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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第62章

第1100回

 ヴァージニアとキャスリーンは、あ然としたようにシャルロットを見つめた。
 シャルロットは、冷たい視線をかの女たちに送ったあと、また新聞を見つめた。
 シャルロットがこれ以上発言するつもりがなさそうなのを見て、ヴァージニアとキャスリーンは再び会話を始めた。潜水艦が悪い。どうして民間船が沈められたのだ?・・・かの女たちは会話に夢中になっていた。
 シャルロットは、自分の意識からその会話を閉め出した。かの女は、二人が夢中でしゃべっているのを見ると、新聞を独占した。かの女は、記事を読み始めていた。別に興味があるわけでもないその記事には、詳しい状況がのっていた。船には全部で132人が乗っていた。そのうち生存者が約50人。ほとんどが子どもたちとその母親だった。半数以上の人が爆撃の犠牲になって、船と運命を共にしたのだ。
 シャルロットは、犠牲になった人たちの名前をぼんやりと眺めた。この人たちには、どんな夢があったのだろう。もしかすると、バルバラのように、将来への夢を抱いて船に乗った若者がいたかもしれない。戦争に嫌気がさしたとか、もしかして迫害されてアメリカに移住するつもりだった人もいただろうか。船に乗ったとき、まさかその船と一緒に冷たい海で一生を終えるつもりだった人はいないはずだった。
 そのとき、かの女の目にある名前が映った。まさか、そんなはずはない!
 かの女は真っ青になり、新聞をヴァージニアに返した。そして、ふらふらとした足取りでその場を去っていった。
 ヴァージニアとキャスリーンは、シャルロットの後ろ姿を見つめていた。その姿が視界から消えると、キャスリーンが言った。
「シャルロットの言い分は、正しいかもしれない。でも、一つだけ間違っていることがあるわ。アメリカは、まだドイツの敵じゃないわ。アメリカ人が殺されたのは、どう考えても不当だわ」
「まだ、ね・・・」ヴァージニアは不吉な口調で言った。
 その日の午後、<アンダースンズ=ハウス>の人たちは、シャルロットが黒い服を着ているのを見て驚いた。かの女はふさぎ込んでいて、その事情は親友であるバルバラでさえ知らなかった。
 翌日、シャルロットがフランシス号乗員のための追悼ミサに出席すると言い出したとき、ヴァージニアとキャスリーンは驚きを隠せなかった。かの女たちは、前日の会話を覚えていた。その会話の内容からして、シャルロットがフランシス号の犠牲者のために心を痛めているとは考えにくかった。しかし、二人は、シャルロットが前日から黒い服を身にまとっていることを思い出し、どういうことだろうと首をひねっていた。
 結局、追悼ミサには、<アンダースンズ=ハウス>の全員が出席した。司祭が「犠牲者の魂のためにお祈りしましょう。そして、一日も早く戦争が終わるようにと・・・」と説教しているのを、シャルロットはぼんやりと聞いていた。
 シャルロットは、ミサが終わったあと、人々が広場で「アメリカ人が殺されたことを、もっと怒るべきだ」などと話しているのには目もくれず、まっすぐに家に戻った。
 ヴァージニアは、かの女に気づかれないようにあとを追った。そして、着替えを済ませてからシャルロットの部屋をノックした。
 シャルロットは青ざめた顔に、涙を浮かべていた。そして、ぽつりとこう言った。
「・・・友達が亡くなったの・・・」
 ヴァージニアは黙ってうなずいた。
「彼は、わたしに会いに来るつもりだったの」シャルロットは淡々とした口調で言った。
 ヴァージニアは優しくほほえんだ。
「わたしが、彼を殺したの」シャルロットは、その言葉を、何の感情も込めずに言った。
 ヴァージニアは口を開きかけた。
「・・・わたしは、ここで何をしているの? ここにいると、海の向こうで戦争をしていることを忘れそうになる。今だって、どこかで誰かが死んでいるわ。でも、わたしには、ここでお祈りすることしかできない・・・」シャルロットの声は、どこか鼻にかかったような声に変わった。「・・・わたしは、戦争をやめさせるために、指一本動かそうとはしなかった。戦争が悪いことだと、一言だって発言したことはなかった。わたしは、直接手を下したわけじゃない。でも、結果的に、彼はわたしの怠惰のために死んだんだわ!」
 ヴァージニアは、かの女の手を取り優しくさすった。「そうよ、わたしたちみんなのせいよ・・・」
 シャルロットは、思わずヴァージニアの方を見た。ヴァージニアは沈み込んだような表情をしながらも、優しくシャルロットを見つめていた。
・・・このひとも、誰か、親しい人を亡くしたことがある。シャルロットはそう思った。
「思い切り泣くといいわ。そして、誰かに話してみるといいわ」ヴァージニアはフランス語でそう言い、シャルロットを抱き寄せた。
 シャルロットは静かに泣いていた。
 しかし、その日、かの女がブリューノの話をすることはなかった。
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