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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第71章

第1272回

 墓地に着くと、コルネリウスは人々から離れたところに立った。ドニが埋葬されるのを見たくなかった。ドニ=フェリーが死んだなどと考えたくなかった。できるのなら、生きていると信じていたかった。埋められるのを見てしまったら、死んでしまったことを信じないわけにはいかなくなる・・・。
 彼は自然に人々の列から遠ざかっていた。彼はちょうどそこにあったベンチに座ろうとした。ベンチには雪が積もっていた。彼は自分が座る分だけ雪を下ろした。座ってから、残りの雪も下ろそうと思った。しかし、彼の手は勝手に雪を丸めていた。昔、雪合戦をしたときのように、彼の周りに雪の玉が何個かできた。彼は座ったまま、そのうちの一つを無造作に投げた。雪の玉は、やわらかい雪の上に落ち、その周りがへこんだ。彼はそれを見て、人間の埋葬シーンを連想した。降っている雪も、積もっている雪も、あの丸められた雪の玉も、みんな同じ雪。溶けてしまえば一緒だ。人間だってそうだ。みな、平等に土にかえるのだ。そして、きっと、あの青い空にかえっていくのだ・・・。
 彼の視線は、三日ぶりの青空の方に向いた。まるで、神さまからの祝福のような空だ。
 そのとき、彼は自分が一人きりではないことに気づいた。そこには、軍服を着た若い男がいた。
「座ってもいいですか?」男性はそう訊ねた。
 コルネリウスは身振りで『どうぞ』と伝えた。
 男性はそこに座ると、こう言った。「フェリーに会ってあげないんですか? 今会わないと、もう彼の顔を見ることはできなくなりますよ」
「いいんです。もう、別れはすませましたから」コルネリウスは言った。「そういうあなたこそ・・・?」
 彼は寂しそうにほほえんだ。「わたしもです」
「あなたは、ミュラーユリュードの人間ではありませんよね?」コルネリウスは相手に訊ねてみた。どこかで会ったことがあるような気がするが、身近な人間ではない。
「わたしたちは、同じ部隊にいました。そして、彼は、わたしの部下でした」
 出し抜けに、二人の後ろで声がした。「・・・エドモン?」
 その声を聞くと、男性は立ちあがって振り返った。
「エドモン=ド=メーストルさん・・・ですよね?」シャルロットは彼に近づきながら訊ねた。「シャルロット=ド=サン=メランです」
 その名を聞き、彼は目を大きく見開いた。「シャルロット=チャルトルィスカさん?」
 シャルロットはうなずき、握手しようとして右手をさしだした。しかし、彼、エドモン=ド=メーストルは右腕を動かさなかった。いや、動かしようがなかった。彼には、右手がなかったからだ!
 シャルロットははっとして手を引っ込めようとした。彼はその手を残った方の手でつかんだ。
「フェリーとは、知り合いなの?」
「幼なじみよ。わたしたち、この町で一緒に育ったの。あなたは?」
「戦場で。彼は、わたしの命の恩人でした」そう言うと、彼は顔をしかめた。「わたしは、本当は助けてもらいたくはなかった・・・」
 シャルロットの顔もくもった。「そうね、お葬式の話題としては、不適当ね」
「あのとき、彼に助けてもらわなかったら、今日はわたしの葬式になっていただろう。彼は、防毒マスクを取り換えてくれたんだ。わたしのが壊れていたからだ」
 やはりそうだったのだ。あの几帳面なドニが、防毒マスクの点検を行うなどという過失を犯すとは思えなかった。考えていた通りだ。
「あなたは、きちんと点検しなかったの?」シャルロットは表情をくずさなかった。
「そうじゃない」エドモンは遠くを見た。「あのとき、わたしのすぐそばで爆弾が破裂した。わたしの体はその衝撃で飛ばされた。わたしはそのときにこの手を失った・・・。空気がいやに重かった。右手の出血が止まらなかった。そのとき、そばにいたフェリーは、わたしに自分のマスクをつけてくれた。覚えていたのはそこまでだった。わたしはその場で気を失った。たぶん、これで死ぬのだと思っていた・・・」
 シャルロットは目を閉じた。
「意識が戻ったのは、簡易ベッドの上だった。意識が戻って最初に思ったのは、右手の指先が痛いということだ。なくなった右手のね」エドモンは苦しそうに笑った。「・・・おかしいよね、右手はすでにないのに、指先が痛いなんて」
 シャルロットは泣き出すまいとして唇をかみしめた。
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