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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第70章

第1256回

 ウラディーミルの表情はだんだん不快そうに変わっていった。自分の知らない男性の名前が飛び交うのは面白くない。
「幼なじみよ」シャルロットはウラディーミルに言った。「5歳まで、研究所に一緒にいたの。彼のお父さまは運転手で・・・」
 そう言うと、かの女は視線を床に落とした。「・・・わたしたちのために、お亡くなりになったの・・・」
 ウラディーミルは目をぱちくりさせた。
「あなたは、もちろん、研究所で事件のことは聞いているでしょう?」シャルロットは悲しそうに言った。「あの事件で、崖から車が落ちたとき、運転していたルネ=フェリーさんだけは助からなかったの。わたしは偶然、海岸でスタニスワフスカ夫人に助けられたの。スタニスワフスカ夫人は・・・」
「・・・マックス=シャグランのおばあさまだ」ウラディーミルはつぶやいた。
 シャルロットはうなずいた。「ドニは、あの事故で孤児になってしまったの。だけど、彼は、自力で高校を卒業したの。奨学金を受けてね。彼は、入学以来ずっとトップの成績だったのよ。一番でなければ、奨学金を受けられなかったから・・・。だけど、卒業するときに一番を取れなかったので、大学への奨学金を受けられなかったの。だから、彼は戦争に行ったのよ・・・」
 そう言うと、シャルロットは涙ぐんだ。そして、その顔をコルネリウスに向けた。
 コルネリウスは、シャルロットの視線を感じると、目をそらした。
 シャルロットは、彼の様子を見て、彼が何かを隠していると確信した。幼い頃から彼を知っていたかの女には、隠し事は通用しない。もしかすると、ドニはものすごい大けがをして運ばれてきたのかも知れない・・・。
 ウラディーミルもシャルロットの視線を追ってコルネリウスを見た。二人の視線が一瞬合った。コルネリウスの目には悲しみが浮かんでいた。彼はウラディーミルからも視線をそらした。ウラディーミルはもう一度シャルロットの方を見た。シャルロットは壁の方を見ていた。しかし、ウラディーミルの視線を感じると、かの女はポケットからハンカチを出し、涙をぬぐった。
「・・・話が途中だったわね」シャルロットはウラディーミルに言った。「まだ、あなたにお礼を言っていなかったわ。ありがとう。あなたのおかげで、かすり傷程度で済んだわ・・・」
 ウラディーミルは話を遮るように毛布から手を出し、軽くふった。彼は気づいた。シャルロットの表情には、感謝の色は浮かんでいなかった。かの女は戸惑っているようだった。彼は、かの女の戸惑いの理由を考えた。
「・・・でも、ぼくの状態は良くないの・・・?」ウラディーミルはそう言ってみた。
「手足にしびれはないですか?」ベアトリスが訊ねた。
 ウラディーミルはベアトリスの方を見た。そして、彼自身も当惑した顔をした。「・・・両足がしびれている」
「痛みは?」
「どこが痛いかわからないくらい痛い」
 ウラディーミルの言葉を聞くと、二人の女性の顔がくもった。
「とくに、背中が・・・」そこまで言ってから、彼は女性たちの表情に気がついた。「・・・ごめん。言わなければ良かったね」
「看護師に遠慮する患者さんがいますか!」ベアトリスが優しくたしなめた。「なんでも言って下さい。できるかぎり力になります。わたしは、あなたの担当のベアトリス=シャルパンティエ。ドクトゥール=アンドレの娘です」
「よろしくお願いします」ウラディーミルはベアトリスに頭を下げた。「・・・さっきの話では、あなたがこの男性のフィアンセだとか?」
 ベアトリスの表情は一瞬で変わった。かの女は真っ青になり、唇をきゅっと結んだ。「父がそう望んでいるだけです」
 シャルロットはコルネリウスの方に目を移した。コルネリウスは無表情でベアトリスを見ていた。
「わたしは、自分の結婚相手くらい、自分で決められます」ベアトリスが言った。「本人を目の前にして言うのもなんですが、わたしはこの人と結婚するつもりはありません」
 そして、ベアトリスはいきなり立ちあがり、コルネリウスの前に行った。「卑怯者。いくじなし。操り人形。傀儡」
「・・・優柔不断の女たらし」コルネリウスはかの女の非難の言葉を引き取った。「非難の連祷は、それで終わりか?」
 ベアトリスは肩をいからせた。「《好きなひとがいる》---どうしてそう言えないの? そんなに父が恐いの? それとも、わたしを侮辱するつもり? あなたの気持ちがわからない」
 そう言うと、かの女は部屋を飛び出していった。
 コルネリウスは肩をすくめ、つぶやいた。「・・・ぼくにもわからない」
 そして、ウラディーミルに言った。「シャルロットが、幼なじみのところに挨拶に行くのを許可してもらえないか?」
 ウラディーミルがうなずいた。それで、シャルロットはその場を離れることにした。
 シャルロットが出ていくのを見て、ウラディーミルがつぶやいた。「あなたは、複雑な人なんですね、ぼくとは違って・・・」
 コルネリウスはウラディーミルに言った。「人間は、見かけと中味が違うものだよ」
 そして、そのあとは二人とも一言も口をきかなかった。
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