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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第62章

第1098回

「・・・ドクトゥール! あなたは、まさか、無理を承知でコンサートを認めたとおっしゃるんですか?」
「そうだ」医者が答えた。
「でも、どうして?」
「わたしが反対したとして、聞くような人だと思うかい?」
「・・・いいえ、思いません」
 二人はまた沈黙した。
 小鳥が一羽、藪の中から飛び出して飛んでいった。ブリューノはとっさにそちらを見たが、視線を医者に戻した。
「あのひとの最後の願いだとしたら、聞かないわけには行かないだろう」医者がぽつりと言った。
 ブリューノは医者のほうに向き直った。
「・・・ただし、それまで、あのひとは生きられるだろうか?」
「そんなに悪いのですか?」ブリューノはそう訊ねた。
「体がひどく衰弱している。かの女は、ほとんど、気力だけで生きている状態だ」
 ブリューノの頭は混乱していた。
「それじゃ、コンサートなんか無理だ!」ブリューノが言った。彼は、いらいらと歩き回った。「・・・コンサートを行うには、体力が足りない。コンサートをやめたら、気力を失ってしまう。何より、かの女には時間が残されていない。どうしろと言うんですか?」
 医者は黙って彼を見つめていた。
 彼は突然立ち止まった。「かの女は知っているんですよね?・・・スフロ夫人は?」
 そして、医者の沈黙によって答えがわかった彼は、茫然とした。
「・・・まさか、ぼくの口から、スフロ夫人に真実を告げろと言うんじゃないでしょうね?」
 医者はそれでも黙っていた。
「それは、あなたの仕事です」ブリューノが言った。「シルヴィーの死に立ち会う唯一の人間は、スフロ夫人です。ぼくは、来月、アメリカに行きます。ぼくが帰ってくるまで、かの女は生きられないんでしょう?」
 そして、ブリューノは医者を残し、その場を去った。
 その日の晩、ブリューノはシルヴィーに言った。
「ぼくは、まもなく戦争に行かなければならない。戦場に行く前に、一度だけシャルロットに会っておきたい。ぼくは、アメリカに行って来る。かの女に、何か伝言はあるかい?」
 シルヴィーは「コンサートが終わるまでここにいられないの?」と訊ねた。
「まもなく誕生日が来る」ブリューノが答えた。
 シルヴィーはしばらく黙ったままブリューノの顔を見つめた。そして、こう答えた。
「・・・せめて、見送りに行かせて」
 ブリューノはうなずいた。
 シルヴィーは、カレーまで彼を見送りに出かけた。彼が乗る予定だった<フランシス号>は、イギリス・アイルランドを経由し、アメリカに向かうことになっていた。
「シュリーに会ったらこう伝えて。わたしは、最後まで希望を捨てない、と」シルヴィーは言った。「そして・・・クリスティを頼む、と・・・」
「クリスティ?」
「あの子のことを頼めるのは、かの女しかいないわ。あなたも、戦場に行ってしまうんでしょう?」
 ブリューノはほほえみ、シルヴィーの手を取った。
 そして、彼はかの女の指に《ラクリマ》をはめた。
「・・・先に行って、待っていてくれ」ブリューノはほほえみながらそう言った。そして、彼は船に乗った。
 シルヴィーは、黙って手を振った。かの女は、手を振り続けた、船が見えなくなっても、ずっと・・・。
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