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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第67章

第1193回

 ジグマンドが戻ってきて、屋敷には妙な緊張感が漂うようになった。
「ウラディさまとジーグさまは、昔から仲が悪い兄弟でした」もうすでに日課になっている午後のお茶の時間に、家政婦長のブリッジ夫人がシャルロットに言った。「いいえ、喧嘩ばかりしていたというのではないのです。ほとんど口をきかなかった、という関係です」
 たまたま一緒にお茶を飲んでいた執事のスミスが、警告するようなまなざしを送った。
 しかし、かの女はそれを無視して続けた。「・・・たぶん、お二人があまりにも違いすぎたからなんでしょうけどね」
 シャルロットは、紅茶をかき混ぜる手を止めた。
「ヨーロッパのザレスキー一族は、本当に音楽家揃いなんですか?」ブリッジ夫人が訊ねた。
 シャルロットは首を横に振った。「いいえ、そうでもないわ。おじさまの妹たちを見ればわかるでしょう。才能があったのは、一番下の妹だけよ。音楽家なんて、一家に一人いれば十分よ」
 スミスはほほえみかけた。「あなたも音楽家なんですよね?」
 シャルロットは首を横に振った。「いいえ。みんなは、そうさせようとしたんですが、わたしがそれを望みませんでした」
「いくつものコンクールに優勝されたと聞きましたが?」スミスがそう言った。
 シャルロットはほほえんだだけだった。
「それに、ヴァイオリンの腕前は・・・」スミスはうっとりとしながら言った。
「ユーレックさん、わたしのことより、この家のことをもっと聞きたいんだけど」シャルロットは話を戻した。
「・・・とにかく、あのご兄弟は、お互いに自分のことを過小評価しているんです。いいえ、相手を過大評価するというか・・・」家政婦長はお茶を口にした。「ウラディさまは音楽の才能があり、いくつものコンクールに優勝されているにもかかわらず、それを誇りに思われている様子はありませんでした。彼は、むしろ、長男でありながらヴィンセントさまが自分を後継者だとみなさなかったことに傷ついていらっしゃいます。ジーグさまの方は、小さい頃から秀才で、小学校からずっと成績が一番で、高校ではフットボールの全国大会に出るほどの選手でした。ヴィンセントさまご自慢の息子さんで、ティーンエイジャーと呼ばれる年齢になる前にすでに<帝王学>を学ばれていました」
「帝王学?」シャルロットは、その表現に興味を持った。
「ヴィンセントさまは、ご自分の才覚だけで会社を大きくされたんです。彼は、ジーグさまを<帝国>の跡継ぎになるべく教育されました」
 スミスはほほえんでうなずいた。
「ですが、ジーグさまは、自分に音楽の才能が備わっていなかったことだけを気になさっていました」家政婦長が言った。「彼は、ウラディさまが載った新聞記事を、それはそれは悔しそうに見ていました・・・」
 シャルロットは、意外に思ってその話を聞いた。自分が育った環境を思い出し、自分やコルネリウスやオーギュストが音楽教育を受けるのを見ていたロジェが、自分たちにはまるっきり無関心だったことを思い出していたのである。ロジェは、フランショーム一族には珍しく、音楽的な才能がほとんどない。しかし、彼がそれを残念がったり悔しがったりしたのを見た記憶はない。残念に思う発言を聞いたことさえない。まさか、彼が文学に興味を持ったのは、そんな一家に対する反動だったのか?
 シャルロットは紅茶を口に運びながら、一度ロジェに確認してみようと思った。しかし、ロジェは何も気にしていなかったような気がしていた。同じ一族のアンブロワーズ=ダルベールがそうだったように、彼は自分が音楽家ではないことに<ひけめ>を感じていたとはどうしても思えなかった。
 そして、同じように疑問を持ったのは、音楽的な才能がほとんどないヴィンツェンティの息子として生まれたジグマンドが、なぜそこまで音楽にこだわったのか、という点だった。
「ジーグは、本当に音楽的な才能がなかったの?」シャルロットは訊ねた。「たとえば、ヴィンツェンティおじさまのように美しい声で歌うとか、そういうことさえなかったの?」
 スミスはくすくす笑った。「ジーグさまの声は、とてもきれいなボーイ=ソプラノでした。ただ・・・」
 シャルロットは心の中で続けた。《音程がちゃんととれなかったのね》
 シャルロットが自分の言いたいことを察したと見て、スミスは咳払いをした。「・・・つまり、そういうことです」
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