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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第7章

第118回

 シャロンは、結局、妻と一緒にリールへ戻った。
 強制的に<娘の墓>から引き離された後、ステラは夫によそよそしい態度を取るようになった。
 そんな中、ステラは二番目の子どもを出産した。今度は、男の子であった。
 かの女が息子のために選んだ名前は、ルイ=フィリップ=フランソワ=グザヴィエであった。
 シャロンは、その名前を拒否しようと思った。フランソワという名前は、初恋の女性を思い出させるからである。それを知っていてその名前を選んだのだとすると、これはステラの仕返しかも知れない、と彼は思った。
 彼は、妻に一つだけ条件を出した。
「・・・その名前でもかまわないけど、子どもを決してフランと呼んではいけない」
 シャロンは、フランソワーズが「フラン」と呼ばれていたことを思い出していた。その名前を口に出すことは、彼にはできそうもなかった。
 ステラはその条件を受け入れた。子どもは、「フィル」と呼ばれるようになった。シャロンを含め、この家の男性はみな「ルイ=フィリップ」という名前をつけられていたが、なぜか「フィル」と呼ばれた子どもは一人もいなかったのである。
 子どもが生まれた後、ステラは子どもにつきっきりになった。ちょっとでも子どもの声が聞こえなくなると、過剰に反応した。もう子供を失う思いはしたくなかった。
 フィルの方も、幼いながらに、自分の母親を思いやる子どもであった。彼は、小さいくせに自分の母親の目が見えないことを承知しているかのようであった。母親の手が届かないときには、声を出して自分の存在を知らせるような子どもだった。自分の声が聞こえなくなると母親が心配することを知っていたのである。
 目が見えないステラは、子どもを育てるのにカロリーナ=ロストフスカの手を借りた。
 カロリーナは、もともと家庭教師であった。赤ん坊の面倒を見たことはないが、子どものことはよくわかっていた。目が見えないステラのかわりに母親業の一部をこなす、乳母に近い存在となったのである。この二人の影響を受けて、フィルが最初に覚えた言語はポーランド語であった。1歳になる頃には、ポーランド語とフランス語を使い分けることができた。父親とはフランス語で、母親とはポーランド語で会話できたのである。2歳の時には、ステラに新聞を読んであげるくらい文字が読めた。カロリーナが家庭教師だったのもよかったのか、子どもは急速に物事を吸収していった。
 1882年2月のある日、朝食のテーブルで、フィルはいつものように両親の前で新聞を読んでいた。
「・・・コンサートのご案内。この秋、フランソワーズ=ド=ラヴェルダン女史による弦楽四重奏曲が初演されることとなった・・・」フィルが芸術欄を読み始めた。
 シャロンの手が思わず震えた。彼はナイフを手から落とし、食器が大きな音を立てた。
 フィルは、新聞を読むのをやめ、父親の方をびっくりしたように見つめた。「・・・顔色が悪いですよ、パパ?」
 ステラも驚いたような表情をしていた。
「・・・失礼。ちょっと手が滑ってしまって・・・」シャロンはナイフを手に取ろうとした。手はまだ震えていた。
 フランソワーズ=ド=ラヴェルダン・・・8年ぶりに聞く昔の恋人の名前であった。そうか、生きていたんだ・・・シャロンは、落ち着こうとして深呼吸した。
「・・・続けて、フィル」ステラも落ち着いた口調で息子に言った。
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