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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第58章

第1033回

「わたしは、ヴィエニャフスキー先生があのコンチェルトを演奏して下さったときのことを、今でもよく覚えているよ・・・」フランク氏は、遠くを見つめた。懐かしそうな表情だった。
「・・・わたしにとっても、思い出の曲だわ。わたし、あのコンチェルトでデビューしたんです」シャルロットが言った。
「知ってるよ」フランク氏は言った。「だが、誰が選曲したんだ? ブルマイスターか?」
「いいえ、ナターリア=チャルトルィスカ公爵夫人です」
「ナターリアが・・・なるほどね。ウワデクは、あれが得意だったからね・・・」フランク氏はシャルロットを見た。「わたしが初めてウワデクにあったとき、彼がひいてくれたのもそれだった。あのとき、彼は、確か7歳だったと思ったが・・・あんなにちいさな子どもがひいているとは、とても思えないような演奏だった・・・」
 シャルロットは何も言わなかった。ブルマイスター=ヴィエジェイスキーも、サヴェルネも、ウワディスワフ=スタニスワフスキーの思い出話をするときには、決まってヴィエニャフスキーのコンチェルトの話をしたものだった・・・。
「わたしが、ウワデクと初めて会ったのは、ブリュッセルだった・・・。そして、彼は、わたしのもとにやってきた・・・」フランク氏は淡々と話した。「あのころ、リュミエールやブルマイスターも一緒だったが、彼はなぜかサヴェルネと一緒にいることが多かった。彼は、どういうわけか、ほとんど兄同様にサヴェルネを慕っていた」
 ジョゼフ=サヴェルネは目を閉じた。
「わたしたちがパリに移った頃、スタニスワフスキーは、突然恋に落ちた。彼は、ある女性に強く惹かれていた。しかし、あの彼が---陽気で、誰とでもすぐにうち解けて話をするような彼が、あの女性の前では、話をするどころか近づくことさえできなかった。ところが、サヴェルネ、きみもその女性を愛してしまった」
 サヴェルネは動揺したようにフランク氏を見つめた。そこへ戻ってきたサヴェルネ夫人は、フランク氏の最後の一言を耳にはさみ、驚いたようにフランク氏、サヴェルネと視線を向けた。それに気づくと、サヴェルネは真っ赤になった。
「かの女は、蘭の花のような女性だった・・・」フランク氏は、サヴェルネ夫人には気づかないまま話を続けた。「その女性の名前は、シャルロット=フォレスティエと言った・・・」
 それを聞くと、サヴェルネ夫人は真っ赤になった。シャルロット=フォレスティエ。それは、かの女自身の少女時代の名前だった。
「・・・かの女と最初に親しくなったのは、お調子者のブルマイスターだった。彼は、如才ない人物だったから、かの女に簡単に近づき、簡単に友達になり、ロッティと呼んだ。それで、あの二人も、かの女を親しみを込めてロッティと呼ぶようになった。やがて、ブルマイスターとスタニスワフスキーは、サヴェルネの様子がおかしいことに気づいた」フランク氏が言った。「サヴェルネは、昔から、自分の心をあまりひとにさらけ出すことはなかった。その彼が心を許したほとんど唯一の人間がスタニスワフスキーだった。スタニスワフスキーは、どういう方法をとったか知らないが、サヴェルネに聞き出してしまったんだ。彼が、どんなにロッティに夢中になっているかを。どれだけ真剣にかの女を愛しているかを・・・」
 サヴェルネ夫人は目を閉じた。かの女は、思わず右手を胸にあてていた。
「そして、スタニスワフスキーは、自分の心を封印した。彼には、本当の兄以上の男性を差し置いて、自分の恋を貫くつもりは全くなかった。彼は、自分の恋を諦め、キューピッド役に徹することを決心した」
 サヴェルネ夫人は、あの日のウワディスワフ=スタニスワフスキーのことを、今でも思い出すことができた。
 いつもはかの女の前では無口だった彼が、まるで何かを朗読しているようななめらかな調子で話すのを聞いたのは、あれが初めてだった。(そして、あれが最後だった・・・。)
 あの日、彼は正装して、気取った顔をしてかの女の前に立ち、かなり気取った口調で言った。
『おねがいがあります、マドモワゼル=フォレスティエ。どうか、わたしの友人、ジョゼフ=サヴェルネの恋人になってください』
 かの女は、彼に出し抜けにそういわれ、戸惑った。かの女は、こう言い返した。
『・・・どうして、本人が来なかったの? わたしとつきあいたいと思っているのは、あなたじゃないんでしょう?』
『彼は・・・恥ずかしがり屋です。彼は、あなたを心から愛しています。でも、彼がその言葉を口にするチャンスをあなたが下さらなかったら、彼は恐らく自分の思いを墓場まで持っていってしまうでしょう・・・。彼は、そういう人なんです』スタニスワフスキーは、赤くなった。『ぼくは、彼の弟のような存在です。彼のことは、よくわかっています。そして、彼の人間性は、ぼくが保証します。もっとも、ぼくの保証が、あなたにとってどの程度のものか、ぼくにはわかりませんが・・・』
 そう言うと、スタニスワフスキーは少年のようにはにかんだ。
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