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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第6章

第106回

「・・・あなたに、なぜそんなことがわかるんです?」シャロンが落ち着いた口調で訊ねた。
 フレデリックは、ステラの方を向き直った。
「彼は、冷たい男性です。御存知でしょう、彼の昔の恋人のこと・・・?」
 ステラははっとした。「・・・いいえ・・・」
「この人は、自分の子どもを身ごもっていた女性を捨てたんです」フレデリックが言った。「その女性は、今、行方不明だそうです。きっと、絶望して・・・」
 ステラは思わず叫んだ。「嘘です、そんなこと!」
 フレデリックは、意地悪いほほえみを見せた。「嘘だと思ったら、彼に聞いてご覧なさい。彼も、それを知っているはずです」
 ステラは、シャロンの方を向いた。
「わたしの言ったこと、間違っていますか?」フレデリックはシャロンに訊ねた。
 シャロンはステラから目をそらした。「・・・事実だ・・・」
 ステラの目から涙がこぼれた。
「ぼくは、あなたをそんな目に遭わせたくない。あなただけは、決して・・・」フレデリックは真剣に言った。そして、再びかの女の手を取った。
 ステラは、その手をふりほどいた。
「ステラ、正直に答えてください、あなたは、本当に幸福なんですか?」フレデリックはステラの目をのぞき込むようにして訊ねた。
 ステラは、フレデリックをまっすぐに見つめた。「わたしが幸福かどうか、正直にはよくわかりません。でも、一つだけわかっていることがあります。彼は---シャロンは、その女性ではなく、わたしを選んだんです。わたしは、彼を信じます」
 シャロンは、はっとして顔を上げた。
 その答えを聞くと、フレデリックの目に初めて涙が浮かんだ。
「帰ってください。もう二度とわたしの前に現われないで」ステラがフレデリックに言った。
 フレデリックは、もう一度ステラの目をのぞき込んだ。そして、かの女が本気であると悟り、ヴァイオリンをケースに入れた。
「・・・かの女を不幸にしたら、ぼくはあなたを許しません。そのときは、ぼくがかの女を奪います」フレデリックは、シャロンにそう言うと、ゆっくりと部屋を出て行った。
 シャロンは妻の方を振り向いた。泣いていたステラは、ゆっくりと顔を上げ、シャロンの方を見つめた。
「・・・そのとおり。わたしが選んだのはきみだ」シャロンが言った。「でも、知らなかったんだ・・・かの女が妊娠していることを・・・。もし、知っていたら・・・」
「・・・もし、知っていたら、あなたは、わたしを選ばなかったはず。わたしにも、それはわかるわ」ステラがゆっくりと言った。「あなたは、そういう人です。あなたは、冷たい男性なんかじゃない」
 シャロンは妻を抱きしめた。
「わたしは、あのとき、かの女に言った。わたしは、もう二度と音楽を奏でることはない。もう二度とチェロを演奏することはない。わたしの人生は終わった・・・と」シャロンが言った。「わたしは、その言葉通り、音楽を遠ざけ、きみと演奏することを拒んだ。本当は、誰よりも、きみと演奏したかった・・・」
 ステラは、彼にささやいた。「あなたのチェロは、ここよ・・・調弦はすんでいるわ・・・」
 シャロンはかの女を抱きかかえ、寝室に向かって歩き出した。
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