FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第65章

第1169回

 スティーヴンは、アンブロワーズ=ダルベールに意見を求めた。ダルベールはファルロー弁護士を診察し、彼の人生に残された時間が少ないことに気がついた。ファルロー自身もそれを知っていた。それを聞いたスティーヴンはこう言った。
「ご存じの通り、ぼくと母はずっと別の人生を歩んできました。母が今後の身の振り方をどうするかを決めるのはかの女自身だと思います。かの女があなたと結婚するつもりなら、ぼくはあなたを喜んで新しい父親と認めます。ですが、かの女がそれを望まなかったときには・・・」スティーヴンはそこまで言うと、つばを飲み込んで続けた。「・・・ぼくは、アンリ君をぼくの弟として育てます。もし、彼がレクシーさんと暮らすことを選択した場合には、ぼくはレクシーさんの後見人となります。ぼくは、あなたには何の心残りもなく人生を全うして欲しいと願うだけです。そして・・・」
《そして、心残りなく、旅立って下さい》・・・ファルローはその言葉を心の中で聞いた。ファルローはうなずいた。
 スティーヴンは言った。「・・・ですが、プロポーズは、裁判が終わってからの方がいいと思います。あなたがたが被告と弁護人以上の関係であることは、裁判に有利にならないような気がするからです。ぼくは、あなたが母を助けて下さると信じています。母のことをすべてあなたにゆだねます。裁判のことも、そのあとのことも・・・」
 シャルル=ファルローは「ありがとう」と言って頭を下げた。「全力を尽くします」
 アンブロワーズ=ダルベールはうなずいた。そして、優しく言った。「でも、決して無理はなさらないで下さい。あなたは、アレクサンドリーヌさんをもう一度未亡人にするために結婚するつもりではないんでしょう? わたしは、そんなことに同意するつもりはないです」
 ファルローは、二人が自分を応援してくれていることを悟った。
 アレクサンドリーヌがもう少し生きることに執着してくれればもっとよかったのだが・・・。彼はそう思いながら、アレクサンドリーヌを支え続けた。彼は、なんとしてでも無罪を勝ち取り、かの女にプロポーズするつもりだった。
 アレクサンドリーヌの第一回目の裁判は、1916年12月24日だった。パリで開かれたその裁判には、座席が満席になるくらい人が詰めかけた。
 最初に、アレクサンドリーヌの罪状の朗読が行われた。聞いていた家族の人たちが思わず反論したくなるくらい一方的にアレクサンドリーヌを悪者にしたかの女の半生が語られた。アンリ=ファルローは見えない目に涙をため、怒りのため震えていた。スティーヴンは、彼の右手を握りしめ、自分の右手で優しくさすり続けた。《大丈夫。ぼくがついているよ・・・》スティーヴンはアンリにそう伝えていた。
『ひどすぎるよ・・・』アンリの唇は繰り返しそう動いていた。
 彼の反対側の手には、クマのぬいぐるみが握られていた。彼は、証言台に立ったら、このぬいぐるみはメール=サント=ジュヌヴィエーヴのクマではない、と証言するつもりでいた。しかし、この日、彼の出番は予定されてはいなかった。
 罪状認否が行われた。アレクサンドリーヌは静かな口調で、自分の罪を否認した。
「わたくしは、そのいずれの犯罪についても、無実を主張いたします」
 かの女がそう言うと、研究所から駆けつけてきた全員が拍手を送った。その拍手の音は、次第に大きくなっていった。アレクサンドリーヌの態度を見た傍聴人たちは、かの女の無実を信じ始めていた。
 裁判長は、拍手をやめさせなければならなかった。
 最初の証人は、エティエネット=エルスタンだった。かの女は、マルグリート=ド=ティエ=ゴーロワの世話をしていた女性である。そればかりではなく、マルグリートのことなら一番詳しいと誰もが認める女性だった。かの女は、検察側の質問に丁寧に答えた。一見中立の立場に聞こえるが、かの女がアレクサンドリーヌに悪意を持っているのが次第に明白になった。
 ファルロー弁護士が反対尋問に入った。
 エティエネットが問題にしているのは、いわゆる「最初の犯罪」、つまりマルグリート殺しだけだ。だから、彼としてはその犯罪にアレクサンドリーヌが関わっていないことを証明すればいいとすでにわかっていた。しかし、彼が取った戦法は、エティエネットがアレクサンドリーヌに<罪を着せようとしている>ように印象づけることだった。
 エティエネットはいらだってきた。ファルロー弁護士は、自分のシナリオ通りにかの女を誘導し続けた。彼が、「質問を終わります」と言ったときには、その場にいるほとんどの人は、エティエネットが何の根拠もなくアレクサンドリーヌを恨んでいるようにしか見えなくなっていた。
「終わりですって?」エティエネットは、ファルローに向かって叫ぶように言った。「いいえ、とんでもないわ!」
 その言葉に続いて起こったことは、この場の誰もが予測できないことだった。
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ