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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第74章

第1332回

 ヴィトールド=ザレスキーは、オート=サン=ミシェル駅でパリ行きの列車を待っていた。パリ方面からやってくる列車が発車したあとで、彼が乗ろうとする列車がやってくることになっている。彼は、パリからの列車から乗客たちが降りてくるのを、ホームのベンチに座ったままぼんやりと見ていた。
「・・・ムッシュー=ザレスキー?」
 誰かに声をかけられ、ヴィトールドは頭を上げた。
 そこに立っていた軍服姿の青年は、ヴィトールドの軍服についていた襟章に気づき、あわてて敬礼の姿勢をとった。
「ムッシュー=クートン・・・?」ヴィトールドは優しく声をかけた。「休暇かい?」
「はっ、大佐どの!」サルヴァドール=クートンは敬礼したまま返事した。
「・・・ここは、戦場じゃないよ、クートン伍長」ヴィトールドはほほえんだ。「ぼくは、ただのヴィトールド=ザレスキーだよ」
 それでも、彼はそのままの姿勢を崩そうとはしなかった。
 ヴィトールドは、しかたなく杖を片手に立ちあがり、敬礼した。
「・・・困ったやつだ。わかった。命令する。これから10分間は、普通の話し方をして良い」
 それを聞き、サルヴァドールはやっと敬礼をやめた。
「休暇かい?」ヴィトールドは、サント=ヴェロニック校の上級生のような聞き方をした。
「はい、2週間の休みです」サルヴァドールもサント=ヴェロニック校の下級生らしい返事をした。「どうやら、怪我をされたようですね?」
 ヴィトールドはうなずいた。「現場に復帰するのはもう少しかかりそうだが、6月1日付で辞令が出た」
 そして、もう一度ほほえんだ。「残念だったね、もう少し早く休みが取れれば、マルフェに会えたかも知れないのに」
「・・・いないんですか?」サルヴァドールは少し残念そうに言った。
「どうやら、ミュラーユリュードにはいないそうだ。看護師たちがそう言っているのを聞いた」
「看護師・・・?」サルヴァドールは首をかしげた。「彼の怪我は、そんなに悪いんですか?」
 ヴィトールドは目を丸くした。「きみたち、連絡を取り合っていないの?」
「マルフェは、あまり手紙をくれない人ですから」サルヴァドールが言った。
「・・・ということは、彼の怪我を知ったのは、別のルートから、だね?」
 ヴィトールドの問いに、サルヴァドールのほおが少し赤らんだ。
「この町に残っている人はだいぶ少なくなったね。きみの同級生では、マルフェを除けば、エリザベート=ド=ノールマンくらいのものじゃないかな。モマン=ミュジコーは元気らしいがね」
「エリザベート? ショップがこの町に・・・?」サルヴァドールも驚いたように言った。
「休暇さ。来月には、また前線に戻るらしいよ」
「・・・かの女は、従軍看護師だったね、そういえば」サルヴァドールが言った。そして、彼は懐中時計を出し、敬礼した。「10分経過しました、大佐どの」
 ヴィトールドはふっとため息をついた。「・・・きみは、もしかするとぼくをおちょくっているのかね?」
 サルヴァドールは初めてにやりと笑った。「もちろんであります、大佐どの」
 ヴィトールドはもう一度ため息をついて言った。「・・・きみは、やはり、マルフェの友達なんだね。きみと友達になりたかったな・・・」
 そして、彼は握手するために手を差し出した。「きみは、いい先生になれるよ。モマン=ミュジコーのような、みんなに愛される先生にね。元気でね、ムッシュー=ラタン」
 サント=ヴェロニック校時代のあだ名で呼ばれ、サルヴァドールは一瞬驚いたような表情をした。
「あなたさえよかったら、いつでも友達にしてください、トト先輩」サルヴァドールも、サント=ヴェロニック校時代の彼の愛称を呼んだ。そして、差し出された手を握りながら言った。「戦争が終わったら、ぼくは、先生をめざします。そして、いつか、あなたのお子さんたちを教えてみたいものです」
 ヴィトールドは苦笑した。「ぼくの子どもか・・・?」
 彼が単数形で言ったのを、サルヴァドールは聞き逃さなかった。「お子さんたち、ですよ。約束ですよ、ザレスキー大佐。お子さんたちを、必ずサント=ヴェロニック校に入れてくださいよ。たとえダース単位であっても、全員特待生待遇で迎えるよう、校長に頼んでおきますから」
 ヴィトールドは、サルヴァドールが《生きてかえってきてくださいね》という言葉を別の表現にしたことに気づいていた。
 ヴィトールドは初めてうれしそうな笑みを浮かべて言った。「きみは、優しいんだな」
 そうだ。この人なら、きっといい教師になれるだろう。ヴィトールドはそう思った。
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