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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第71章

第1288回

 シャルロットはミュラーユリュードに戻ってきた。かの女はまっすぐにウラディーミルの病室に行った。
 枕元にはベアトリス=シャルパンティエが付き添っていた。シャルロットはその表情を見て驚いた。ベアトリスは、これまでにない決然とした表情を浮かべ、シャルロットを見つめていた。
 ベアトリスはシャルロットに無言で首を振って見せた。
 シャルロットは3歩だけ中に近づいた。枕元に行こうとはしなかった。それは、ベアトリスのつとめだとシャルロットにはわかっていた。二人の関係は逆転していた。今や、ウラディーミルの恋人はベアトリスだった。そして、シャルロットはただの友人。ベアトリスの態度から、シャルロットはそうすべきだと悟った。ベアトリスとウラディーミルの間に、シャルロットが知らない何かがあったようだ。そして、それがベアトリスの何かを変えたのだ。
 ベアトリスは、近くの椅子を勧めた。そして、シャルロットが出て行ってからウラディーミルが飛び降りるまでの話を聞かせた。そして、話の最後にこう言った。
「・・・わたしは、倒れている彼を見て、確信したの。わたしは、この人なしでは生きていけないのだと。だから、何があってもわたしはこの人を助けるわ。だけど、彼にもしものことがあったら・・・」
 そのとき、ウラディーミルはゆっくりと目を開けた。
「・・・もしものことがあったら・・・なに?」ウラディーミルは枕元のベアトリスの後ろ姿を見つめた。
 ベアトリスはぱっと振り返った。その表情に喜びが浮かんだ。そして、かの女は毛布の上から彼に抱きついた。
「ベアトリスさん・・・」ウラディーミルは英語で声をかけた。「あなたがここにいるからには、ぼくはまだ死んではいないんだね? それとも、あなたも一緒に死んだの?」
 ベアトリスは潤んだ目で彼を見つめ、英語で答えた。「まあ、うれしいことを言ってくれるのね」
「死ぬのは簡単だと思った。屋上を松葉杖なしで散歩すればいいことだ・・・そう思った」彼はややかすれた声で言った。「そう、ほんのちょっとだけ体をかたむければ、それでおしまいだったはずだった」
 そして、彼はベアトリスを見つめた。「体をかたむけるのが、あんなに難しいとは思わなかった。下を見たとき、思っても見なかった光景が目に入ってしまったんでね。きれいな女性がこっちを見ていた。あれを見たとき、ぼくは、生きていたいって思った。でも、この世にはぼくの居場所はない。ぼくは死ぬべきだ。だけど、あの女性を悲しませたくないと思った。ぼくは、最後に見るものがあの悲しい目だということが耐えきれなかった。だから、ぼくは目を閉じて地獄に飛び込んだ」
 ベアトリスは目をぎゅっと閉じた。
「耳元で声が聞こえた。美しい声が耳に飛び込んできた。この声の持ち主は、天国の住民に違いない。自分はもう天国に行ったのかと思った。体があんなに痛くなかったら、そう信じるところだった。違う。やはり、これから天国に行くんだ・・・。ぼくは目を閉じた。まぶたがとても重かった・・・。最後に聞いた言葉は、『愛しています』だった。そんなすてきな言葉がこの世にあると思わなかった・・・。ぼくは、生きていたいと思った」そして、彼はベアトリスに言った。「ぼくが聞いたのは、空耳だったのだろうか?」
 ベアトリスの目から、涙がふたすじこぼれ落ちた。
「ねえ、ベアトリスさん、あれはまだ有効かしら?」
「あれって?」ベアトリスは目を開けた。
「プロポーズの言葉」彼はかの女の目をのぞき込んだ。「あなたは、ずっと恋人を待っているのだと言った。そして、ぼくは、あなたを待たせる男なんて馬鹿者だと言った。あなたの目の前に、その馬鹿者がいる」
 ベアトリスは目を見開いた。
「もう、待たなくていいんだよ。ぼくでよかったら、ずっとそばにいてほしい」彼はフランス語に切り替え、真剣な顔で言った。「・・・何故泣くの? もう手遅れなの?」
 ベアトリスはだんだん青くなった。
「ぼくのフランス語は、あまり上手じゃないんだ」ウラディーミルは続けた。「ぼくが言いたいこと、わかってくれるかな。ぼくは一度死んだ人間だ。ここにいるのは、新しいウラディーミル=シュトックマン=スクロヴァチェフスキーだ。ぼくは、新しい人生をやり直したい。手伝ってくれないか?」
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