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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第70章

第1265回

 そう言うと、彼は懐かしそうに目を閉じた。10秒くらいそうしていただろうか。彼は目を開き、こう続けた。
「だが、わたしは、自分の意志で天国を捨てた。ドクトゥールの言葉がきっかけだった」
 シャルロットの顔がこわばった。「まさか、ドクトゥールがあなたに出て行けと・・・?」
「いいや、そうじゃない」彼はほほえんだ。「彼はこう言ったんだよ。『もし、できるのなら、すべての病人を助けてやりたい』と。あそこにいては、それができない。あそこは、<研究所>だ。あそこの病院は、病気の研究のためにある場所で、必ずしも患者を治すという目的で作られたものではなかった」
 シャルロットはうなずいた。あの病院の目的は、病気の研究だ。治療法を探すために患者が必要なのであって、治すのが直接の目的ではない。
「わたしは、病人の世話をするために天国を捨てたんだ」
「それなのに、研究所の人間は、あなたを誤解した・・・」シャルロットは彼の言い分を初めて聞いた。正当な理由だった。彼は、研究者である前に医者であろうとしただけだ。
「誤解されるようなことをしたわたしも悪い」彼は言った。「しかも、あのタイミングで研究所を飛び出せば、誤解されても仕方がない。もう少し待てば良かったのかも知れない、クリスティーみたいにね」
 シャルロットはうなだれた。確かに、同じことをしたクリストファー=テニスンは、彼ほど悪し様に言われることはない。
「わたしは、病人を治さなければならない。病人に対して愛が有効なこともあるだろう。だが、愛だけでは患者は治らないんだよ」
「でも、患者を愛するべきです」シャルロットはそう言い返すのがやっとだった。「医者は・・・医者だけは、患者の味方でなければなりません。たとえどんな敵が---病気が襲いかかっても、医者だけは患者を見捨てるべきではありません」
 ドクトゥール=アンドレはうなずいた。
「医者には、言ってはいけない言葉があると思うんです」
「・・・あなたは、ドクトゥールに似ている」ドクトゥール=アンドレがつぶやいた。
 そのとき、ドニが目を開けた。「・・・本当にそうですね、ドクトゥール=シャルパンティエ」
 そのかすれた声を聞き、二人はドニの方を見た。一人はほほえみを浮かべて、もう一人は心配そうに。
「お願いがあります」ドニはドクトゥール=アンドレに言った。「シャルロットと二人きりで話をさせてもらえますか」
 医者はうなずいた。そして、立ちあがった。それを合図にしたようにイーリスはウラディーミルの車椅子を押した。彼ら全員が部屋から出て、ドアがかちゃりと小さな音を立てて閉じた。ドニは、彼らが出て行くまでドアの方を見つめていた。
 やがて、ドニは視線をドアから戻した。そして、こう訊ねた。
「・・・シュリー、いるかい?」
 シャルロットはびくっとしてドニを見た。
「ドアは閉まっているんだね?」ドニはにやりとした。
「ええ」シャルロットは一瞬閉められたドアの方に視線を向けた。
「サント=ヴェロニック校では考えられない贅沢だな。部屋に二人きりだなんて」
 その言葉を聞き、シャルロットは驚いた。部屋には、体を固定して動けないヴィトールドが残っている。もしかすると、彼の目はもはや・・・?
「・・・そして」ドニはシャルロットの手を取った。「こんなふうに女性の近くにいられるなんて・・・」
 シャルロットの声はふるえた。「悪い冗談よ、ドニ」
「そうだな。時間を無駄にしてしまった」ドニの声は、ほとんど聞き取れないくらいになっていた。「ぼくは、最後まで話し終えることができるかどうかわからないと言うのに・・・」
 そして、彼は咳き込まないようにそっと息をした。「ぼくたちは幼なじみだった。小さい頃は、よくこうやってきみと手をつないだものだ。ぼくたちは、たくさん思い出を作ったね・・・。でも、きみはいきなりぼくたちの前から姿を消した。ぼくは、誓った。きみ以上の女性が現われない限り、決して恋はしないと」
 シャルロットは彼の手を握りしめた。
「そのぼくの前に、小さな天使が現われた。その天使は、松葉杖をついていた。やがて、右手を包帯で巻いて、さらに痛々しい姿を見せるようになった。あの大きな木の下で、ぼくたちは再会した。ぼくは、その瞬間からシャルロット=チャルトルィスカの虜になった。まさかきみだとは思わず、ぼくは恋に落ちた」ドニはそっとため息をついた。
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