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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第7章

第128回

 当時6歳だったフィルは、この短い滞在期間のできごとを忘れることはできなかった。
 ステラは、この家の中では、まるで目が見える人のように動いた。かの女がここに住んでいた8年前と何も変わっていなかったから、かの女は昔の記憶通りに動けたのである。
 かの女は、一人で火事の現場に行き、いつまでもそこにとどまって泣いていた。
 『ごめんなさい、わたしが悪かったのよ・・・あのとき、ちょっとでもあなたのそばを離れなかったら・・・ごめんなさい・・・』かの女の口はそう動いているようだった。かの女は、死んだ娘に謝っていたのである。
 あるとき、フィルは、自分の疑問を口にした。
「どうして、建物をこのままにしておくの?・・・こうしていたら、つらくないの?」
 ステラは、泣きはらした赤い目を息子に向けた。
 かの女は、静かに語り始めた。
「あなたのお姉さまは、あそこにいた・・・。あの、二階の部屋に・・・。下の階はボイラー室になっていたの。火事になったとき、ボイラー室が爆発して・・・建物があんな風に粉々になってしまったの・・・。もう、二階は全然残っていないでしょ・・・? あなたのお姉さまは・・・ベビーベッドごと吹き飛ばされてしまって・・・ほとんど骨も見つからなかったのよ・・・。わたしたちは、あの子を、お墓に葬ってあげることさえできなかった・・・」
 そう言うと、ステラは、フィルの目にハンカチを当てた。
 フィルは、自分が泣いていたことさえ気づかなかった。
「・・・あそこは、あの子のお墓なのよ、フィル。あそこに、あの子が、眠っているのよ・・・もう、形も残っていないけど、確かに、あそこに、あの子がいるの・・・。だから、わたしたちは、あの子が眠っている邪魔はしないの・・・。あの子を、静かに寝かせてあげたいの・・・」
 フィルはうなずいた。
「こうして、このままにしていたら、確かにつらいわ。でもね・・・建物を直すことは、わたしにはできない」ステラは続けた。「だって、ここにあの子がいるんですもの・・・。シャロンも、きっとそう思っているはず。だから、ここは、ずっとこのままなのよ・・・あれから、もう8年になるのにね・・・」
 フィルは、母親に言った。「あなたは、ちっとも悪くない・・・このがれきの山を見ていたら、誰にだって、助けることは不可能だったに違いありません」
 ステラは、悲しそうな顔をしてフィルを見つめた。そして、首を横に振った。
「誰にだって、これだけの火事のさなかに火の中に飛び込んではいけなかったでしょう・・・。自分を責めないで、ママン・・・」フィルが続けた。
『いいえ、一人だけ、助けようとして火の中に飛び込んだ人がいました。その人は、助かりませんでした・・・』ステラは息子にそう言おうとしてやめた。悲しい思い出だった。
 ステラは、もう一度首を横に振った。
 フィルは、そのときの母親の涙を一生忘れられなかった・・・。


 シャロンは、数日後、一家を連れてリールへ戻った。
 ステラ=ド=ルージュヴィルがここを訪れたのは、これが最後となった。かの女は、二度とここへ戻ることはなかったのである。 
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