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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第7章

第119回

 シャロンは、もはや自分が食べているものの味を感じてはいなかった。
 息子が朗読している記事によると、フランソワーズは現在作曲家として活躍し始めたということである。かの女は、今二人の子どもと生活している。曲は、かの女の息子が作ったテーマによる弦楽四重奏曲で、その息子もチェリストとして演奏会に参加するのだという。
 フィルは、目を輝かせていた。「・・・すごいですね、まだ7歳でチェロを演奏するんですか?」
 ステラは息子を見てほほえんだ。「あなたのパパだって、7歳の時にはチェロを弾けましたよ、フィル」
 シャロンは上の空で彼らの会話を聞いていた。自分の息子がチェリストだって・・・?
「ほんとうですか、パパ?」フィルが父親に訊ねた。
 何を聞かれているのかよくわかっていなかった。しかし、シャロンはうなずいた。
「音楽一家なんですね。息子さんがチェリストで、娘さんがヴァイオリニスト・・・すごいですね」フィルが言った。
 シャロンははっとわれにかえった。娘さん・・・?
 そうか、かの女は誰かと結婚したんだ・・・シャロンはそう思った。でも、『二人の子どもと生活している』と記事にあった。かの女の夫はどうしたのだ・・・?
 ステラは息子の方を見てほほえんでうなずいていた。
「・・・ぼくは、ピアノだってちゃんと弾けない。ザレスキー一族だというのに・・・」フィルが言った。
 ステラは息子に言った。「あなたは、音楽家になる必要はないわ。そんなことを気にすることはないのよ、フィル」
 フィルは、ちょっと誇らしげに言った。「ぼくは、パパみたいになるんだよ。パパは音楽家じゃないよね。でも、パパがチェロを弾くなんて、ちっとも知らなかった・・・」
 ステラはうなずいた。確かに。この自分も、彼がチェロを演奏しているのを・・・音楽を演奏しているのを一度も聞いたことはない。彼は、以前こう言った。『わたしは、あのとき、かの女に言った。わたしは、もう二度と音楽を奏でることはない。もう二度とチェロを演奏することはない。わたしの人生は終わった・・・と。わたしは、その言葉通り、音楽を遠ざけ、きみと演奏することを拒んだ。本当は、誰よりも、きみと演奏したかった・・・』
 しかし、彼は、その後も一度だって音楽を演奏しようとしたことはなかった。
「どうして、パパはチェロを弾かないの?」フィルが訊ねた。
 シャロンの顔がくもった。彼の顔があまりにも悲しそうだったので、フィルの表情もくもった。何か聞いてはいけないことを聞いてしまった・・・彼は幼いながらにそう思った。
 シャロンは、息子の表情を見て、優しくほほえんだ。
「人間は、成長するんだよ・・・子どもの頃と同じことは、大人になってからはしないものだよ」シャロンが静かな口調で言った。「あなただって、赤ちゃんの時と同じおもちゃでは遊ばないよね、フィル?」
 フィルはうなずいた。
 ステラは見えない目で夫の方を見つめていた。かの女は、この言葉の言外の意味を探ろうとしていた。
 シャロンはステラの方を見た。かの女が何か考え込んでいるような表情を見せていたので、彼は驚いた。彼は、この記事の内容をかの女がどこまで理解しているのだろうか、と思った。
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