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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第59章

第1047回

「そうかもしれません。いいえ、たぶん、そうなのでしょう・・・」アントワーヌが言った。「わたしは、ずっとシルヴィーを愛していました。小さい頃から、ずっとです。ですが、あの子の方はそうじゃなかった・・・」
 シャルロットは首をかしげた。
「わたしは、思ったのです。かの女は、いったいどんな男性が好みなのだろうか、と。少なくても、臆病な人間は、かの女の好みではないとわかりました。あの子は、大胆な子ですから。それで、わたしは、かの女好みの強い人間に見せかける必要を感じました」
「・・・それで、フェンシングとか、乗馬とか、柔術を・・・?」
 アントワーヌはうなずいた。「そして、かの女があこがれのまなざしで見ていた叔父にならおうと思いました」
「それで、軍人に・・・?」
 アントワーヌはもう一度うなずいた。「わたしは、かの女のために強くなりたいと思ったのです。強い男しか、かの女を守ることができないと思いました」
 そして、彼は続けた。「・・・でも、シルヴィーは何もわかっていないんです。たぶん、このままわかってもらえないでしょう。かの女の目を覚まさせるためには、わたしが死ぬ必要があるのかもしれませんね・・・」
「死ぬなんてとんでもない! あなたが死んだら、かの女はどうなるんです?」シャルロットは思わず叫んだ。
「大きな声を出さないで」アントワーヌは声を潜めた。「・・・だから、かの女のことは頼む、と言っているんじゃありませんか」
「わたしには、あなたの代わりは務まりません」シャルロットはこわばった表情で告げた。「かの女に必要なのは、あなたです」
《・・・そうであってほしいものだが・・・》彼の顔にはそう書かれているかのようだった。
「あなたが生きてかえってくる、少なくてもそう努力する、と約束して下さらない限り、わたしも約束できません」シャルロットが言った。
「そう努力すれば、無事に帰れるかどうかはわかりませんが・・・」そう言うと、アントワーヌは苦笑した。「努力することは約束します。少なくても、自分から危ないところに飛び込んでいくような真似だけはしないと約束します」
 シャルロットは、スフロ家を出たあとも、アントワーヌの奇妙な約束のことを考えていた。
 かの女の考えは、いつの間にか別の青年へと移っていた。軍人になると手紙を残して去っていったヴィトールド=ザレスキー。彼は、自分は本当は弱い人間だ、と手紙に書き残した。でも、フィアンセのために軍人になりたいのだと。その思いを誰かに書き残していきたいのだと・・・。シャルロットは思った。いつか、ユーリア=クリモヴィッチュヴナに会おう。もし、その時・・・かの女が不幸にも未亡人になっていたら、ヴィトールドの思いを伝えよう。彼は、心からかの女を愛していたと。しかし、あの手紙はかの女には渡さない。あれは、自分にあてた私信だ。彼は、恐らく、フィアンセにだけは自分の心を隠しておきたいのだろう。アントワーヌのように、自分が本当は弱い人間だとフィアンセの前でだけは告白したくないに違いない。だとすれば、あの手紙をユーリアに見せることをヴィトールドが望むとは思えない。自分がヴィトールドのためにできることは、せいぜいその程度だろう・・・。
 いいえ、もう一つだけあるわ。
 シャルロットはあたりを見回した。そこは公園だったようだ。誰も座っていないベンチが一つだけあるのが見えた。かの女は松葉杖をつきながらそのベンチに向かった。そして、右手に持っていたヴァイオリンのケースを椅子に置き、中からロザリオを取りだした。かの女は、あたらしいヴァイオリンを手にしたとき、元のヴァイオリンのケースから、細々としたものをこちらに移していた。そのとき、ヴィトールドからもらった手紙とあのロザリオも一緒に移した。希望という名のロザリオ。ヴィトールドが亡くなった母親から譲られたものだ。
 かの女は、ロザリオをポケットに入れ、ヴァイオリンのケースを閉じた。そして、そこに座り直した。
 そのとき、シャルロットは、一人の若い軍人が自分の方に向かって歩いてくるのに気がついた。アントワーヌ=ダルディではなかった。彼なら、あの方向からやってくることはあり得ない。シャルロットは反対方向から来たのだから。そこで、かの女は軍人から目をそらした。こんなところで、戦争のことを考えたくはなかった。
 かの女は目を閉じ、ポケットを探った。そして、精神を集中させ、祈ろうと思った。
 軍人は、かの女の座っているベンチの前で立ち止まった。そして、声のふるえを隠そうとするような口調でこう言った。
「・・・久しぶりだね・・・もう、一年になるかな・・・?」
 シャルロットは目を開け、顔を上げた。その目は、驚きで大きく見開かれた。
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