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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第7章

第124回

「あなたは、幸せ?」フランソワーズが訊ねた。
「わからない」シャロンはとっさにそう答えた。それは、事実だった。彼は、幸せでもあり、不幸でもあった。
「・・・相変わらず、不誠実な人ね」フランソワーズが言った。「すなおに、幸せだったとおっしゃい。わたしは、あなたが幸せだったと思っている方がいいわ。だって、わたしも幸せだったもの」
 シャロンはかの女を見つめた。かの女は、ちっとも変わっていなかった。
 しかし、彼は変わった。少なくても、彼はそう思っていた。
 シャロンは、自分が気がかりなことを口にした。
「・・・子どものことは、責任を取りたいと思っている・・・」
 フランソワーズの表情は変わらなかった。「どんな責任を・・・?」
「きみには、恋人はいるの?」
 フランソワーズは思わずほほえんだ。「ええ、いるわよ。そして、あなただって、自分の家庭がある。だから、あなたは、自分の奥さまに責任を持つべきだわ。わたしたちは、わたしたちよ」
「・・・でも、あの子は・・・」シャロンが言いかけた。「・・・わたしには、何もしてやれないの?」
 フランソワーズはほほえみ続けていた。「わたしたちは、もう違う道を歩いているのよ、シャロン・・・あなたが心配しなくちゃならないことは、何もないわ」
 そこへ、アレクサンドルがやってきた。
 シャロンは、初めて会う息子に何を言っていいかわからなかった。
「・・・きみがアレックスか?・・・大きくなったね・・・」シャロンはそれしか言葉が思い浮かばなかった。
 我ながら、月並みな挨拶だ、とシャロンは思った。初めて会った息子に、それしか言うことがないことが残念だった。
 アレクサンドルは、礼儀正しく挨拶した。「アレクサンドル=ド=ラヴェルダンです」
 フランソワーズは、息子に向かって言った。「アレックス、この方は、あなたのチェロのかつての持ち主よ」
 アレクサンドルの表情がぱっと明るくなった。フランソワーズそっくりなそのほほえみを、彼は一瞬で引っ込めた。彼は、真面目な表情でこう言った。
「ぼくに、チェロをくださってありがとうございます。一生大事にします」
 シャロンは、アレクサンドルが自分を父親だと認識したことに気づいた。しかし、彼は自分を父親だとは呼ばなかった。二人の間にちょっと緊張が走った。そして、シャロンは悟った。自分は、彼にとって父親ではない。たぶん、そうなることはないだろう。これまでも、これからも、自分は彼にとって他人であり続けるだろう・・・シャロンはそれに気がついたのである。
 シャロンは、アレクサンドルに向かってうなずいてみせた。精一杯の返事であった。
 彼は、一家に短い挨拶をし、その場を立ち去った。
 なぜか、涙が止まらなかった。
 彼は、かの女がほんとうに幸福であることを悟った。彼がこの一家にできることは、もう何もなかった。
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