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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第70章

第1267回

 やがて、ドニは話し出した。「・・・彼は、あのままでは、ぼくたち二人とも破滅するしかないと思った。それで、賭に出た。きみをコンクールに出して、その結果でぼくたちの処分を決めようと提案したのは、実は、彼だった。彼にはそうするしかなかった。ぼくは、彼の提案を聞くとすぐ、その賭にのった」
 シャルロットは、ヴィトールドに視線を向けた。ヴィトールドは毛布を握りしめ、目を固く閉じていた。
「・・・ほかに、誰が知っていたの?」
「事実を知っていたのは、ぼくと校長先生だけだ。その賭のことを知っていたのは、モマン=ミュジコーだけだが、彼はサン=ティレールの提案だと思っていたはずだ」
「・・・わたしもそうだったのよ・・・」シャルロットが言った。
「やっぱり、知らなかったんだね・・・」ドニの声はかすれていた。「でも、彼を責めないで。彼には、あのとき、ああするしかなかった。誰一人、ぼくたちをあそこから救い出す方法を考えてくれなかったのに、彼だけはそれをやってのけた。そう、彼だけだった。あの人は、勇気がある人だった。公平を期すために言うけど、彼はきみのためにあの賭に出た。彼は、きみのことしか考えていない。ああしなかったら、きみはコンクールに出ることはできなかった。あの時点では、賭に出るしかなかったんだよ。ぼくたちにとっては、勝算が高い賭だった。ぼくたちはきみの勝利を確信していたからね。きみにとっては間違いだったと思われるかも知れない。でも、ああするしかなかったんだよ。彼を許してやって欲しい」
「ええ」シャルロットは、ヴィトールドには聞こえないくらい小さな声で言った。
「よかった・・・」ドニはほっとしたように言った。「いつか、ヴィトールドにも、許しの言葉をかけてやってくれないか、ぼくの遺言だと思って・・・」
 シャルロットは「いつかね」と答えた。
「・・・ドンニィに会いたい。彼を呼んできてくれないか?」
「わかったわ」シャルロットは立ちあがった。ヴィトールドはさっと目をそらした。かの女もわざとヴィトールドの視線を避けた。
 シャルロットは、廊下に出て、イーリスに訊ねた。「コルネリウスは?」
「まだよ」イーリスが答えた。
 シャルロットは全員に次々と視線を向けた。その視線は、ウラディーミルに止まった。若い男性は、彼しかいなかった。
「・・・ウラディ、かわりに来て。ドニの目はもう見えないから」
 ウラディーミルは黙ってうなずいた。
「<はい>以外の言葉は話さないでね」シャルロットは彼に釘を刺した。
うん(イエス)」ウラディーミルは英語で返事した。
 シャルロットはため息をついた。「・・・<はい(ウィ)>よ」
 そして、かの女は車椅子を押した。イーリスは彼らのためにドアを開けた。
「ドンニィ?」ドニがほとんど聞き取れないくらいの声で言った。「・・・こっちに来て、ぼくの手を取ってくれ」
 シャルロットはウラディーミルを彼の前に連れて行った。ウラディーミルはドニの手を握りしめた。
「ドナティアン=コルネリウス=ド=ヴェルクルーズ」ドニは友人をフルネームで呼んだ。「あなたは、ユーフラジー=シャルロット=ステファニー=ド=サン=メランを妻とすることを誓いますか?」
 ウラディーミルの視線はシャルロットに向けられた。
『<はい>と言いなさいと言ったわよね?』シャルロットの目はそう言っていた。
「・・・はい」ウラディーミルは渋々そう言った。
「もっとうれしそうに返事をするものだと思っていたよ。でも、いかにも、きみらしいな」ドニはそう言うと、初めて涙ぐんだ。「ありがとう、ドンニィ。ぼくは、きみたちが最高のカップルになると信じている。もし、戦争さえなかったら・・・ぼくがこんな体にならなかったら・・・ぼくがかの女にプロポーズしていたのだが・・・」
「ドニ」シャルロットがそっと言った。
「用意していた言葉は、こうだ。『シュリー、ぼくはきみなしではいられない。きっと誰よりもきみを幸せにする。だから、ぼくと結婚すると言ってくれ』・・・シュリー、聞いている?」
「ええ、聞いているわ」
「ぼくが願っているのは、きみの幸せだけだ。きみさえ幸せになってくれれば、ぼくはどうなったっていい」ドニは苦しそうに息をついた。「ぼくは、きみの心の中に生き続けようとは思わない。きみの心の中で、悲しい思い出として残りたくない・・・きみの心をこの思い出でくもらせたくない。ぼくは、きみたちを結びつけた人間として覚えていて欲しいと思うだけだ。幼なじみなんだから、そのくらいは許されるよね?」
 シャルロットはこらえ切れずにすすり泣いた。
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