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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第7章

第129回

 ステラが最初に体の変調を感じたのは、リールに戻った直後のことであった。
 かの女が熱を出して倒れたとき、シャロンは旅の疲れが出たのだと思った。かの女自身もそう思いこんでいたので、そのときには医者も呼ばなかった。
 かの女の熱は3日でひいた。ただ、ベッドを離れるまでには一週間を要した。その間、家族は心配してかの女を見守っていた。
 やがて、かの女の体は回復した。その年のクリスマス近くのことであった。
 翌年初め、ステラは子どもたちとともにピアノのレッスンを再開した。教師は、以前同様ポーランド人のステファンスキー氏であった。
 ステラは、ステファンスキーに奇妙ともいえる依頼をした。
 ショパンのピアノ曲を順番にレッスンして欲しい・・・というものであった。
「・・・順番に・・・? 作品1から・・・?」ステファンスキーもその依頼を聞いて驚いた。
 『なぜ?』と問う師に、ステラは答えた。
「最近、どういうわけか、無性にショパンが弾きたくなったの・・・どうしてかしらね・・・?」
 ステラ自身にも、その理由はよくわからなかった。
 こうして、そのレッスンがスタートした。
 ステラのこの試みにシャロンは興味を持った。彼は、時間が許す限りこのレッスンを見学にやってきた。最初の頃の作品には有名なものはほとんどないが、シャロンは初めて聞く若い頃のショパンの音楽にどういうわけか共感を覚えたのである。自分が音楽院にいた頃の、作曲科の少年たちの横顔を思い出したからかも知れない。若き日のショパンの作品の中には、輝かしい前途が開けている少年の姿があったのである。
「・・・ショパンにとっては、マズルカというのは、日記帳みたいなものなんですね」作品7のレッスンの時、シャロンがステファンスキーに言った。
「日記帳?」ステファンスキーは首をかしげた。
「人生の節目節目に、彼は、自分のことをメモしていたみたいに見えます」シャロンが言った。「作品5を初めて聞いたときもそう思ったんですけど、ショパンは、マズルカのリズムで呼吸していたんじゃないかしら?」
 ステラは思わず笑った。
 ステファンスキーもほほえんだ。「なるほど、あなたも音楽家なんですね」
 シャロンは首をかしげた。「わたしは、ポーランド語がわかりません。でも、ポーランド語ってマズルカみたいですよ・・・」
 二人は笑い出した。
 それを聞いていたフィルもほほえんでいた。彼自身、音楽はあまり好きではなかったが、こうしているのは楽しかった。
「・・・少年時代のショパンは、自分の言葉を探していたんだと思います」ステファンスキーが言った。「彼は、作曲を勉強していました。いろいろな技法を学ばなければなりませんでした。でも、たぶん、マズルカだけは、自分のありのままの姿で書くことができたんじゃないでしょうかね。あなたが<日記帳>とおっしゃったのは、もしかすると、真実に近いかも知れません」
 ステラもそう思った。そこには、背伸びしない自分の姿があるように、かの女も感じていたのである。
 かの女は、マズルカを書く少年に共感を覚えた。
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