FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第60章

第1067回

 シャルロットは、作曲者本人にそう言われ、がっくりと肩を落とした。
「しかし、コラン=ブルームをあれだけ弾ける子どもになら、全く無理だとは言えない」シャインは同じ口調で続けた。
「コラン=ブルーム・・・?」
「悪いが、昨日、聞かせてもらった。船底でね」
 シャルロットは赤くなった。
「ところで、あなたは、ジョイス=アンダースンとは、どういう知り合いなの?」彼は唐突に話題を変えた。
 シャルロットはびっくりして否定した。「わたし、アンダースン女史なんて、存じません。それどころか、わたしたち、これからかの女を訪ねるところだったんです、フィラデルフィアに」
 彼は不思議そうに言った。「じゃ、あのひとは、誰だ?」
「あのひと?」シャルロットは首をかしげた。
「さっき、デッキで一緒だった女性だ」
「ミセス=ジョーのことでしょうか?」シャルロットはまだ不思議そうにしていた。
「ミセス=ジョー? かの女は、アメリカ人か? 一人旅なのか?」
 シャルロットはもう一度首をかしげた。そして、こう言った。「かの女は、アメリカに住んでいる女性です。今、連れの女性と二人で旅をしているとおっしゃっていました。連れの方は、ミセス=ロリンズと名乗っています」
「パトリシア=ロリンズ?」
「パトリシアというお名前どうかはわかりませんが、パティと呼ばれていました」
 彼は、まるで人名録を読み上げるような口調で言った。「パトリシア=ロリンズ、旧姓アンダースン。声楽家ジョイス=アンダースンの義理の妹で、伴奏ピアニストでもある」
 シャルロットは、あっけにとられたような表情で彼を見つめた。
「ロリンズ夫人が一緒なら、かの女は間違いなくアンダースン女史だね」彼は続けた。「かの女に何の用があるのか知らないけど、あのひとは、ヴァイオリニストにはあまり関係がないんじゃないかしら」
「ヴァイオリニストには、そうでしょうね」シャルロットが言った。「アンダースン女史に用があるのは、友人の方です。わたしは、かの女の弟子になろうとしている友人と一緒に船に乗っています。単なる付き添いに過ぎません」
「かの女の弟子になるのは、すごく難しいと聞いている」
「そうらしいですね」かの女は深刻そうに応じた。
「止めなかったの?」
「止める必要はないと思いました」シャルロットは、急ににっこりした。
 シャインは驚いたようにかの女を見つめた。「止める必要はない、って言ってもねえ・・・。知っているの、かの女の弟子になるのは、あなたがた若いヴァイオリニストにとって、あのジョゼフ=サヴェルネの弟子になるくらい大変なことなんだよ!」
 それを聞くと、シャルロットの顔がくもった。
 シャインは、その表情を誤解した。「なるほど、やっと、事の重大性を飲み込んだというわけだね、無謀なお嬢さん?」
 シャルロットは首を横に振った。「そうじゃありません・・・。わたし、そのサヴェルネ先生のところから出てきたんです」
「出てきた?」
「わたし、ついこの間まで、サヴェルネ先生の弟子だったんです」シャルロットは言い直した。「約一ヶ月前、彼の家から飛び出すまでは・・・」
 シャインは、目の前の少女を見つめた。まるで、正常ではない人間を目の前にしたようなまなざしで。
 しかし、かの女があまりにも絶望したような表情を浮かべているのを見て、彼の心は動いた。
「どういうこと? いったい何があったんだ?」彼は優しく訊ねた。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ