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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第59章

第1050回

 シャルロットは茫然としてあたりを見回した。軍服を着た人物は影も形もない。かの女は、今の光景は夢だったのだろうかとさえ思った。ポケットにさっきまでの重みがあったら、今のは夢だったと信じてしまったことだろう。
 かの女の目は、まだ彼を求めてさまよっていた。しかし、かの女の探す人物はもうそこにはいなかった。
 やがて、シャルロットは、松葉杖をそばに寄せ、立ちあがろうとした。かの女は、公園に用はなかった。
 かの女が立ちあがるのを見て、一人の男性がそばに寄ってきた。彼は、かの女が警戒心を見せる前にこう訊ねた。
「・・・すみません、おじょうさん。リュクサンブール公園は、ここですか?」
 シャルロットは、青年の奇妙な質問に驚いた。かの女自身、自分がどこにいるのかわからなかったから、彼の質問に対し、首をひねった。スフロ家は、リュクサンブール公園の近くにある。周りの様子からして、ここは公園に間違いない。とすると、ここはリュクサンブール公園だ。
「・・・ええ、たぶん、ここだと思います」シャルロットは首をかしげて答えた。そして、かの女はその男性に恥ずかしそうにほほえみかけた。「・・・実は、わたしも、自分がどこにいるのかわからないんです」
 相手は、かの女の返事を聞くと戸惑った表情を浮かべた。しかし、その顔は次第にほころんできた。
 シャルロットも、彼を見つめていた。少年と大人の中間くらいに見える若い男を。ブロンドの短い髪、優しい青い目、それにそぐわないような大きな体・・・。シャルロットは、この男性に見覚えがあった。しかし、なぜ彼がここに・・・?
 彼の目は笑っていた。そして、ポーランド語で言った。「・・・まさかと思うけど・・・」
 シャルロットの顔がぱっと輝いた。かの女もポーランド語で言った。「あなた、フリーツェックね?」
 彼の顔にもほほえみが広がった。「・・・やっぱり、ブローニャだ!」
 彼は、松葉杖をついていたシャルロットが転ばない程度の力で抱きしめた。「・・・ああ、やっぱりそうだったんだ。でも、確信が持てなかった。だって、きみは・・・」
「大きくなった?」シャルロットが言葉を継いだ。
 彼は赤くなって小さな声でこう言った。「・・・きれいになった」
 そして、彼はかの女の体をゆっくりと離した。
「あなたも、立派になったわ、フリーツェック」シャルロットはうれしそうに言った。「そして、お世辞がうまくなったわね」
「お世辞なんかじゃないよ」フリーデリックはますます赤くなった。「友達にお世辞を言うやつがいるか?」
 シャルロットは、彼の胸をつついた。「『きれいになった』という言葉は、まだ5年早いと思うわ。わたし、まだ、初めて会ったときのあなたの年齢なのよ。きれいな女性というのは・・・」
 かの女は、少し離れたベンチにいる女性の方を向いた。「・・・ああいうひとのことを言うの」
 フリーデリックはそのベンチをちらっと見て、シャルロットに視線を戻した。「いや、きみが世界で一番の美人だよ」
 シャルロットは怒ったように言った。「そんな見え透いた嘘を言うなんて!」
 フリーデリックはびっくりしたようにかの女を見た。「・・・美人と言われて怒る女性を見たのは初めてだ」
 シャルロットはむっとしたような顔をして言い返した。「まあ、悪い人ね! あなたは、女性にだったら誰にでも美人だというのね。覚えておくわ」
 フリーデリックは笑い出した。そして、急に真面目な顔をして言った。「・・・きみにはかなわないな。ごめん。悪気はなかった」
 シャルロットは謝罪を受け入れるように、差し出された手を握りかえした。そして、彼を見つめた。この人は、以前よりずっとハンサムだ。小さいときから見ているので気がつかなかったが---もっとかわいらしい少年が常に隣にいたからでもあるが---この人がこんなにすてきな男性だと思わなかった。しかも、お世辞もうまい。さぞ、女性にもてることだろう。彼にほほえみかけられて、あんな調子できれいだと言われたら、何人の女性がその魅力に勝つことができるだろうか?
「フリーツェック、ここがどこか、別の人に聞いてみた方が良さそうね。本当にリュクサンブール公園を探しているのなら」シャルロットが言った。それから、ちゃめっけたっぷりな口調で言った。「・・・それから、女性を口説くのが目的なら、『今何時ですか?』と声をかけるほうが効果的なのよ」
 フリーデリックは楽しげに笑った。「もし、女性を口説く気なら、もっと年上の女性に声をかけているよ。だが、恋人と別れたばかりの女性に声をかけるのも、口説きのテクニックの一つだ」
 シャルロットは目を丸くした。
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