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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第74章

第1338回

「『ぼくは、死神にも見放されたんだ』とマルフェは言っていました」サルヴァドールが言った。「彼に振られた死神が、あなたにプロポーズしてくるとは思えません」
「確かに、魅力のある話ではない」ド=グーロワールはにやにやしながら言った。「でも、見放されたとは? 彼にいったい何があったんだ?」
 サルヴァドールは真面目な顔をした。「誰からも聞いていないんですか?」
「知らない」ド=グーロワールが答えた。
「詳しい話は聞いていません」アグレスールも言った。「概略は、マエストロが話していましたが・・・」
 そこで、サルヴァドールは話し始めた。「ことのはじめは、よくある話です。戦争が始まった直後、プティタンジュとシレーヌの二人は、アメリカに渡りました。ドイツ系ポーランド人だったシレーヌには、無難な留学先でしたから。でも、プティタンジュは、シレーヌと一緒に行くため、サヴェルネ教授と絶交までしたのです。教授は、かの女に二度と戻ってくるなと言い渡し、かの女はグルノーブルを去りました」
 アグレスールはうなずいた。となりでアデライドもうなずいていた。
「これで、マルフェとプティタンジュは、手紙だけで意思疎通を図る間柄となったのです。二人の間には、大きな海が横たわってしまいましたから・・・。そして、彼の前には、試練がありました。バカロレアとサント=ヴェロニック校の卒業試験です。もともと筆無精だった彼は、かの女に短い手紙を書きました。『試験が終わるまでは手紙を書かない。緊急の用事がなければ、しばらく手紙は不要だ』と。ところが、その手紙は、プティタンジュの手に渡らなかったのです」
 三人は意外そうにサルヴァドールを見つめていた。
「じゃ、試験のさなかに、プティタンジュは手紙を出し続けた・・・?」アグレスールが訊ねた。
「その逆です。かの女は、彼が筆無精なのを知っていましたから、試験が終わるまで手紙を出さないつもりだろうと思っていました。それで、試験が終わったという彼からの手紙を待ち続けたのです。ところが、そんな中、例の事件が起こってしまいました。彼の伯母が殺され、集まった親戚から、伯母を巡るエピソード---その中には、彼の両親の恋愛の話も含まれていました---のすべてを聞かされ、彼は逆上してしまいました。あのプライドの高い彼が、自分が望まれない子どもだったと知ったショックは大きかったでしょう。彼は、『母に直接手をかけたのは、伯母かもしれない。だけど、母を殺したのはあなただ』とドクトゥール=ド=ラ=ブリュショルリーに---彼の実の叔父に---言い、その場を去りました」
 そう言うと、サルヴァドールは少しだけ話をやめた。一同の顔を見回したあと、彼は続けた。
「その一連のできごとを、ミューはプティタンジュに手紙で知らせました。そして、学年末試験の結果を。その手紙を受け取ったプティタンジュは、マルフェを気遣い、彼にではなく、ミューに返事を出しました。その手紙の終わりに、『念願通り医大に進学できそうでうれしいです、と彼に伝えてください』と書き、それを聞いたマルフェはさらに逆上したのです。プティタンジュは、どうして自分に直接手紙を書かないのだ?と。かの女はかの女で、マルフェがずっと手紙を出さないことに心を痛め、こんな大事な知らせまで他人の口---正確には、手、でしょうね---から聞かされたことを悲しんでいました。マルフェは、かの女に手紙を書きました。その手紙を読んで、プティタンジュはどんなに悲嘆にくれたことでしょう! それは、こんな手紙でした。《ぼくは、心から信頼できる叔父だと思いこんでいた人間から、卑劣な裏切り行為を受けた。ぼくは、生まれてくるべきではなかった。だから、ぼくは、誰にも迷惑がかからない死を選ぶ。戦場に行くにあたって、きみを束縛から解放しよう。ぼくは、きみを5年待ったが、きみは決してぼくを待っていないで欲しい。ぼくは、すでに死んだ人間で、きみに待ってもらう価値がない人間だから。もし好きな人ができても、ぼくに気を遣う必要はない。いつでも結婚して構わない。きみが幸せになれるのなら、ぼくはそれでかまわないと思っている。遠くからきみの幸せを祈っている。さようなら。》」
 それを聞いたとき、ド=グーロワールには、半年前に自分を訪ねてきたシャルロットのあの悲しそうな表情の意味が初めてわかった。これでは、彼に嫌われていると思いこんでも無理はない。そのうえ、彼に<婚約者>がいると聞かされ、よくあの程度の落ち着きを保てたものだ。取り乱さなかっただけでも、主演女優賞ものだ。
 アグレスールの表情もくもっていた。エマニュエルから、コルネリウスとシャルロットの間がぎくしゃくしているようだとは聞かされていたが、ここまで込み入った話になっていようとは思わなかったのである。シャルロットは、よほど用心深く、自分の感情をエマニュエルに見せなかったに違いない。
「こうして、彼は志願して戦争に行きました。それを見ていたぼくも、彼についていきました。あのときの彼の苦悩に満ちた顔を見ていたら、自分だけエコール=ノルマルに行こうとは思えなかったんです」サルヴァドールは唇をかみしめた。
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