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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第65章

第1162回

 ビーチ夫妻は、娘が気まぐれであることをよく承知していたので、かの女が本気で彼のことを考え続けるとは思っていなかった。しかし、何年も経つうちに、どうやら今回だけは本物だということがわかりかけてきた。彼らはヴィンツェンティのことを調べ上げた。そして、移住してきた貧乏なポーランド人だとわかると、娘の夫としてはふさわしくないという結論に達した。彼らは、ヴィンツェンティを無視するという行動に出た。
 ところで、ヴィンツェンティは、『大きくなったら、わたしと結婚してちょうだい』と話しかけてきた当時12歳のおませな少女を、あのとき以来愛し続けていた。4年後の現在でも、16歳になったかの女が自分を見つめ続けていることを知っていた。《今でも愛しているわ》と言いたげなまなざしをとらえると、《本当かな?》という視線を送る。すると、かの女は目を伏せてしまうのである。彼は、自分を愛していないから目をそらすのか、恥ずかしがっているだけなのか、判断しかねた。恋愛経験がなかった彼には、かの女の行動の真意がわからなかったのである。しかも、保護者のビーチ夫妻は《貧乏人には娘はやらない!》という決意を顔に出しており、それを見ると、ヴィンツェンティはかの女に話しかけることすらできなかった。16歳になった少女の方も、昔のように無邪気に声をかけてくることはなくなっていた。メアリー=アンも、今でもヴィンツェンティを愛していた。しかし、かの女は彼に声をかけるのをためらっていた。あのブルーの目は、《本当に、今でもぼくが好き?》と問いかけているように見えるし、《愛しているよ》と言っているようにも見える。でも、彼は自分の方から近寄っては来ない。かの女は、彼がためらっているのか、自分をじらすのが目的なのか、あるいは怒らせようとしているのか判断が付かなかった。そして、《彼が近づいてこないのは、愛していないからでは?》と悩み始めていた。
 二人がお互いに愛し合っていることは、誰の目にも明らかだった。しかし、当人たちだけはそれに気づいていなかった。彼らは、どちらも行動を起こすのをためらっている。
 この事情を知ったジョンは、焦りを感じた。このままでは、ヴィンツェンティはメアリー=アンと結婚してしまう。彼がかの女に接触を図るのは時間の問題だ。もし、ビーチ夫妻が反対し続けても、彼はメアリー=アンが両親の許可なくして結婚できる年齢になるまで待ち続けるだろう。そうなるまえに、行動を起こさなければ、手遅れになってしまう。
 報告書を閉じたジョンは、ニューヨークに向かった。そして、甥のアンソニーに面会を求めたのである。
 事情を知ったアンソニーは、ジョンに味方することに決めた。彼は、偽りの噂がヴィンツェンティの耳に入るようにし向けた。ビーチ夫妻は、末の娘の結婚相手を決めたという噂である。ヴィンツェンティは、その噂の真偽がわからなかったので、メアリー=アンを観察することにした。かの女と直接話すチャンスはなかった。ビーチ夫妻が意図的に妨害していたからである。そういえば、最近、かの女は心なしか悲しそうに見える。以前のかの女とはどこか違って見える。やはり、噂は本当なのかも知れない。彼はそう思いこんだ。
 しかし、実のところ、話は逆だったのである。アンソニーは、ビーチ夫妻にも、ヴィンツェンティの縁談の話が持ち上がっているという噂が耳に入るようにし向けたのである。ビーチ夫妻はメアリー=アンに、ヴィンツェンティに縁談の話が持ち上がっていることを聞かせた。しかも、相手は彼が働いている会社の社長の令嬢だ。その話が成立するのは時間の問題だ。貧乏人の彼ならば、金持ちの娘と結婚できるチャンスを逃すはずはない。メアリー=アンは、その話を最初は信じなかった。しかし、彼の態度が最近おかしいのは確かだ。話は本当で、どうやら断れない話らしい。だから、彼は、自分をあんなに悲しそうに見つめているのだ・・・。《ねえ、その話、断れないの?》メアリー=アンは、視線で彼に話しかけていた。ヴィンツェンティが見たのは、そのまなざしだった。そして、彼はその意図を誤解した。かの女があんなに悲しそうなのは、いやいや結婚をさせられるからだ、と。
 ヴィンツェンティは思った。自分は、ポーランドでは貴族の子弟として育てられた。しかし、ここアメリカでは、ただの貧乏人に過ぎない。自分の会社を作る夢を持っているが、実現には至っていない。その夢が実現していたら、実業家としてビーチ夫妻に堂々と求婚できるのだが、今の自分には、かの女を幸せにできる財力もかの女にふさわしい地位もない。しかし、ビーチ夫妻なら、娘にふさわしい相手を見つけることができる。上の5人の娘たちは、そうやって自分たちの階級にふさわしい相手と結婚した。末娘がそうできないはずはない。結局、そのほうが、かの女も幸せなのだ。ここで自分がかの女の幸せをぶちこわす必要はない。
 彼は、かの女に《さようなら、幸せになってくれ》と目で別れを告げた。
 そして、彼はジョン=シュトックマンの娘と結婚した。
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