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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第59章

第1055回

 同じ頃、チュイルリー公園では、バルバラ=ヴィエニャフスカがベンチに座って新聞をひろげていた。かの女たちは、そこで2時に会うことになっていた。バルバラは、シャルロットが時間に厳しいことをよく知っていた。シャルロットは、待ち合わせをすると、必ず時間前に来て待っているようなひとだった。それなのに、そのシャルロットは、まもなく2時になろうとしているのに、姿を見せようとはしない・・・。
 バルバラは、その日の列車でパリに着いた。偶然のことだったが、その列車にはフリーデリック=ラージヴィルも乗っていたのである。しかし、二人ともそれには気がついていなかった。道に迷ってうろうろしていたフリーデリックとは違い、まっすぐにチュイルリー公園についてしまったかの女は、そこで暇をもてあます結果となった。かの女は新聞を買ったが、<戦争>の文字が目にはいると読む意欲を失った。それで、かの女は荷物の一番上にその新聞をのせ、あたりを観察することにした。かの女の前を通っていく人たちは、なぜか皆疲れたような表情をしているように見えた。耳に入ってくるフランス語には、<戦争>という単語がたいてい含まれていた。もし、このまま戦争になったら、何日目に入隊する・・・そんな会話を聞いているうち、かの女は自分自身もくたびれたような気がした。
 かの女は、再び新聞を手にした。読んでいるふりをしようと思ったのである。新聞をひろげていれば、誰もかの女には話しかけてこないだろうと思ったのである。
『あんたの恋人は、何日目に招集されているんだい?』と話しかけられるのは、もうたくさんだ。
 やがて、新聞を読んでいるふりをするのにも飽きて、かの女は時計を見た。2時を過ぎていた。シャルロットが時間に遅れるなんて。かの女は不安になり始めた。何かトラブルに巻き込まれたのでは・・・?
 やっとシャルロットの姿が見えたとき、バルバラは安心のあまり怒り出す寸前だった。かの女が怒り出さなかったのは、シャルロットが不安定な格好で近づいてきたからである。シャルロットは松葉杖をついていた。それを見て、バルバラは驚いた。また<病気>が再発してしまったの?
 バルバラは駆け寄り、ポーランド語でこう言った。「プティタンジュ、どうして?」
 そして、シャルロットが返事をしようとする前に続けた。「・・・その足、まさか、例のダイナマイトの・・・?」
 シャルロットはバルバラにほほえみかけた。「・・・違うのよ。そんなんじゃないの。これはね、ただの・・・」
 バルバラは、心配そうにかの女を見つめていた。
 シャルロットは、小さな声で恥ずかしそうに続けた。「・・・ただの、怪我なの。わたし、コンサートのとき・・・ステージから落ちたの」
 バルバラはきょとんとしてかの女を見つめた。かの女は、その言葉の意味をようやく理解すると、急に笑い出した。
「・・・本当なの?・・・まあ、あなたらしくもない・・・!」
 その表情を見て、シャルロットも笑い出した。
 二人は、笑いながら見つめ合っていた。いつの間にか、二人とも泣いていた。
「会いたかったわ、ブローニャ」バルバラは涙声で言った。
「わたしもよ、バーシャ」
 そして、二人は抱き合ってしばらく泣いていた。
 やがて、二人はベンチに座った。
 バルバラは、自分の近況を話し始めた。かの女は、前年の秋、サント=ヴェロニック校に戻らなかった。落第したわけではなかったが、かの女の両親は<フランスでの勉強はもう十分>と考えたのであった。ミエチスワフの両親の薦めもあって、かの女はグディニアにあるいわゆる<花嫁学校>である修道院附属の女学院で、<結婚した女性に必要な、家庭を営むための知識>を学んでいたのである。その学校は2年制で、ミエチスワフの母親のレショフスカ夫人が学んだという学校でもある。そこを卒業したときに、ミエチスワフもサント=ヴェロニック校を卒業するので、その時点で正式に婚約するか結婚するかを決めるという話になったそうである。ただ、ミエチスワフの方は、大学に進学する意思を表明していた。彼は、弁護士になるのが夢だった。結局、ミエチスワフは、大学を出るまでは結婚しないという意志を正式にヴィエニャフスキー家に伝え、つい一週間前、ミエチスワフの両親とバルバラの両親は、正式に結婚の約束の文書をかわし---それには、ミエチスワフが大学を卒業したときに正式に結婚することが明記されていた---バルバラの両親はミエチスワフの両親に持参金まで渡していた。さらに、その文書にはバルバラ自身もサインしていた。ミエチスワフもその文書について合意しており、夏休みでフランスから戻ったミエチスワフがサインした時点で、その文書は効力を持つことが明記されていた。
 こうして、法律的にも婚約状態に入り、バルバラの両親は、かの女の願いを聞き入れる気になった。かの女は、かねてからの希望を叶えるため、パリに出て最高で5年間声楽の勉強をすることになったのである。ミエチスワフの方も、一年後にパリの大学にはいるつもりだったので、婚約期間のほとんどを二人はパリで過ごすことになる。
 一週間前、かの女がグディニアを出たときには、そういう予定だった。しかし、到着したパリは戦争のために混乱していた。
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