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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第62章

第1103回

 二人が愛し合っていたらしいと知ると、ヴァージニアの表情は少しゆるんだ。
「夫が戦死したと聞いた後、シルヴィーは生きる気力を失ったようだった、とスフロ夫人は書いてきているわ。でも、そう見えただけのことだったの。かの女は、自分の病気のことをスフロ夫人に隠していたの。本当は、出産そのものも危険なことだったのよ。お医者さまは、シルヴィーに、出産後になって初めて打ち明けたそうよ。お兄さまのブリューノは、かの女の病気のことは知らなかったから、かの女に元気を出してもらうため、コンサートの計画を立てたの。シルヴィーは、それに向けて練習を始めたそうよ。でも、かの女は、気力だけで練習をしていたの。ブリューノがアメリカに行くことになって、かの女はその気力さえ失ってしまったらしいわ」
「仲がいい兄妹だったのね」ヴァージニアはぽつりと言った。
「そうね、まるで恋人みたいにね」シャルロットは一瞬、優しくほほえんだ。「ブリューノを見送って帰ってきて以来、かの女は練習する気力を失ってしまった---ところまで話したのよね?」
 ヴァージニアはうなずいた。
「そんなかの女を、スフロ夫人は叱ったそうよ。『あなたは、あなただけのために生きているんじゃないの。あなたの音楽を必要とする人たちのためにも、あなたは生きなければならないのよ』と言って・・・」
「『あなたの音楽を必要とする人たちのために』・・・」ヴァージニアは繰り返した。「重い言葉ね」
 シャルロットはうなずいた。「音楽家なら、そう言われれば逃げ道はないわね」
「マダム=アンダースンでさえ、そんなことをおっしゃったことはないわ」ヴァージニアはつぶやいた。「でも、かの女は実践で示したのよね。かの女は、飛び降りる演技をして骨折してしまったとき、最後までステージから降りなかったのよ。伝説のプリマドンナとして有名な事件だわ・・・」
 シャルロットはうなずいて見せた。アンダースン夫人はその事故のため、二度とステージには立てなくなってしまったという話は、ここに来てから何人の口から聞かされたことだろう!
「音楽家は、厳しい道を通らなければならないのよね・・・」シャルロットはそう言うと、また話を続けた。「そう、その言葉を聞いて、シルヴィーは起きあがったのよ。そして、ピアノのところまで行って、ショパンの第二番のソナタを弾き始めたの。でも、かの女の体力は、もう、限界だった・・・。かの女は途中で倒れ、そのまま昏睡状態になってしまったの」
 シャルロットはそう言うと、ハンカチで目を押さえた。そして、ヴァージニアの方を見た。ヴァージニアも涙ぐんでいた。
「・・・コンサート当日、かの女は目を覚ましたそうよ。そして、ベッドから上半身起きあがって、こう言ったの。『わたしをコンサートホールに連れて行って』---スフロ夫人は『わかったわ。でも、歩ける?』と訊ねたそうよ。シルヴィーは『わからない。でも、お願い、連れて行って』と言いながら完全に起きあがったそうよ。『わたしは、コンサートに出なくちゃいけない』そう言って、かの女は歩こうとした。そして、その場に倒れ、そのまま息を引き取ったそうよ」シャルロットは半分泣き出しそうになっていた。「《かの女は、死ぬ瞬間まで、前を向いて生きようとしていました》スフロ夫人はそう書いているわ。わたしは、そんな風に生きたかの女を誇りに思います。こういう友人をもてて、本当に幸せだった・・・」
 ヴァージニアは、テーブルに顔を伏せて泣き出した。
 シャルロットは、ヴァージニアを見ながら、手紙の続きのことを考えていた。アントワーヌ=ダルディの遺言書のことだ。彼が遺言状を作成したのは、子どもが生まれる前のことだ。子どもには、彼の両親(ルネとクリスティアーヌ)にちなんだ名前をつけること。自分にもしものことがあったら、次の指示通りにして欲しい。もし、子どもが男の子だったら、シャルロット=ド=サン=メランの助けを借り、ダルディ伯爵という名前に恥じないような人間に育てて欲しい・・・。
 小さなダルディ伯爵は、両親のない子どもになってしまった。自分がシルヴィーのためにできることは、フランスに戻り、ルネ=クリスティアン=ダルディの母親代わりになることだ。でも、まだ13歳だというのに、自分にいったいなにができるのだろうか?
 シャルロットは、研究所のドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーに宛てて手紙を書こうと思った。この事態を相談できるのは、公爵の息子である彼しかいない。
 シャルロットは、ショパンのソナタを弾きはじめた。シルヴィーが演奏しようとしていたという第二番のソナタを・・・。
 ヴァージニアは顔を上げ、「葬送行進曲?」とつぶやいた。
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