FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第59章

第1040回

 1914年7月31日、パリ。
 リュクサンブール公園の入り口付近に一人の若い男が立っていた。彼はあちこち見回し、時計を見つめ、所在なくぐるぐる歩き回り、もう一度時計を見つめ・・・を繰り返していた。
 やがて、通りの方から彼が待っていた連れが現われた。
「やあ、マルセル!」彼はうれしそうに叫び、その男性の元に走り寄った。
「フェリックス! ごめんね、待った?」
 男性---フェリックス=ロマノフスキー=ブーランジェは、にこにこしながら答えた。「いや、今来たところさ」
 実のところ、彼は三時間前からそこにいた。約束の時間は15分前。そんなに前からそこにいたことなど、わざわざ言うこともないだろう、と彼は思っていた。
「そう、よかった」相手はそう答えた。彼の名前は、マルセル=ティボーデ。
二人とも、秋からパリで勉強することが決まっていた。フェリックスはコンセルヴァトワールで作曲を学ぶ予定だった。そして、マルセルの方はメランベルジェ校でピアノを勉強することになっていた。二人がここで待ち合わせをしていたのには、二つの理由があった。一つは、秋から二人で暮らす予定の家探しだった。音楽科の学生に家を貸す人を捜すなら、二人一緒の方が効率がいいだろうという理由だった。できれば、近くに住みたかった。二人ともパリは初めてで、知り合いは多いほどよかったのである。
 そして、もう一つの理由は、フェリックスがある友人をマルセルに紹介するのが目的だった。その友人とは、ポーランドにいたときの仲間、フリーデリック=ラージヴィルだった。マルセルは、<クラコヴィアク>というグループのことを耳にして以来、一度そのピアニストに会ってみたいものだと思っていた。なんといっても、そのグループのヴァイオリニスト(シャルロット)に、ピアノコンクールで負けたことがある。そんなグループのピアニストに紹介してもらえると聞き、マルセルは張り切ってやってきたのである。
 そもそも、二人は、そのピアノコンクールをきっかけに知り合った。
 1913年3月、マルセルとシャルロットはグルノーブルにいた。二人は、同じコンクールに出場するいわばライヴァルだったが、同時に友人同士でもあった。そのコンクールの第三次予選の直前、シャルロットは、演奏前に読んではいけないと言われていた電報を読んでしまった・・・。その電報には、かの女にとって兄同様だったある少年が危篤状態だと書かれてあったのである。コンクール終了後、シャルロットとマルセルは、少年に会いに出かけた。それが、少年---フェリックスとマルセルの初めての出会いだった。フェリックスは長い間探していた実の父親に巡り会い、同時にフランスでの初めての友人と知り合ったのである。マルセルの住まいから、その病院は近かったこともあり、マルセルはシャルロットのかわりにフェリックスに付き添い、フェリックスの病状をこと細かく手紙で説明したりした。フェリックスが、父親のフランスでの居住地であるマルセイユに行くことになるまでに、二人はずっと昔から親友だったように仲良くなっていた。
 そんな二人は、フェリックスがマルセイユに行ってしまってからは文通を続けるだけの仲だった。やがて、マルセルはパリで音楽を勉強しようと決心した。その手紙がフェリックスの音楽への熱意に火をつけてしまった。フェリックスは、マルセイユで血のつながらない<祖父>アドルフ=ブーランジェと二人で暮らしていた。父親は、仕事で家を空けることが多かった。彼が結婚した相手---義理の母親?---はすでにこの世にはなく、義理の妹に当たるナディアはウィーンに留学中だった。そんなわけで、フェリックスは父の配偶者の父親であるアドルフ=ブーランジェと同居することになった。アドルフは、初めのうち、義理の息子のいわゆる<愛人の子>を快く思っていなかった。しかし、フェリックスは、生まれつき他人と一緒に暮らすのになれてしまっていて、ポーランドでチャルトルィスキー公爵を夢中にさせてしまったように、この気むずかしいオルガニストをも飼い慣らしてしまった。やがて、アドルフは自分の本当の孫よりもフェリックスが好きになってしまい、彼がパリに修行に行くという決意を表明したとき、どうしても行かないようにと説得した。それでも効果がないとなると、コンセルヴァトワールの教授をしている旧友を通して<彼が入試で合格しないように>頼み込むことまでやってのけたが、フェリックスは義理の祖父のそんな努力(?)の甲斐なく、コンセルヴァトワールの入試を突破した。やがて、アドルフも根負けし、『休みには必ずかえってこい』との言葉と共に義理の孫を送り出したのであった。義理の孫の方も、義理の祖父のそんな仕打ちを許し、笑顔でマルセイユをあとにしたのである。
「・・・ところで、ポーランドから来るというきみの友人は、どうしたの?」
 彼は、時間にルーズな人間だ。待ち合わせ時間から、すでに二時間以上経過している。
「彼は、無事にパリに到着していないとか?」マルセルが言った。
「無事に?」フェリックスは、友人が使った言葉に過剰反応した。「まだ、戦争は始まっていないと思うが?」
「そう簡単に始まってたまるか」マルセルは顔をしかめた。
 彼はそう言いながら、新聞売りが通っていくのを見ていた。その手の間から<戦争>という大きな文字が読みとれた。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ