・」
 シャロンは目に涙をためて母親代わりだった女性を見つめた。
「あなたは、優しい子だった・・・いつでも、思いやりがあって・・・。ねえ、シャロン、わたしの最後のお願い・・・聞いてもらえないかしら・・・あなたがうなずいてくれれば・・・みんなが幸せになれる・・・」
 シャロンは、父親を見た。彼はうなずいていた。ピアニーナは、彼にほほえみかけた。次いでステラを見た。かの女は下を向いてすすり泣いていた。かの女が何を考えているかは、彼にはわからなかった。
 アントワネットは、シャロンの手を取った。「・・・わたしは、あなたに幸せになってもらいたかった・・・わたしは、信じています・・・たとえ・・・音楽家になれなくても、別の幸せが・・・きっと・・・くるだろうと・・・」
 そう言うと、アントワネットはほほえんだ。そしてかの女はそのまま息を引き取った。
 シャロンはきっと唇を横に結んだ。そして、彼はその部屋を飛び出した。
 彼は、母親以上に愛していた女性に、その最後の願いを叶えると誓うことができなかった。
 そのとき、彼には、将来を共にしたいと思っていた女性がすでに存在していたからである。
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