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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第74章

第1342回

「ぼくも、最初話を聞いたときには半信半疑だったんだ」ド=グーロワールが言った。「だいたい、ザレスキー家の代表となるはずの男が、なぜ、ザレスキー家とフランショーム家の長年の懸案を解決する妨害をしなければならないんだ、と思った」
「だけど、恋は、人の理性を狂わせるものです」
 ド=グーロワールはサルヴァドールに苦笑して見せた。「きみが言うと、あまり説得力を持たないように感じるのだが・・・?」
 サルヴァドールはにやりとした。「ぼくが理性をなくすところを見たいですか、モマン=ミュジコー?」
 彼は肩をすくめた。「いや、きみには大いに理性的でいて欲しいものだ。教師は、生徒の手本にならなくてはならないからね」
「じゃ、あなたは、理性を失ったことがない、とか・・・?」
 その問いを聞くと、ド=グーロワールは遠くに目をやった。「そんな人が、存在するのだろうか・・・?」
 サルヴァドールは、ド=グーロワールの視線を追った。彼には、風に揺れている白バラの茂みしか見えなかった。
「つまるところ、ぼくだって、ただの人間だ」ド=グーロワールは、隣にいる昔の生徒に視線を戻した。「そして、ヴィトールド=ザレスキーしかりだ」
「ぼくが知っている彼は、常に紳士でした」サルヴァドールが言った。そして、演劇コンクールのときに見せたあのお茶目な恋敵だった。無害なライヴァル。それが彼の当たり役だった。
「そうかもしれない。だが、たいていの男は愚かにできている。一人の美女のために戦争ができるくらいにね」
 サルヴァドールは苦笑した。
「そして、今もヘレーネは存在する」ド=グーロワールが言った。「今のプティタンジュを前にして、理性的でいられる独身男性がいったい何人いるだろうか?」
 サルヴァドールは眉を上げた。「まさか、あなたもですか・・・?」
「いや、ぼくは違うよ」彼は即座に否定した。
 サルヴァドールは、そのタイミングに疑問を持った。否定するのがあまりに早すぎる。
 ド=グーロワールはため息をついた。そして、ゆっくりと話し出した。
「ぼくは、6年前、エコール=ノルマルを卒業した」ド=グーロワールは言葉を選ぶような調子で言った。「しかし、卒業するまでに、就職口を見つけることができなかった。それでも、ぼくは就職活動を続けた。夏が終わる頃になると、求人そのものが減少してね・・・。9月になって、歴史の教師をさがしているという情報が入り、ぼくはアヴランシュへ向かった。その帰り道、ぼくは、ミュラーユリュードの土地を初めて訪れた。この町に、高校時代の友人たちがいると知っていたから、久しぶりに顔が見たくなってね・・・。そのうちの一人が、リュシアン=ワッセルマンだった」
 サルヴァドールは黙ったままうなずいた。
「彼の元を訪れたとき、たまたま、保健室に校長先生が来ていた。ぼくは、求職活動中だという話をした。校長先生は、ひどく残念そうな顔で、うちの学校には、歴史教師の空きがないんだと話しながらその場を去った。あのときは、まさか、サント=ヴェロニック校にもう一度来ることになろうとは考えていなかった・・・」ド=グーロワールはそう言うと、一瞬目を閉じた。「帰りの直通列車はなかった。一度ル=アーヴルに出て、そこからの乗り換えだった。ル=アーヴル駅でパリ行きの切符を買ったとき、財布の中には5フラン1サンティームしか残っていなかった」
 それを聞くと、サルヴァドールも悲しそうな表情になった。
「列車を待っているとき、妙にもの悲しいヴァイオリンの音色が聞こえてきた。顔を上げると、そこにいたのは、小さなヴァイオリニストだった。車椅子に乗っていた。目を閉じて悲しそうな表情で演奏しているのを見て、ぼくの心は強く揺さぶられた。あんな表現は、苦しんだことがない人間にはできない。あんなに小さいのに、どんな苦しい目にあったのだろう・・・。ぼくは、無意識にかの女に近づき、開いたままになっていたヴァイオリンのケースに、5フラン銀貨を入れた」
「ほぼ、全財産を・・・?」サルヴァドールは目を丸くした。
 ド=グーロワールは赤くなってうなずいた。
「なぜ、そんなことを?」
「わからない。今も思い出せない。ただ、衝動的にそうした。そうしたかったからだとしか言えない」ド=グーロワールが言った。
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