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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第62章

第1104回

 その日の午後、ヴァージニアは庭にいた。この家の門から屋敷までの道の両側に植えられたバラも見事なものだが、庭に植えられているバラもなかなかのものだった。アンダースン夫人とロリンズ夫人には庭の手入れをする趣味はない。庭師がいるといっても、彼の主な仕事は庭の手入れ一般であり、決してバラが専門ではない。ヴァージニアがこの家にやってきてから3度目のバラのシーズンであったが、かの女は庭師の協力で、庭の一角をバラ園にする計画を進めている。その計画に興味を持つのは、屋敷の中ではシャルロットただ一人だけであった。
「ジニー」バルバラが声をかけたとき、ヴァージニアは庭でぼんやり考え事をしていた。この時間には、滅多に庭に来る人はいない。かの女だけの秘密の時間だった。だから、ヴァージニアは突然現われたバルバラを見て驚いた。
「どうして、ここがわかったの?」ヴァージニアは質問した。
「何となく、ここじゃないかと思って」バルバラは返事した。「あなたも、バラが好きなのね?」
「いいえ、嫌いよ」ヴァージニアは答えた。
「じゃ、どうして、こんなところに?」バルバラは質問を続けた。「もしかして、あなたも、バラに関して嫌な思い出があるの?」
 ヴァージニアは、明らかに不快そうな顔でバルバラを見た。
「・・・ごめんなさい。また一言多かったみたいね。もしかすると、シャルロットと同じかと思ったから」バルバラは謝り、この話題を終えようとした。
 しかし、ヴァージニアは最後の言葉に引っかかりを感じた。「シャルロットと同じ、って?」
 バルバラは小さくため息をついた。「かの女には---わたしたちには---パトリックという名前の友人がいたの。でも、彼は、2年前の6月に心臓病で死んだの。バラの茂みの前で・・・」
 ヴァージニアははっと息をのんだ。
「・・・それより、ジニー、先生がお呼びよ」バルバラは唐突に話題を変えた。
「ありがとう。今行くわ」ヴァージニアはいつものよそよそしさを身にまとってそう答えた。
 バルバラは、ヴァージニアが家に向かって歩いて行くのを黙って見送った。この少女に、シャルロットがあんなに興味を持つ理由がわからないと思いながら。
 その晩、キャスリーンとヴァージニアはシャルロットの部屋に行った。かの女はアンダースン夫人らに余計な心配をかけまいとして、奇妙なほど明るく振る舞っていた。キャスリーンはそのあまりにも不自然な様子に心を痛め、ヴァージニアに心当たりがあるかどうか訊ねてみた。その答えを聞くと、かの女はシャルロットを慰めなければならないと思ったのだ。
 二人が部屋に入ったとき、シャルロットは声を殺して泣いていた。キャスリーンは、妹にするように優しく声をかけた。
「わたしには力になれないけど、聞くことならできるわ。話してみて、全部」
 シャルロットはキャスリーンにもたれかかった。寮にいたときに、ヴィルヘルミーネ=フォン=シュヴァルツベルクが、よくこんなふうにしてくれた。ヴィルヘルミーネは、友達というより優しい姉のような人だった。かの女は、いつも、こんなふうに話を聞いてくれた。悩み事を相談する相手はバルバラだったが、悩みを聞いてもらうのはヴィルヘルミーネだった。あの優しい少女が、今は、もう味方ではないのだ・・・。
 シャルロットは、ポーランドでの生活を語り始めた。この話をするのは、寮から出てからは初めてのことだった。かの女は、クラコヴィアクの話をした。優しかったチャルトルィスキー公爵夫妻の話をした。そして、チャルトルィスキー公爵が命を狙われている話になり、テロリストが家に押し入ったことを語った。
 二人の少女は、シャルロットの話に相づちさえ打てずに聞き入った。10歳にもならない女の子が、こんな過酷な体験をするなんて。
「・・・それから2ヶ月後、フェリックス=ザモイスキーは、三度目の犯罪を実行に移しました。わたしたちは、あの日、田舎の別荘に向かっていました。彼は、わたしたちが乗っていた馬車に、ダイナマイトを投げつけたのです。馬車は吹き飛ばされ、乗っていた人たちは・・・」シャルロットは泣かないようにするため、顔を上げた。「・・・あんないい人たちが、一瞬のうちに、ばらばらになってしまったんです、目の前で・・・。わたしは、こうして、憎しみというのがどんなに大きな罪なのかを、身をもって知りました。人間は、醜い生き物です。そして、何よりも、残酷な生き物です」
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