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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第62章

第1097回

 スフロ夫人は、初めてブリューノに会ったとき、驚きを隠せなかった。シルヴィーの子どもにそっくりだったからである。スフロ夫人の目から見て、子どもは母親とうり二つだった。栗色の髪ばかりではなく、顔全体の作りがシルヴィーとそっくりだった。これほど父親も似ない子どもも珍しい、と思うくらい、アントワーヌを思わせるところがなかった。シルヴィーとブリューノは、目の色以外はそっくりだった。もし、子どもの目の色がグリーンだったら、母親の不倫を疑うところだ。
 ブリューノは、自分に似た子どもに夢中になった。そして、スフロ夫人にこう言った。
「・・・ぼくは、この子の父親代わりになります。もし、シルヴィーに再婚する気がないときには、この子の成長をぼくが見守っていきたい。ぼくは、この子の代父になれてよかった」
 スフロ夫人は寂しそうに答えた。「戦争が終わったら、シルヴィーには再婚するように勧めます。わたしはともかく、あの子はまだ二十歳前です。もう一度幸せになっても、トニーはきっと許してくれます」
 ブリューノはうなずいた。「彼がかの女を愛していたのなら、かの女が幸せになることを反対するとは思えませんね」
「トニーは、優しい子でした。小さいときから・・・」スフロ夫人は言葉をつまらせた。「わたしたちは、彼の教育を間違えてしまったんですね。こんなことになるのなら、あの子が軍人になると言ったとき、反対すべきだった。男の子は女の子を守るべきだ、なんて教えなければよかった・・・」
 ブリューノはかの女の肩に手を置いた。
「・・・わたしが、彼を殺したのよ」スフロ夫人はすすり泣いた。
「マダム=スフロ、違います」ブリューノは優しく言った。「アントワーヌが優しい人間だったから、あなたに言われなくても、シルヴィーを守ろうとしたんです。あなたには、責任はありません。あなたは、彼にとっていい母親でした」
 そして、彼は言った。「本当に彼が優しい人間だったら、きっとあなたにこう言うはずです。『もう泣かないで。あなたが泣いていたら、ぼくは天国で幸せになれません』・・・さあ、涙を拭いて下さい。アントワーヌは、あなたのために天国でお祈りしています。あなたは、シルヴィーのために、クリスティぼうやのために、もう泣いてはいけません」
 スフロ夫人は、ブリューノの優しい言葉を聞き、涙を拭いた。アントワーヌが、天国から許しの言葉をかけてくれたように感じた。
「わたしは、強くなります。今日から、わたしがこの家の父親代わりになります」スフロ夫人はそう言った。
 出産後、シルヴィーの体はなかなか回復しなかった。ブリューノはスフロ家に滞在し、かの女の回復を待った。
 彼の力と天使のような赤ん坊のおかげもあり、シルヴィーはだんだん回復していった。スフロ家には、いつの間にか笑いが戻り、スフロ夫人もシルヴィーも、ブリューノを帰そうとは思わなくなっていた。
 そんな中、シルヴィーにコンサートの依頼が舞い込んできた。シルヴィーは、根っからのコンサートピアニストだった。かの女は、子どもが生まれて以来初めてピアノの前に座った。
 しかし、病気は本当によくなっていたわけではなかった。シルヴィーは、周りの人々、特にブリューノを心配させたくなかったので、具合が悪いことを隠していた。ブリューノもスフロ夫人も、かの女の病気の深刻さを何も知らなかった。医者は、シルヴィーが治らないことを知っていた。そして、シルヴィー自身も医者にそれを告げられていた。医者は、シルヴィーにはその告知が耐えられると信じていたが、スフロ夫人にそれを告げる勇気はなかった。この一年の間に、スフロ大佐とダルディ大尉の二人を失い、さらにシルヴィーまで重い病気だと話したら、スフロ夫人はどうなるだろう? この一家をずっと見てきた医者は、自分の口からスフロ夫人に告げることはできない、と結論を出した。
 シルヴィーは、医者の考えを支持した。ただ、ブリューノには話した方がいいだろう、とだけ言った。
 医者は、シルヴィーの意見に従うことにした。
 居間から、ピアノの音が聞こえていた。スフロ夫人は、赤ん坊をあやすのに夢中だった。医者は、ブリューノに庭を歩かないかと声をかけた。
 スフロ夫人は、二人が姿を消したことに気がつかなかった。
 庭に出た二人は、しばらく黙って歩いていた。
 やがて、医者はこう言った。「来月、マダム=ダルディはコンサートに出るつもりなんでしょう?」
「そうらしいですね」ブリューノは気軽な口調で返事した。
 しばらく沈黙が続いた。
 ブリューノははっとして医者を見つめた。彼は、ようやく、この沈黙の意味を理解した。
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