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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第65章

第1154回

 1915年9月に<アンダースンズ=ハウス>を飛び出したあと、シャルロットはニューヨークに向かった。アメリカには、親戚が2軒しかない。そのうちの1軒を訪ねたのである。リディア=ハンプトン夫人。かつての養母ナターリア=チャルトルィスカの実の姉にあたる女性である。
 ザレスキー一族と呼ばれる人たちは、大きく分けると二つの系統に分けられる。彼らの共通の先祖、アグニェシカ=ザレスカには二人の子どもがいた。その二人の子孫たちは、それぞれ独自の系統を作り出した。直系であるヴィトールド=ザレスキーは、アグニェシカの息子の子孫である。そして、シャルロットとリディアは、アグニェシカの娘マリア=ピアニーナ=ザレスカの子孫であった。
 マリア=ピアニーナには3人の娘がいた。一番上の娘がリベルテ、二番目がスカラ、三番目がステラである。ナターリアはリベルテの娘、シャルロットはステラの孫にあたる。
 リベルテ=オルガと名付けられた長女は、ポーランドの貴族ウラディーミル=スクロヴァチェフスキー伯爵と結婚した。二人を結んだのは音楽だった。彼らは、自分たちもかなりの腕前を持っていたが、音楽家たちのパトロンとして知られていた。彼らは、本物を見分ける目を持っていたのである。ところが、彼らの開いたサロンが彼らの破滅の元となった。そこに集まった音楽家たちの中に、ロシアのアレクサンドル皇帝暗殺未遂事件に関わった人間がいたのである。自らも事件との関わりを疑われるにいたり、ウラディーミルは家族を連れて亡命する決意をした。その際、彼らは、自分たちの家族を全員連れ出した。亡命先は、母親の亡命先でもあるフランスだった。ところが、その旅の途中、ウラディーミルは病に倒れた。フランスに着いてから、リベルテがあとを追うように亡くなった。スクロヴァチェフスキー家の子どもたちは、両親を失い、祖母の元に残されてしまったのである。
 ウラディーミルとリベルテの間には、子どもが12人誕生していた。しかし、生き残ったのは3人だけだった。3番目の子どもヴィンツェンティ、5番目の子どもリディア、そして最後の子どものナターリアである。ヴィンツェンティとナターリアは13歳違いだった。比較的年齢が近いヴィンツェンティとリディアは仲がいい兄妹だった。ナターリアが物心着く頃には、兄と姉はすでに大人だった。彼らがフランスにやってきたとき、ヴィンツェンティはすでに22歳になっていた。リベルテは、亡くなる前に、ヴィンツェンティに『おばあさまを頼りなさい』と言い残した。しかし、ヴィンツェンティはすでに大人になっており、彼は自分の力でやっていく道を選択した。彼は、アメリカに渡り、そこで生きていこうと決心していたのである。そして、リディアも兄についていくことを決めた。
 孫のヴィンツェンティの考えを聞いたマリア=ピアニーナは、彼らを止めようとはしなかった。ただし、末娘のナターリアを連れて行くことだけは反対した。ナターリアは、典型的なザレスキー一族だった。つまり、音楽の才能があったのである。祖母は、ナターリアをアメリカに連れて行くかわりに、フランスで音楽教育を受けさせることを提案したのだった。ヴィンツェンティもナターリアの才能に気づいていたので、無理に連れて行こうとはしなかった。そして、一緒について行くと言い張ったナターリアを説得したのである。
『いつか、お金持ちになったら、アメリカに呼ぶからね。そして、きょうだい仲良く暮らしていこうね・・・』ヴィンツェンティは真面目に約束した。そのとき、彼は本気でそう思っていた。彼は末の妹をかわいがっていて、たとえ一時的に別れても、きっと手元に呼び寄せる覚悟をしていたのである。
 しかし、ナターリアは泣きながら反対した。『お願い、連れて行って! わたしは、今行かなかったら、一生アメリカには行けないのよ! これが一生のお別れになってしまうのよ!』
 ヴィンツェンティは妹に言い聞かせた。『ぼくたちは、いつだって一緒なんだよ。ぼくは、絶対にきみを見捨てたりはしない。必ずアメリカに呼ぶよ』
『わたしは、あとからアメリカに行くことはないの』ナターリアは泣いた。『一緒に行かなければ、これが最後のお別れになってしまう。そういう運命なのよ』ナターリアは強く言い張った。
 しかし、ヴィンツェンティとリディアは二人きりで船に乗った。彼らは、妹のナターリアには、音楽だけではなくザレスキー一族特有の感性があることを知っていた。ときどき、かの女は未来に起こることを《予言》することがある。ただ、このとき、二人は、ナターリアの言葉を真に受けなかった。かの女が一緒について行くために演技していると思いこんでいたからである。彼らは、ナターリアの将来のために船には乗せなかった。それが、彼らにとって、妹にできる最大の贈り物だと信じていたからである。
 しかし、港で去りゆく船を見つめていた妹の方は、これが彼らとの最後の別れだということを知っていた。まだ幼かったナターリアには、彼らが異国で幸せになることを祈ることしかできなかった。
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