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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第59章

第1043回

 青年は振り返った。「・・・まだ、何か?」
「あなたのお名前は?」フェリックスはフランス語で訊ねた。
「軍隊に入り、人殺しをするような男の名前なんて聞いてどうするの?」彼は寂しそうに言った。「ぼくは、ヴィトールド=ザレスキー。職業軍人をめざしている。きみは、人を殺すような仕事にだけは就くんじゃないよ。きみが戦争に行く前に、戦争は必ず終わる。いや、きっと終わらせてみせるよ」
 彼はそう言うと、かかとをあわせ、軍隊式の敬礼をした。そして、わざと軍人のような方向転換をし、決して振り向かないという決意を込めたような歩き方をして去っていった。
 フェリックスは、ぼんやりとその後ろ姿を見送った。彼は、その青年には会ったことがなかったが、初めて会ったような気がしなかった。その名前にも聞き覚えがあるような気がする。
「・・・不思議な魅力を持つ人なんだなあ・・・」マルセルは感心したように言った。「まるで、シャルロットに軍服を着せたような、そんな人だよね」
「シャルロット?」フェリックスはきょとんとした。「シャルロット=ド=サン=メランのこと?」
 そう言うと、彼はきっぱりと言った。「いや、かの女なら、ああいう人は決して許さない。かの女は、武器を持って戦おうとしている人はすべて軽蔑の対象だと思っているはずだ。さもなければ、人間ではないと」
「そういう意味じゃない」マルセルが言った。「雰囲気だよ。あの人は、軍人には向いていない。シャルロットと同じ優しい目をしていた」
「・・・ああ・・・そうだ、シャルロットの目だ!」フェリックスはうなずいた。「ザレスキーと言っていたっけ。同じ一族の人間なんだな、彼らは」
 そして、彼はため息をついた。「かわいそうに。彼は、本当は戦いたくないんだよ。あの人は、いやいや戦争に行くんだ。あんなに勇ましいことを言いながら、あの目は正反対のことを告げていた。彼は、嘘がつけない人間なんだな」
「ふうん。きみは、作曲家をやめても心理学者になれそうだね」マルセルが言った。
「心理学者になる気はないよ」フェリックスはそう言った。「でも、オルガニストになれって、おじいさまがしつこくってね・・・」
 そして、フェリックスは腕時計を見た。「・・・しかし、遅いな」
 マルセルは、フェリックスの友人を待っていたことを思い出した。「約束を忘れたんじゃないの?」
「彼は、約束を忘れたことはない。時間にルーズなわけでもない。ただ、ちょっと方向音痴でね・・・」フェリックスが言った。「今ごろ、道に迷っているに違いない。彼は、よく、右と左を間違える人だったからね。誰かに道を聞いても、あまり効果がないんだよ・・・」
 マルセルは眉をひそめた。「右と左を間違う? それでピアニストが勤まるの?」
「それは大丈夫だ。楽譜の上の段を弾く方が右手だ、と覚えていれば、演奏に支障は出ない」フェリックスが冗談のような口調で言った。
 マルセルは急に笑い出した。「クラコヴィアクのメンバー、といっても、きみとシャルロットでは大違いだね。彼は、どっちに近いの?」
「ぼくのような人間が二人以上いたら、グループは破滅さ」
「それもそうだな」マルセルは真面目に答えた。
 フェリックスはむっとした。「せっかく謙虚に答えたのに」
 二人は、顔を見合わせて笑い出した。
 やがて、マルセルは真剣な顔をした。「クラコヴィアクと言えば、シャルロットの近況を新聞で読んだよ」
 フェリックスの顔がぱっと輝いた。「・・・グルノーブルでのコンサートのこと?」
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