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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第66章

第1183回

 まもなくジグマンドの冬休みが終わり、彼はボストンに戻っていった。広い屋敷には、ヴィンツェンティ、ウラディーミル親子とシャルロットとわずかの使用人だけになった。
 シャルロットの周りでは、時間がゆったりと流れていた。かの女は毎朝ヴィンツェンティと一緒に教会へ行った。教会の前で別れてからかの女は家に戻り、ちょうど入れ違いに学校に出かけるウラディーミルを見送る。そのあと、かの女は居間にあるピアノの前に座るかヴァイオリンを練習して午前中を過ごす。お昼に戻ってくるヴィンツェンティと一緒に昼食をすませ、午後は家の中の手伝いをするか自室にこもって過ごす。夕方過ぎにはウラディーミルが学校から戻ってくるので、その後はシャルロットは一切楽器に触れなかった。ウラディーミルの練習の邪魔をしたくなかったからだ。ヴィンツェンティは少々ピアノが弾けるくらいで、それもほとんど触ることがなかった。彼は音楽が好きだったが、自分から演奏することはまれだった。ただし、彼は見事なバリトンの持ち主で、教会の聖歌隊では重宝される存在であった。それでも、妻を失ってからはソロで歌うことはしなくなったのだという。そのころから、家の中で鼻歌を歌うことさえしないのだ、とシャルロットは家政婦長のブリッジ夫人から聞かされた。
 この家の使用人のほとんどはポーランド系の人々だった。ほぼ全員が20年以上の勤務歴を持ち、そのほとんどがヴィンツェンティとメアリー=アンがこの家を購入したときからここにいた。アン=ブリッジもその一人だった。当時未亡人になったばかりのかの女は、いきなり家政婦長としてやとわれた。かの女の両親はポーランドからの移民だった。かの女が雇われた一番大きな理由は、かの女が英語とポーランド語に堪能だったからだ、とブリッジ夫人は説明した。かの女の仕事は、家事一般のほかに、使用人たちに英語を教えることだった。ヴィンツェンティは、自分が雇い入れた人間には、きちんとした英語を話すことを要求した。彼は、向学心のある人には寛大だった。彼は、学校に行く使用人には時間と資金を提供した。学校の授業の方に仕事をあわせることまでして、彼は使用人たちを夜間高校や夜間大学に通わせた。さらに使用人の子どもたちにも返済の義務のない奨学金を用意した。卒業後屋敷に残ることを強制されたわけでもないのに、使用人たちの大多数は夜間大学を出てからもこの屋敷を離れなかった。彼らの子どもたちは全員進学するか進学を希望していた。これまで大学に進んだほとんど全員が、卒業後、屋敷に残るかシュトックマン=スクロヴァチェフスキー商会に入社するかを選択した。彼は、ずっと自分に尽くしてくれた人たちを厚遇した。ヴィンツェンティは、使用人たちに誠実さのみを要求した。しかし、使用人たちは彼に敬意---人によっては忠誠心---をも返したのである。
 シャルロットは、ブリッジ夫人のみならず、ほとんどの使用人たちが誠意を持って仕事をしていることに感心した。彼らは自分たちの仕事に誇りを持っていた。こういうのがアメリカ風というのだろうな、とかの女は思った。ここの使用人は、自由意志で働いている。たとえば、きづたの家の人たちと違う点は、きづたの家の使用人のほとんどはその両親や祖父母の代からそこにいる人が多く、自分たちはずっとそこにいる、ということが彼らの誇りだったのに対し、ここの人たちは自由意志でここにいた。彼らの子どもたちは、自分の意志でここに残るなり、他の仕事に就いたりしている。シャルロットには、それがとても新鮮だった。
 一方で、シャルロットはウラディーミルという人物を観察していた。彼とは挨拶をするだけの仲だ。どう見ても彼の方がかの女を避けていた。その理由はシャルロットにはわからなかったが、積極的に友人になろうとも思わなかったので、かの女はそのままの状態を続けていた。積極的に近づかなかった理由はたったひとつだけだった。彼がとっつきにくいからではない。かの女には、不思議な第六感があり、それが、彼に近づくなと告げていたからである。
 かの女は、ウラディーミルの練習を聞きながら、彼のピアノの演奏から彼の性格を読みとっていた。彼は頑固なところがある。一度何かを思いこむと、のめり込むタイプだ。現在の心理状態は、何かにいらだっているのと寂しさを感じているのがわかる。
 シャルロットはある日、ブリッジ夫人とお茶を飲みながらウラディーミルの話を振り向けてみた。
「・・・寂しさ、ですか・・・」ブリッジ夫人はちょっと考え込んでから言った。「そうね、彼は本当は寂しいのかも知れないわね」
「本当は?」シャルロットはその言い方に興味を持った。
「彼は、ちいさいころから手のかからないお子さんでした」ブリッジ夫人が言った。「ほんの赤ん坊のときから、要求が少ないお子さんで、たいてい一人で遊んでいました。言葉が出るのも遅く、奥さまは、彼がどこか異常なのかとずっと疑っていらっしゃいました。ある日、ついに思いつめた奥さまは、彼の首を絞めて殺そうとしたんです」
 シャルロットははっと息をのんだ。
「その日以来、彼は自分から周りとの関係を一切遮断してしまいました。彼は、音楽だけを友として生きてきたのです」
 シャルロットは、「本当は、もっと愛情を注がれて育たなくてはならなかったのね」とつぶやいた。
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