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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第65章

第1164回

 メアリー=アン=ビーチは、失恋の後遺症から立ち直っていなかった。かの女は、12歳のときからずっと一人の青年を見つめ続けていた。成長するにつれて、『わたしと結婚してちょうだい』という言葉を女性の方から口にすることは礼儀にかなっていないと知ったが、自分の気持ちを彼に伝えたことを後悔したことはなかった。すでに結婚適齢期だったあの男性は、毎朝自分を見つめてくれた。気軽に話しかけることができない年齢になっても、二人は毎日視線を交わした。あの優しいブルーの目は《待っているよ》と話しかけてくれた。だから、かの女は早く大人になりたかった。彼がプロポーズしてくれる日を待ち続けた。ところが、彼は突然去っていった。
『あの男は、シカゴの金持ちの娘と結婚したんだ。財産目当ての貧乏人だったんだよ』両親はかの女にそう言った。かの女は、信じまいとした。しかし、彼は二度とかの女の前には現われなかった。本当にシカゴに行ってしまったのだ!
 ビーチ夫妻が驚いたことに、彼らの末娘は、いつまでも失恋の悲しみの中に閉じこもっていた。食欲がなくなり、痩せこけていくのを見ているうちに、彼らはかの女が本気だったことを再認識せざるを得なかった。それで、彼らはついに、ヴィンツェンティの若い夫人が亡くなったという事実を告げたのである。メアリー=アンは、会ったこともないその女性のために祈りを捧げ、罪の許しを願った。その女性の幸運をねたんだことを後悔した。自分を裏切った男を恨んだことを責めた。かの女は、ますます自分を苦しめていったのである。
 そんなとき、かの女の前にジョン=シュトックマンが現われた。かの女は、ジョンに会いたくなかった。しかし、ジョンはかの女に謝罪したのである。彼は、本当のことを話した。自分がヴィンツェンティを自分の後継者にするため、巧みに罠を張り巡らせたこと。本当はかの女のことを愛していたことを知りながら、無理に自分の娘と結婚させたこと。そして、彼は、今でもかの女を愛していること・・・。
『・・・お願いします。どうか、わたしの娘になって下さい。ヴィンセントはそれを望んでいます。亡くなったジョゼフィンも、きっと祝福してくれるはずです・・・』
 その最後の言葉を聞いたとき、メアリー=アンは、自分の祈りが聞き届けられたことを確信した。かの女は、許されたと思った。だから、かの女はうなずいたのである。
 ジョン=シュトックマンは、かの女の同意を得られたことで、ビーチ夫妻を説得しやすくなった。ずっとふさぎ込んでいた娘の幸せそうな顔を久しぶりに見た彼らは、ジョンの説得に応じたのである。今のヴィンツェンティは、かつての貧しい青年ではなく、シュトックマン商会の次期社長である。社長のジョン=シュトックマンは、彼の実力を見込んで養子にした。彼はもはや貧しい移民のヴィンツェンティ=スクロヴァチェフスキーではない。ヴィンセント=ストックマン=スクロヴァチェフスキーは、ビーチ夫妻の階級の人間になっていた。
 ヴィンツェンティは、正式に結婚を申し込み、18歳の花嫁は二人が出会った教会で結婚式を挙げたあと、シカゴに移っていった。
 二人の間の最初の子どもは、結婚後すぐに授かった。その子どもには、二人の祖父にちなみ、ウラディーミル=ジョゼフの名が与えられた。その翌年、もう一人男の子が生まれた。その子は、シュトックマン家ゆかりの名前ダニエル=ジグマンドと名付けられた。三番目の子は女の子で、コンスタンスと名付けられた。
 彼の会社は、ジョンが考えていた通り発展を続けた。1912年にジョンが亡くなった後、会社はあたらしい社長にちなみ、<シュトックマン商会シカゴ支社>から<シュトックマン=スクロヴァチェフスキー商会>と名称変更することになった。それは、本社社長のアンソニー=シュトックマンの希望でもあった。二つの会社は、ほとんど同規模の会社になっていたからである。義理のいとこであり親友でもあった彼らの協力関係のもと、会社はますます大きくなっていった。
「・・・でもね、わたしはヴィンツェンティとほとんどつきあいがないの」ハンプトン夫人が締めくくった。「顧問弁護士をしていたリチャードが亡くなったこともあるし、彼もメアリー=アン夫人を亡くして以来、あまりニューヨークに来なくなってしまったのよね。おまけに、去年、コンスタンスもミシガン湖で水死してしまって・・・」
「水死?」シャルロットはびっくりした。
「不自然な死に方だったの」ハンプトン夫人が小さな声で言った。「たぶん、殺されたんじゃないか、って・・・」
 シャルロットの体が震えた。
「それ以来、彼は、ほとんど外出しなくなってしまったのよ。あれ以来、手紙もあまりよこさなくなったし・・・」ハンプトン夫人は小さくため息をついた。そして、暖炉の上に乗っていた小さなノートを指さした。「わたしにもしものことがあったら、あれに連絡先が書いてあります。連絡は、アファナーシイおじさまと兄だけでいいわ」
 シャルロットの表情が硬くなった。
「・・・もちろん、先の話よ・・・」ハンプトン夫人はそう言うと、疲れたように目を閉じた。
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