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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第60章

第1066回

 シャルロットは、その男性を見ると、うれしそうに声をかけた。
「ムッシュー=ヴェルネ?」
 セザール=ヴェルネは、シャルロットを見て驚いた。「シャルロット?」
「演奏旅行ですか?」シャルロットはにっこり笑った。
 彼は首を横に振った。なんだか悲しそうなその表情を見ているうちに、シャルロットの顔からほほえみが消えた。
「移住することにしたんです」ヴェルネが言った。「ロス=アンジェルスという町のオーケストラでチェリストを求めているという話を聞いて、応募したんですよ」
「なぜ、そんな遠いところへ?」
 彼は一瞬黙ったあと、こう言った。「・・・彼がいないグルノーブルなんて、砂漠のようなものです」
 シャルロットは絶句した。
 そして、彼は、ひとりごとを言うような調子でこう言った。「・・・サヴェルネもかわいそうにな」
 シャルロットは黙っていた。
 彼は、ポケットから一枚の古い写真を出した。「ちょうどよかった。以前、ムッシュー=フランクからこれを頼まれていたんです」
 シャルロットは写真を受け取った。《セザール、もし、わたしの死にシャルロットが間に合わなかったら、これを渡してくれ。T》と書かれていた。ひっくりかえすと、それはテオドール=フランクの写真だった。彼は、幸せそうにほほえんでいた。
 シャルロットは顔を上げた。「これは、あなたのものです。だって、わたしは、そこにいたのですから・・・」
「わたしも、そう思っていました。ですが、これは、あなたが持つべきものだと思いました。そのほうが、彼は・・・」ヴェルネはそう言うと、シャルロットの後方に立っていた男に気づき、さっと青ざめた。
 シャルロットは、びっくりして振り返った。
 後ろには、やはり青ざめた表情の男性がいた。この男性に会ったことはないが、どこかで見たことがあるような気がする。
「あなたは、たしか・・・20年前に・・・?」ヴェルネは、冷たい口調で言った。「まさか、わたしをお忘れではないでしょうね? わたしは、アントワネット=ローズ=ド=フランスの夫です」
 その名前を聞くと、男性はさらに青くなった。そして、小さくうなずいた。
「そして、マリー=クレール=ド=フランスの義理の弟です」ヴェルネは続けた。
 男性はまだ口をきかなかった。
「あなたの名前は、ヘルムート=シャインだ。違いますか?」
 その名前を聞くと、シャルロットは尊敬するようなまなざしで男性を見つめた。「ヘルムート=シャインさん?・・・あなたは、作曲家のヘルムート=シャインさんなんですか?」
 彼は機嫌悪そうに答えた。「作曲家兼ヴァイオリニストのヘルムート=シャインです」
 シャルロットは、しゅんとして謝った。「・・・失礼いたしました・・・」
 二人の男性は、不機嫌な顔をして見つめ合った後、お互いにくるりと背を向けた。去っていったのは、セザール=ヴェルネの方だった。
 シャルロットは、ヴェルネの後ろ姿を見送ったあと、シャインの方を向いた。そして、ゆっくりと会釈をしながら言った。「ムッシュー=シャイン、あなたにお会いできて、とても幸せです」
 その挨拶を聞き、シャインは複雑な表情を浮かべた。
「わたし、あなたの第一番のヴァイオリンソナタが大好きなんです」シャルロットは、彼の表情にはお構いなく続けた。「ヴィエジェイスキー先生は、『あれは、きみにはまだ早すぎる。本物の恋をした人にじゃなければ、あれは弾きこなせない』と口癖のようにおっしゃっていました。でも、わたし、初めて弾いた9歳の頃から、あれが大好きだったんです」
「9歳だと!」シャインはぶっきらぼうな口調で言った。「あなたの先生のおっしゃる通りだ。あれは、子どもが弾く曲じゃない!」
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