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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第66章

第1181回

 シャルロットは泣きはらして真っ赤になった目を、流れていく景色の方に向けていた。かの女は、珍しく自分のしていることに自信がなかった。もっというと、自分が正しいことをしているとはどうしても思えなかった。それなのに、かの女はシュトックマン=スクロヴァチェフスキー家の人たちと一緒にシカゴ行きの列車に乗っていた。
 ベッドに横たわっているリディア=ハンプトンを見て以来、シャルロットのすべての思考が停止した。まともにものを考えることができない。かの女は、ハンプトン夫人のそばから離れようとはしなかった。
 ただただ悲しみに浸っているシャルロットのかわりに、ハンプトン夫人の兄はすべてを処理した。ハンプトン夫人の葬儀と埋葬。使用人たちに最後の給料を渡し、かの女たちのために紹介状を書いた。そのあとで、ごくごく一部のものを除いて家財道具を処分した。ハンプトン夫人は、一人で暮らすようになって以来、少しずつ身辺整理をしていて、処分するものはあまりなかった。シュトックマン=スクロヴァチェフスキー氏は、妹と亡くなった義弟を思い出せる品々をシカゴの自宅に送り、その他のものを売り払った。そして、必要経費を払った残りを、妹の遺言にしたがって、ポーランド系の人たちが多く住む地区の慈善団体に寄付した。家そのものは売り払わず、賃貸することにした。彼は、義弟になったかつての親友が苦労して建てた城を手放す気には、どうしてもなれなかったのである。そこは、彼にとっても思い出の場所だったからである。
 その上で、彼はシャルロットに一緒に来るようにと言った。
『今のきみを、一人きりにすることはできない。お願いだから一緒にシカゴに来てくれ』
 シャルロットの思考回路は完全に止まっていた。かの女は黙ってうなずいた。
 彼の息子たちは、父親が珍しく感傷的になったのを見て驚いていた。彼らが覚えている限り、彼がそんな一面を見せたのは、彼の妻が亡くなったときと娘が亡くなったときの二回だけだ。
 シャルロットは、やってきたときと同じように、トランク一つ分の荷物しか持たずに家を出た。
「持ってあげようか?」ジグマンドがそっと声をかけた。
 シャルロットは黙って首を横に振った。かの女は荷物を誰にも持たせなかった。その中に大切なヴァイオリンが入っていたからだ。
 ウラディーミルとジグマンドは、1つ違いの兄弟だ。二人ともザレスキー一族特有のブルーの目を受け継いでいたが、兄の方は金髪で、弟は黒髪だった。兄はやせぎすでひょろっとした体型だったが、弟の方は筋肉質でがっちりとした体格をしていた。二人とも大学生で、兄の方は音楽を、弟は経済学を勉強していた。
 シュトックマン=スクロヴァチェフスキー氏は、兄弟が幼い頃から、弟の方にあとを継がせようと考えていた。二人は髪の毛の色だけではなく、何から何まで違う兄弟だった。
 ウラディーミルは、成長が遅い子どもだった。彼が最初に意味のある単語を口にしたのは4歳のときだった。彼の母親は、彼の将来を悲観し、一度は心中を図ったこともある。シュトックマン=スクロヴァチェフスキー氏は、妻が息子の首を絞めている現場を発見し、その場をおさめた。それ以来、ウラディーミルは誰にも心を開かなくなった。彼を救ったのは、教会の聖歌隊長だった。彼が5歳だった頃、聖歌隊長は、彼がきれいなボーイ=ソプラノであることに気づいた。彼はそのとき、意味のないフレーズを何度も口ずさんでいた。聖歌隊長は、彼の肩をたたき、即興でメロディーを聴かせた。彼は、そのメロディーを一音も間違えずに繰り返した。聖歌隊長は驚き、彼をオルガニストの所に連れて行った。そのオルガニストが彼の最初の教師となった。ウラディーミルには、音楽の才能があった。二人は彼の両親にそれを力説し、ウラディーミルの人生は変わった。彼はピアノを勉強し、まもなく地元のジュニア=ピアノコンクールをすべて制覇した。さらに、彼はフランスに渡り、第二回クラリス=ド=ヴェルモンピアノコンクールに優勝する。そして、彼は、シカゴ音楽大学に進学したのである。
 逆に、ジグマンドの方は、1歳で文字が読め、3歳のときには文章を書くことができた。父親は、彼を跡継ぎに決め、ジグマンドは5歳のときから父親の英才教育を受けることになる。彼は11歳のときに初めて父親の会社に連れて行かれ、放課後になると父親の会社の幹部たちから会社のことを学ぶようになった。彼自身、父親の後継者となる覚悟ができており、大学に入るにあたって、経済学を学ぼうと思ったのである。実際の経営については、実地で学んでいたので、理論を学びたかったのである。当然のように、彼の父親は彼を誇りに思い、彼の母親は彼を愛した。
 ウラディーミルは孤独だった。彼は、自分には愛される価値がないと思いこんで育った。だから、彼は誰も信じなかった。信じようとも思わなかった。
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