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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第66章

第1175回

 コルネリウスは、ルイ=フィリップ=ド=ルージュヴィルという人間の懐の深さをあらためて感じていた。彼がアルトゥールをどう思っていたかははっきりしている。彼は、アルトゥールを親友だと思っていた。そして、ジュヌヴィエーヴが不幸になるのを見ていられなかったのだろう。子どもの名付け親にと願ったのは、両親のどちらかかわからない。もしかすると両方か、ひょっとするとルイ=フィリップ自身だったかもしれない。アルトゥールは女の子を望んでいたそうだ。子どもにはシャルロットと名付けたいと願っていたと聞いた。シャルロットは、アルトゥールの父親の名前に由来する。
 コルネリウスは自分の名前が父親由来のものだと気づいていた。コルネリウスという名前は<カラス>に由来する。伝説では、アーサー王が魔法でカラスに姿を変えられたという。アルトゥールという名前は英語ではアーサーだ。たぶん、ルイ=フィリップの頭にはその伝説があったのだろう。そうでなければ、赤毛の自分がカラスに由来する名前を持つのはおかしい。いや、カラスのように賢い人間になって欲しいと思ったのかも知れない。なぜコルネリウスなのか、彼は何度かルイ=フィリップに訊ねたことがあるが、名付け親からはっきりした返事が返ってきたことはなかった。
 彼は目を閉じた。そして、ルイ=フィリップに黙祷を捧げた。一度でも名付け親の誠意を疑ったことが情けない。ルイ=フィリップの自分に対する愛情は、たとえその動機がどんなものであったにせよ、間違いなく本物だった。
 ルイ=フィリップは、その遺言状で、シャルロットと結婚して研究所のあとを継いで欲しいと書き残した。実の息子がいるにもかかわらず、ルイ=フィリップは全財産をシャルロットに残した。ロジェからの手紙では、その動機は不明だと言うことだった。シャルロットは自分たちの娘ではない、とアレクサンドリーヌ夫人は言い残した。
 コルネリウスはアレクサンドリーヌ叔母に対する黙祷も捧げた。
 シャルロットは、今、どこで何をしているのだろう? 彼があえてそれに触れないので、ロジェは沈黙を守り続けている。ロジェから聞いた最後の消息は、自分からの別れの手紙を受け取り、アンダースン夫人の家を飛び出したというものだ。飛び出したあとどうしたかは、ロジェは一度も触れていない。もしかすると、ロジェは本当に何も知らないのかもしれない。
 コルネリウスは目を開け、グラスを見つめて苦笑した。
 それでも、かの女が死んでいないことだけは確かだ。かの女は絶望しても自殺するような人間ではない。かりにかの女が死んだとしたら、かの女の死をロジェが伝えないはずはない。ゆえに、かの女はどこかで生きている。だが、自分がかの女にあの手紙を書いてから1年半近くたつ。これだけの長い期間、かの女が誰とも連絡を取らないなんておかしい。まさか・・・?
 彼は激しく首を振り、視線を戦友たちの方に向けた。
 もう何人もの戦友を、彼らは見送っただろう? そして、自分は、何度死神の誘いを受けてきただろうか。
 彼は、ヴェルダンでのできごとを思い出していた。あのときは、本当に死ぬことを覚悟した。
 その日、彼のいる保塁は激しい砲撃を受け、部隊に一時退却命令が出た。コルネリウスは、右足に怪我をおっていて、仲間と一緒に逃げることを断念した。彼は捕虜になるのを覚悟でその場に留まった。やはり怪我をして動けなかったピー=デュヴァルも彼と行動を共にした。仲間たちは、彼らに別れを告げ、立ち去っていった。
 そこに現われたドイツ軍の兵士たちは、彼らが死んでいると思い、その場に置き去りにして前進していった。
 死んだふりを続けているうちに眠ってしまっていたピーは、目を覚まし、痛みのために小さなうめき声を上げた。その声は、近くにいた三人の軍人の耳に届いてしまった。彼らの一番近くにいた軍人は、ぱっと振り返り、ピーに銃を向けた。
『やめろ!』もう一人がドイツ語で言った。
 同時にコルネリウスが上半身起きあがった。銃を向けた男は、一瞬コルネリウスの動作に気をとられた。コルネリウスは、別の男を狙っていた。彼は、もう一人の男性の銃に向かって発砲した。銃は、彼の前方に飛ばされた。
 最初の男は、コルネリウスからピーに視線を移すなり、ピーに発砲した。しかし、その弾はピーの15センチ先を通り抜けた。
 コルネリウスは銃をはね飛ばした相手の方を見ていた。そして、『動くな!』とドイツ語で威嚇した。
 そのとたん、その相手はフランス語で叫んだ。『マルフェ、後ろ!』
 コルネリウスは、最初の男が自分を狙って発砲しようとしているのに気づき、振り返りざま彼を撃った。ほとんど同時に、三人目の男性がピーを射殺した。
 そして、三人同時に『動くな!』と叫んだ。コルネリウスは、二人に向かって。最初の男は仲間に向かって。三人目の男はコルネリウスに向かって。
 三人は、自分たちが置かれた状況に気づき、目を丸くした。こんなことがあっていいのか?
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