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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第71章

第1287回

 その日の夕方、シャルロットはデュラン家を訪れた。そして、デュラン夫人にこれまでの事情を説明し、荷物をすべて引き取りたいと話した。
 デュラン夫人は、シャルロットが話し終えるまで口をはさまなかった。機関銃とあだ名されるかの女には珍しいことだった。かの女はシャルロットを優しく抱きしめ、こう言った。
「・・・大変だったわね」
 シャルロットは、その調子を聞くと、涙を抑えることができなかった。
「大丈夫。心配いらないわ。すべてうまくいくわ」デュラン夫人はそう言いながらシャルロットの背中を優しくさすった。
 そして、こう言った。「・・・それじゃ、もうこの町には用事がなくなったのね・・・」
 シャルロットは泣きながらうなずいた。
「せめて、今晩だけでも泊まっていって下さらない?」
 シャルロットは涙を拭いた。「ありがとうございます・・・。でも、今晩は、病院に泊まろうと思います。父と一晩ゆっくり話がしたいと思います。次にいつ会えるかわかりませんので・・・」
 デュラン夫人は寂しそうに笑った。「そうね。シャンベリーは遠いわ」
 そして、かの女は言った。「いつでもここを訪ねていらっしゃい。わたしたちは、これからもあなたの友人よ」
 シャルロットは「ありがとうございます」と言った。
 シャルロットは病院に戻った。
 その晩は、ゴーティエと一緒にエマニュエルの病室で過ごした。
 シャルロットは、エマニュエルに、クラリスの話をした。かの女が<ディスクール=ダディユ>と呼んだ最後のコンチェルトについて、かの女に聞いたことをエマニュエルに話した。クラリスが生涯最後に言いたかったこと。それは、夫に対する愛の告白だった。シャルロットは、曲の細部にいたるまで、口頭で説明し、メロディーを口ずさみ、エマニュエルにすべてを伝えようとした。エマニュエルは曲をすべて覚えていたので、その説明がどの部分のことなのかわかっていた。
「・・・これが、クラリスおばさまがあなたに伝えたかったことのすべてです」シャルロットは音楽の最後の部分の説明をおえ、そう言った。「かの女はひまわりだった、とあなたがたは言います。それは事実でした。あなたは、かの女にとって太陽でした。かの女は、あなただけを愛していたのです。あなたは、今度こそそれを信じてくださるでしょう?」
 エマニュエルは涙ぐみ、音声にならないうめき声で答えた。
 そして、シャルロットは、ヘルムート=シャインという音楽家の話をした。クラリスを愛した一人の音楽家の物語。エマニュエルはそのエピソードの半分以上は知っていた。有名な話だったから。シャインはクラリスの追悼のために音楽を作った。その音楽は、若いヴァイオリニストたちの心をつかんでいる人気の曲だ。シャルロットはシャインに会ってその曲のことを聞いたことを話した。そして、シャインとクラリスの話をしたことを。
「ヘル=シャインから、あなたにメッセージを言付かってきました」シャルロットが言った。「『クラリスは、あなたを心から愛してきた。あなたのことをすべて許したはずだ。あなたは、心おきなく、シャルロットさんを愛してあげて下さい。クラリスも、あなたの本当の娘さんも、そうすることを望んでいるはずだ。もし、あなたにわたしの本当のメッセージが届いたら・・・』」
「届いたら・・・?」シャルロットがそこでいったん言葉を切ったので、ゴーティエが訊ねた。
「『・・・あなたは、あなたのすべきことをしてください』」シャルロットはゴーティエの顔を見ながら続けた。「・・・メッセージは以上です」
「あなたは、あなたのすべきことをしてください」ゴーティエは繰り返した。そして、弟に訊ねた。「・・・どういうことかわかるか?」
 エマニュエルはうなずいた。
「教えて欲しい。本当のメッセージとは何だ?」ゴーティエが言い換えた。
 エマニュエルは何かを言おうとして口を開いたが、ためらいがちに閉じた。そして、ゆっくり首を横に振った・・・。
 翌朝、ゴーティエはエマニュエルを車椅子に乗せ、病院をあとにしようとした。
 病院の前は、異様な雰囲気だった。彼らが近づいてみると、楽器を持った若者たちが大勢集まっていた。サン=ジェルマン校オーケストラのメンバーだった。
「・・・ムッシュー=シャルニー?」シャルロットは、指揮者に声をかけた。
「退院おめでとうございます、マエストロ。今日は、わたしたちからの退院祝いを受け取って下さい」
 そう言うと、ジルベール=シャルニーは指揮棒をおろした。
 それは、エマニュエルが倒れる直前、サン=ジェルマン校のオーケストラと一緒に演奏していた曲だった。オーギュスト=デュランが作曲した<伝説>というタイトルの音楽だった。作曲家自身もその場にいた。
「・・・あなたが言いたかったのは、これで間違いありませんか?」演奏が終わったあと、コンサートマスターがエマニュエルのそばに行き、そう訊ねた。
 エマニュエルは、左手で彼の手を取った。そして、何度も何度もうなずいた。
 その場の全員が泣いていた。オーギュスト=デュランは、やはりうなずきながら泣いていた。
『わたしの仕事は、これで終わった』エマニュエルは天を仰ぎ、ゆっくりとそう言った。
「いいえ、終わってはいないわ。まだ、終わらないわ・・・」シャルロットはそう言うと、彼の膝に顔を埋めて泣き出した。
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