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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第59章

第1044回

 グルノーブル市民オーケストラのメンバーは、7月18日に予定されていた定期演奏会の曲目を大幅に変更した。
 その日は、彼らにとって、コンサートマスターのための追悼コンサートだった。会場に集まった人たちも、曲目変更に異を唱えなかった。コンサートマスターの席には、臨時でジョゼフ=サヴェルネが座っていた。彼がそこに座るのは、オーケストラの全員一致での希望だった。そして、テオドール=フランクから譲られたヴァイオリンを持ってシャルロットが登場すると、会場からは拍手だけではなく、すすり泣きの声さえ起こった。
 シャルロットは、前半にヴィエニャフスキーの第二番、後半にコラン=ブルームの二つのコンチェルトを演奏した。
 そして、演奏が終わると、指揮者のヴァーク=ブーランジェとソリストのシャルロットは、何度も何度もカーテンコールに応じた。
 フェリックスは、その演奏会の様子を細かくマルセルに報告した。そして、彼は誇らしげに言った。
「フランク氏には、何百人もの弟子がいた。その中には、サヴェルネ教授とか、リュミエール教授とか、ヴィエジェイスキー教授とか・・・とにかく、音楽院で<教授>と呼ばれている人間が少なくても10人以上いる。それなのに、フランク氏は、自分の名器をシャルロットに託したんだ」彼の目は輝いた。「ぼくは、ほとんど2年ぶりにかの女の演奏を聞いたが、腕が上がったよ。昔から、かの女の出す音色は、<天使の声>と呼ばれていた。今では<天上のハーモニー>だな。もし、今、ジュネスに匹敵するようなヴァイオリン=コンクールがあったら、間違いなくかの女が一位を取るだろうね」
「そうだろうか・・・?」マルセルは首をかしげた。彼は、以前、一度だけシャルロットがヴァイオリンを演奏するとき、伴奏をしたことがある。あれは、サン=ジェルマン校でのできごとで、あのとき、かの女は車椅子に乗っていた。たどたどしいフランス語を話し、表情の乏しい顔に、不釣り合いなほど美しい目をしていた記憶喪失の少女・・・。気の強そうな表情をした若い修道女に連れられ、かの女は何度かオーケストラを見に来ていた。そのとき、かの女は<音が見える>という表現をしていたっけ・・・。そう、一緒に演奏した曲目は、確か・・・。
「演奏会が終わって、ヴィエジェイスキー教授が言った。今のかの女は、昔のブローニャじゃない。だが、かの女は、今でも天使だと」フェリックスが言った。
 彼は、コンサートの翌日、ヴィエジェイスキー夫妻を駅まで見送りに行った。そのとき、ヴィエジェイスキーは、フェリックスにシャルロットのことを何度も何度も頼みながら去っていったのである・・・。
『ヴィエジェイスキー教授、ぼくは、もう、シャルロットの兄じゃありません』フェリックスがそう言った。
『シャルロットは、天使だ。しかし、竜巻のような子だ。かの女が通ったあとは、決して元通りにはならない。そして、かの女自身もそれによって傷つくんだ。だが、きみならかの女を助けることができるはずだ・・・』ヴィエジェイスキーが言った。
 フェリックスは悲しそうに首を振った。『ぼくじゃだめです』
 ヴィエジェイスキーは動き出した汽車の窓越しに言った。『・・・そうだな。兄さんの仕事ではないかもな・・・。フリーツェックがいてくれたら・・・』
 それが、フェリックスが聞いた最後の言葉だった。ヴィエジェイスキーは、故郷へ戻っていった。
《フリーツェックがいてくれたら・・・》フェリックスは、その言葉の意味を考えていた。
「クラコヴィアクのヴァイオリニストは、やはり偉大なヴァイオリニストだったんだね」マルセルが言った。「ということは、ピアニストは、やはりすぐれたピアニストだと考えていいのか?」
「クラコヴィアクのピアニストは、ソリストじゃなかった。彼は、名伴奏者だった」フェリックスが言った。「それ以上に、彼は作曲家の卵だった。彼がフランスに来る目的は、ヴァイオリニストのようにピアノコンクールを制覇するためじゃない。作曲の勉強をするためだ。彼は、来月のメランベルジェ校の入学試験のために出てくるんだよ」
「外国人枠の入試だね?」
 フェリックスはうなずいた。「もし、合格したら、きみと同期になるわけだ。よろしくね」
 マルセルはほほえんだ。「それは、光栄だな」
 そのとき、遠くの方で二人組が手を振った。二人がブロンドの髪をしていること、片方が女性らしいということしかわからない距離だった。
「・・・パリには、女の子の知り合いはいないはずだが・・・?」フェリックスはつぶやいた。「きみの彼女か、マルセル?」
 そのとたん、彼には二人の正体がわかった。彼は、思わず二人の方へ駆け出した。
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