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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第58章

第1034回

 シャルロット=サヴェルネ---そのときは、シャルロット=フォレスティエだった---は、その瞬間、自分が好きだったのは、ウワディスワフ=スタニスワフスキーだったことを悟った。しかし、かの女の前で少年のように恥ずかしがっている彼は、自分の恋を打ち明けていたのではなかった。かの女は、その残酷な事実を前にして、笑うことしかできなかった。その笑いは、自分に向けた冷笑だった。
『お願いです、約束して下さい』目の前の男性は、あくまでも真剣だった。『来週の土曜日の夕方4時、リュクサンブール公園に来て下さい』
 かの女は、彼の強引さと幼さがアンバランスに見えたことに、思わずふきだした。
『約束して下さいますね?』彼は、真面目な顔で念を押した。
『まあ、おかしなかたね。約束しましょう』
 かの女は、そう返事したときの彼のうれしそうな顔を、今でも忘れることができなかった。かの女にとっては、敗北の瞬間だった。かの女のプライドが、彼に自分の思いを告白するのにブレーキをかけていた。こんな風にほほえんでいる青年に、自分の恋を打ち明けるなんて馬鹿げている、とかの女は思った。
「・・・彼がわたしを愛していたなんて」シャルロット=サヴェルネは、苦い思いを苦笑に置き換えていた。「そんなこと、全然知らなかったわ。あのときの彼は、真面目なキューピッドだった。彼は、ジョゼフ=サヴェルネという人間に、心酔していたわ。まるで、彼がジョゼフの恋人みたいだった。あんなに真剣にものを頼まれたのは、生まれて初めてだった。だから、わたし、ジョゼフとデートする約束をしたのよ」
「・・・ウワディスワフ=スタニスワフスキーというのは、そういうやつだった・・・」サヴェルネも苦い思いで妻を見た。
 彼にはわかっていた。もし、あのとき、ウワディスワフが伝えたのが自分の愛の告白だったら、今スタニスワフスキー夫人だったのは、シャルロット=フォレスティエのほうだったはずだ。しかし、彼はシャルロット=フォレスティエがスタニスワフスキーを愛していたことには気づいていたが、スタニスワフスキーがかの女を愛していることにだけはとうとう気づかなかった。もし、あのころ、それに気づいていたら、自分はどうしていただろう・・・。彼は、ときどきそう考えることがある。しかし、未だにその結論は出ていない。
 サヴェルネ夫人は、所在なさげに、楽譜を丸めたり伸ばしたりしていた。
 かの女は、サヴェルネのプロポーズを受けたときのことを考えていた。彼は、あのとき、あきらかに、かの女の心がほかに向いていることに気づいていた。彼は何度もこう言った。
『ありがとう・・・ありがとう、ロッティ・・・ほんとうに、ありがとう・・・。ぼくを選んでくれたことを、ぼくは、決して後悔させないよ。ぼくは、きみにふさわしい人間になる。ぼくを選んでよかったと、きみに絶対に思わせてみせる。ロッティ、ほんとうにありがとう・・・きみを心から愛している・・・』そう言いながら、彼は泣きじゃくったのだった。
 その光景を思い出しているうちに、サヴェルネ夫人の目に涙がたまった。
「あいつは、そんなやつだった・・・」サヴェルネはもう一度つぶやいた。
「ありがとう、ジョゼフ」サヴェルネ夫人はそう言い、彼に近づき、耳元で何かささやいた。
 サヴェルネの体が一瞬硬直し、その直後、彼はかの女を思いきり抱きしめた。「ありがとう、ロッティ・・・」彼は、かの女にささやいた。その声は、動揺のためか、かなり震えていた。
 フランク氏は、その様子をしばらく黙って見つめていた。
「・・・ごめんね、サヴェルネ。こんなことを言うべきじゃなかったかも知れない。すまない」フランク氏はそう言い、話を続けた。「しかし、スタニスワフスキー自身も、同じような結婚をしてしまった。彼は、ブルマイスターと同じ女性を愛してしまい、友人の気持ちに全く気づかないままかの女と結婚してしまった。ブルマイスターは、二人に自分の気持ちを打ち明けることはせず、ずっと二人を見守っていた。しかし、あの事故のあと・・・」一瞬彼の言葉がつまった。「・・・献身的に彼に寄り添うナターリアの姿を見て、ブルマイスターは、もう自分の気持ちを抑えることができなくなった。彼が選んだのは、二人の前から姿を消すことだった・・・」
「それなのに、彼らは、また彼の前に現われたんですね・・・残酷なことに・・・」シャルロットは、ヴィエジェイスキーに同情してつぶやいた。
「二人は、彼の気持ちには全く気づかなかったからね・・・」フランク氏が言った。「二人にとって、ブルマイスターは気のいい友人だった。彼らが彼を頼った気持ちも理解できる。そして、ブルマイスターは、二人を見捨てなかった。あの男も、本当にいいやつだった・・・。ナターリアが、彼の思いにこたえてくれれば、本当によかったのだが・・・」
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