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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第7章

第131回

 ステラは、どうして涙が出てくるのかわからなかった。シャロンがこんなに優しい言葉をかけてくれたのは、何年ぶりのことだろう・・・?
「・・・フィル、その手を離しなさい。そして、ステラのことは、わたしにまかせなさい・・・」
 フィルは、母親の手を離した。かの女がなぜ泣き出したのか、彼にはわからなかった。しかし、手を離さなければならないことだけはわかった。
 ステラは、夫が何を言おうとしているのかわかった。子どもはいずれ親の手を離れていく。しかし、夫婦はこうやって手を取って一緒に歩かなければならない・・・。そう、かの女の手を取るべき相手は、かの女の夫なのである。
「ごめんね、ステラ・・・わたしが、この手を離したばっかりに・・・」シャロンの声がつまった。『・・・きみをこんなに苦しめてしまった・・・』という言葉が出なかった。
 突然、彼は、異常事態に気づいた。
「・・・熱があるんじゃない・・・?」シャロンはもう一方の手を妻の額にあてた。「大変だ。医者を呼ばなくては・・・」
 シャロンは、ステラを抱き上げた。「フィル、マドモワゼル=ロストフスカにお医者さんを呼んでもらうように頼んできてもらえないか?」
 とっさに思い浮かんだのが執事ではなく、息子の家庭教師だというのは皮肉な話だ、とシャロンは思った。彼は、かの女を寝室に運んだ。
 診察が終わった後、シャロンは医者に言った。
「ここのところ、発熱が続くが、原因はなんですか?」
「・・・疲労だと思います」医者が答えた。
「この前も、そうおっしゃいましたよね?」シャロンがたたみかけた。「今回は、前回とは違います。旅行帰りでもないし、疲れるようなことをしていません」
「・・・わかりません、とお答えすべきでしょうか?」医者が言った。「それとも、正直に申し上げましょうか?」
 シャロンは黙って彼を見つめ、うなずいた。
「・・・以前、これにそっくりな症例を見たことがあります。その患者さんは、発熱を繰り返した末、衰弱して亡くなりました。原因不明の病気です。もちろん、治療法もまだ確立されていません」
「・・・つまり、不治の病だ、とおっしゃりたいんですね・・・?」シャロンが言った。
 医者は下を向いた。
 フィルは、思わず父親の方へ駆け寄った。「不治の病、って・・・もう治らないっていうことですか?」
 シャロンは息子を抱きしめた。
『告知を望んだのは、あなたじゃないですか?』医者の目はそう言っていた。
 シャロンは、医者に訊ねた。「・・・で、あと、どのくらい・・・?」
「わかりませんが・・・そう長くはありません・・・」医者は正直に答えた。
 フィルは、声を上げて泣き出した。
「ありがとうございました」シャロンが医者に言った。
 医者が帰った後、フィルは父親に言った。
「人間の寿命、って、誰が決めるんですか?」
 シャロンは肩をすくめた。
「ぼくは、医者になります。こんなの、理不尽です」フィルは声を震わせた。「治療法の研究をします。不治の病なんかに負けたくありません・・・」
 シャロンは、息子を抱く手を強めた。
「・・・ぼくは、ママンを守るって約束したんです・・・もっと早く大人になりたかった・・・そうしたら・・・そうしたら、こんなことで、誰も泣かせはしなかったのに!」フィルはしゃくり上げながら言った。
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