スフロ夫人は、初めてブリューノに会ったとき、驚きを隠せなかった。シルヴィーの子どもにそっくりだったからである。スフロ夫人の目から見て、子どもは母親とうり二つだった。栗色の髪ばかりではなく、顔全体の作りがシルヴィーとそっくりだった。これほど父親も似ない子どもも珍しい、と思うくらい、アントワーヌを思わせるところがなかった。シルヴィーとブリューノは、目の色以外はそっくりだった。もし、子どもの目の色がグリーンだったら、母親の不倫を疑うところだ。
ブリューノは、自分に似た子どもに夢中になった。そして、スフロ夫人にこう言った。
「・・・ぼくは、この子の父親代わりになります。もし、シルヴィーに再婚する気がないときには、この子の成長をぼくが見守っていきたい。ぼくは、この子の代父になれてよかった」
スフロ夫人は寂しそうに答えた。「戦争が終わったら、シルヴィーには再婚するように勧めます。わたしはともかく、あの子はまだ二十歳前です。もう一度幸せになっても、トニーはきっと許してくれます」
ブリューノはうなずいた。「彼がかの女を愛していたのなら、かの女が幸せになることを反対するとは思えませんね」
「トニーは、優しい子でした。小さいときから・・・」スフロ夫人は言葉をつまらせた。「わたしたちは、彼の教育を間違えてしまったんですね。こんなことになるのなら、あの子が軍人になると言ったとき、反対すべきだった。男の子は女の子を守るべきだ、なんて教えなければよかった・・・」
ブリューノはかの女の肩に手を置いた。
「・・・わたしが、彼を殺したのよ」スフロ夫人はすすり泣いた。
「マダム=スフロ、違います」ブリューノは優しく言った。「アントワーヌが優しい人間だったから、あなたに言われなくても、シルヴィーを守ろうとしたんです。あなたには、責任はありません。あなたは、彼にとっていい母親でした」
そして、彼は言った。「本当に彼が優しい人間だったら、きっとあなたにこう言うはずです。『もう泣かないで。あなたが泣いていたら、ぼくは天国で幸せになれません』・・・さあ、涙を拭いて下さい。アントワーヌは、あなたのために天国でお祈りしています。あなたは、シルヴィーのために、クリスティぼうやのために、もう泣いてはいけません」
スフロ夫人は、ブリューノの優しい言葉を聞き、涙を拭いた。アントワーヌが、天国から許しの言葉をかけてくれたように感じた。
「わたしは、強くなります。今日から、わたしがこの家の父親代わりになります」スフロ夫人はそう言った。
出産後、シルヴィーの体はなかなか回復しなかった。ブリューノはスフロ家に滞在し、かの女の回復を待った。
彼の力と天使のような赤ん坊のおかげもあり、シルヴィーはだんだん回復していった。スフロ家には、いつの間にか笑いが戻り、スフロ夫人もシルヴィーも、ブリューノを帰そうとは思わなくなっていた。
そんな中、シルヴィーにコンサートの依頼が舞い込んできた。シルヴィーは、根っからのコンサートピアニストだった。かの女は、子どもが生まれて以来初めてピアノの前に座った。
しかし、病気は本当によくなっていたわけではなかった。シルヴィーは、周りの人々、特にブリューノを心配させたくなかったので、具合が悪いことを隠していた。ブリューノもスフロ夫人も、かの女の病気の深刻さを何も知らなかった。医者は、シルヴィーが治らないことを知っていた。そして、シルヴィー自身も医者にそれを告げられていた。医者は、シルヴィーにはその告知が耐えられると信じていたが、スフロ夫人にそれを告げる勇気はなかった。この一年の間に、スフロ大佐とダルディ大尉の二人を失い、さらにシルヴィーまで重い病気だと話したら、スフロ夫人はどうなるだろう? この一家をずっと見てきた医者は、自分の口からスフロ夫人に告げることはできない、と結論を出した。
シルヴィーは、医者の考えを支持した。ただ、ブリューノには話した方がいいだろう、とだけ言った。
医者は、シルヴィーの意見に従うことにした。
居間から、ピアノの音が聞こえていた。スフロ夫人は、赤ん坊をあやすのに夢中だった。医者は、ブリューノに庭を歩かないかと声をかけた。
スフロ夫人は、二人が姿を消したことに気がつかなかった。
庭に出た二人は、しばらく黙って歩いていた。
やがて、医者はこう言った。「来月、マダム=ダルディはコンサートに出るつもりなんでしょう?」
「そうらしいですね」ブリューノは気軽な口調で返事した。
しばらく沈黙が続いた。
ブリューノははっとして医者を見つめた。彼は、ようやく、この沈黙の意味を理解した。
ブリューノは、自分に似た子どもに夢中になった。そして、スフロ夫人にこう言った。
「・・・ぼくは、この子の父親代わりになります。もし、シルヴィーに再婚する気がないときには、この子の成長をぼくが見守っていきたい。ぼくは、この子の代父になれてよかった」
スフロ夫人は寂しそうに答えた。「戦争が終わったら、シルヴィーには再婚するように勧めます。わたしはともかく、あの子はまだ二十歳前です。もう一度幸せになっても、トニーはきっと許してくれます」
ブリューノはうなずいた。「彼がかの女を愛していたのなら、かの女が幸せになることを反対するとは思えませんね」
「トニーは、優しい子でした。小さいときから・・・」スフロ夫人は言葉をつまらせた。「わたしたちは、彼の教育を間違えてしまったんですね。こんなことになるのなら、あの子が軍人になると言ったとき、反対すべきだった。男の子は女の子を守るべきだ、なんて教えなければよかった・・・」
ブリューノはかの女の肩に手を置いた。
「・・・わたしが、彼を殺したのよ」スフロ夫人はすすり泣いた。
「マダム=スフロ、違います」ブリューノは優しく言った。「アントワーヌが優しい人間だったから、あなたに言われなくても、シルヴィーを守ろうとしたんです。あなたには、責任はありません。あなたは、彼にとっていい母親でした」
そして、彼は言った。「本当に彼が優しい人間だったら、きっとあなたにこう言うはずです。『もう泣かないで。あなたが泣いていたら、ぼくは天国で幸せになれません』・・・さあ、涙を拭いて下さい。アントワーヌは、あなたのために天国でお祈りしています。あなたは、シルヴィーのために、クリスティぼうやのために、もう泣いてはいけません」
スフロ夫人は、ブリューノの優しい言葉を聞き、涙を拭いた。アントワーヌが、天国から許しの言葉をかけてくれたように感じた。
「わたしは、強くなります。今日から、わたしがこの家の父親代わりになります」スフロ夫人はそう言った。
出産後、シルヴィーの体はなかなか回復しなかった。ブリューノはスフロ家に滞在し、かの女の回復を待った。
彼の力と天使のような赤ん坊のおかげもあり、シルヴィーはだんだん回復していった。スフロ家には、いつの間にか笑いが戻り、スフロ夫人もシルヴィーも、ブリューノを帰そうとは思わなくなっていた。
そんな中、シルヴィーにコンサートの依頼が舞い込んできた。シルヴィーは、根っからのコンサートピアニストだった。かの女は、子どもが生まれて以来初めてピアノの前に座った。
しかし、病気は本当によくなっていたわけではなかった。シルヴィーは、周りの人々、特にブリューノを心配させたくなかったので、具合が悪いことを隠していた。ブリューノもスフロ夫人も、かの女の病気の深刻さを何も知らなかった。医者は、シルヴィーが治らないことを知っていた。そして、シルヴィー自身も医者にそれを告げられていた。医者は、シルヴィーにはその告知が耐えられると信じていたが、スフロ夫人にそれを告げる勇気はなかった。この一年の間に、スフロ大佐とダルディ大尉の二人を失い、さらにシルヴィーまで重い病気だと話したら、スフロ夫人はどうなるだろう? この一家をずっと見てきた医者は、自分の口からスフロ夫人に告げることはできない、と結論を出した。
シルヴィーは、医者の考えを支持した。ただ、ブリューノには話した方がいいだろう、とだけ言った。
医者は、シルヴィーの意見に従うことにした。
居間から、ピアノの音が聞こえていた。スフロ夫人は、赤ん坊をあやすのに夢中だった。医者は、ブリューノに庭を歩かないかと声をかけた。
スフロ夫人は、二人が姿を消したことに気がつかなかった。
庭に出た二人は、しばらく黙って歩いていた。
やがて、医者はこう言った。「来月、マダム=ダルディはコンサートに出るつもりなんでしょう?」
「そうらしいですね」ブリューノは気軽な口調で返事した。
しばらく沈黙が続いた。
ブリューノははっとして医者を見つめた。彼は、ようやく、この沈黙の意味を理解した。
もくじ
年代記 ~ブログ小説~

総もくじ
年代記 第一部

総もくじ
年代記 第二部

総もくじ
年代記 第三部

- ┣ *****第3部について*****
- ┣ 第46章
- ┣ 第47章
- ┣ 第48章
- ┣ 第49章
- ┣ 第50章
- ┣ 第51章
- ┣ 第52章
- ┣ 第53章
- ┣ 第54章
- ┣ 第55章
- ┣ 第56章
- ┣ 第57章
- ┣ 第58章
- ┣ 第59章
- ┣ 第60章
- ┣ 第61章
- ┣ 第62章
- ┣ 第63章
- ┣ 第64章
- ┣ 第65章
- ┣ 第66章
- ┣ 第67章
- ┣ 第68章
- ┣ 第69章
- ┣ 第70章
- ┣ 第71章
- ┣ 第72章
- ┣ 第73章
- ┣ 第74章
- ┣ 第75章
- ┣ 第76章
- ┣ 第77章
- ┣ 第78章
- ┣ 第79章
- ┣ 第80章
- ┣ 第81章
- ┣ 第82章
- ┣ 第83章
- ┣ 第84章
- ┣ 第85章
- ┣ 第86章
- ┣ 第87章
- ┣ 第88章
- ┣ 第89章
- ┣ 第90章
- ┣ 第91章
- ┣ 第92章
- ┣ 第93章
- ┣ 第94章
- ┣ 第95章
- ┣ 第96章
- ┣ 第97章
- ┣ 第98章
- ┣ 第99章
- ┣ 第100章
- ┣ 第101章
- ┣ 第102章
- ┣ 第103章
- ┣ 第104章
- ┣ 第105章
- ┣ 年代記 第四部
- ┣ *****第4部について*****
- ┣ 第106章
- ┣ 第107章
- ┣ 第108章
- ┣ 第109章
- ┣ 第110章
- ┣ 第111章
- ┣ 第112章
- ┣ 第113章
- ┣ 第114章
- ┣ 第115章
- ┣ 第116章
- ┣ 第117章
- ┣ 第118章
- ┣ 第119章
- ┣ 第120章
- ┣ 第121章
- ┣ 第122章
- ┣ 第123章
- ┣ 第124章
- ┣ 第125章
- ┣ 第126章
- ┣ 第127章
- ┣ 第128章
- ┣ 第129章
- ┣ 第130章
- ┣ 第131章
- ┣ 第132章
- ┣ 第133章
- ┣ 第134章
- ┣ 第135章
- ┣ 第136章
- ┣ 第137章
- ┣ 第138章
- ┣ 第139章
- ┣ 第140章
- ┣ 第141章
- ┣ 第142章
- ┣ 第143章
- ┣ 第144章
- ┣ 第145章
- ┣ 第146章
- ┣ 第147章
- ┣ 第148章
- ┣ 第149章
- ┗ 第150章
もくじ
データベース

もくじ
設定

もくじ
未分類

もくじ
ダブリ記事置き場

もくじ
その他 お知らせなど
