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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第70章

第1269回

 ドニ=フェリーの遺体が運び出されたあとの病室に、ヴィトールドとウラディーミルの二人だけが残った。二人はしばらくの間黙っていた。ウラディーミルは窓の外を眺めていた。一方、体を固定されていたヴィトールドは天井を見るのではなく、目を閉じていた。ウラディーミルが振り返り、ヴィトールドの方を見ると、彼は目を開けた。眠っていたのではなかった、ウラディーミルはそう思った。
「・・・ぼくがしたことは、間違っていたのだろうか?」ウラディーミルはポーランド語で声をかけた。
 ヴィトールドは穏やかな口調で答えた。「ああするしかなかったと思うよ」
 ウラディーミルは車椅子を押し、ヴィトールドの枕元に行った。しかし、二人は目を合わせなかった。
「不思議なことだ。あのとき、ぼくはコルネリウスだった。コルネリウスとして正しいことを行ったと思う。ぼくは、亡くなろうとしている彼の幼なじみに、彼のかわりに誓った」ウラディーミルが言った。「だが、ウラディーミル=ストックマン=スクロヴァチェフスキーは---本当のぼくは、シャルロットを誰にも渡したくないと思っている。たとえ世界中の誰もがかの女が彼と結婚するのが正しいと断言しても、ぼくはそれを許せない。ぼくはかの女を愛しているし、かの女はぼくのすべてだ。ぼくは、かの女にプロポーズし、かの女は断わった。だが、ぼくは諦めきれずに海を渡った。そのぼくに、みんながかの女を諦めろと言う」
「諦められるの? あなたはかの女のために命まで投げだそうとしたのに?」
「諦めるつもりはない」ウラディーミルははっきりと言い放った。
 ヴィトールドは優しい口調で言った。「じゃ、諦めなければいい。あなたは、かの女と結婚するためなら、ザレスキー一族をも捨てると言ったそうじゃないか」
 ウラディーミルは真っ赤になった。
「それとも、それは嘘だったの?」
 ウラディーミルは膝の上で握りしめていた拳の力を抜いた。「死者との誓いは、神聖なものだ」
 そして、彼は悲しそうに笑った。「ぼくは、彼に誓ってしまったんだ・・・」
「だが、あなたはコルネリウスじゃない」ヴィトールドはまるで小さな子どもに言い聞かせるような口調で言った。「誓ったのはコルネリウスであって、あなたではない。あなたは、あなたの道を行けば?」
 ウラディーミルは驚いて目をあげた。「ザレスキー一族の当主であるあなたが、そんなことを言っていいんですか?」
 ヴィトールドはほほえんだ。「最終的に決めるのは、シャルロットだ」
『シャルロットが、コルネリウス以外の誰かを選ぶとは思えない』ヴィトールドの表情はそういっていた。
「・・・言われなくてもわかっている。シャルロットはコルネリウスしか愛していない。そして、その逆もまた正しい。ドニに言われるまでもなく、あの二人は最高のカップルだ。ぼくは、かの女を追い回す哀れなピエロに過ぎない」
「ドニ=フェリーもそう思っていたフシがある。彼は、さっき自分でも言った通り、どんな女の子の心をつかむのも難しくない人間だった。勉強が良くできて、あのとおりハンサムだったから、学生時代はほぼすべての女生徒のあこがれの的だった」ヴィトールドが言った。「そんなドニが夢中になったただ一人の女生徒が、シャルロット=チャルトルィスカだった。もっとも、ポーランドから来たお姫さまは、たいていの男子生徒を虜にしていたけどね。だけど、かの女にはコルネリウスしか見えなかった。コルネリウスは自分では気がつかないうちに、自分のフィアンセに恋をした。コルネリウスのフィアンセは5年前に事故死したとされていた。そして、コルネリウスは何があってもかの女を忘れないと言い続けた。その彼がポーランドの少女に恋をしたとき、彼の心の中にあったのは罪悪感だった。彼がその感情に打ち勝ち、かの女への思いを打ち明けたとき、かの女は彼に本当のことを告げた。自分はあのとき死んだはずのフィアンセだったと。二人は、結ばれる運命にあったのだと・・・」
 ウラディーミルは知らず知らずのうちにもう一度拳を握りしめていた。
「ドニは、そんなこととは知らず、シャルロットに夢中になった。そして・・・ドニとシャルロットは、サント=ヴェロニック校の生徒たちが代々において語り継ぐことになるだろう惨事を起こした。ぼくは、かの女をピアノコンクールに出すため、賭に出た・・・」
「賭の内容は知らないけど、コンクールに優勝した話は聞いている」ウラディーミルが言った。「かの女は、自分の実力を認めさせたのだと」
 ヴィトールドはうなずいた。「かの女は、どうしてもコンクールに出なければいけなかったんだよ。あなたがそうしなけれならなかったようにね」
 そして、こう付け加えた。「でも、あなたは、かの女の厚意を無にしてしまったようだね」
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