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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第一部」
第7章

第132回

 その後も、ステラは発熱を繰り返した。少しずつ、かの女の体は弱ってきていた。
 そして、三年の月日が経過した。
 ステラの日常には、大きな変化はなかった。
 ただ、<かの女のショパン>だけは成長し続けていた。あの少年は、今や立派な青年になり、そして、また人生の転機を迎えようとしていた。
 その日のレッスン曲は、ショパンの作品61であった。<幻想ポロネーズ>という名前で有名な曲である。
 かの女は、こころもち遅めのテンポで全曲を弾いた。そして、弾き終わってからこう言った。
「・・・同じ変イ長調なのに、前の曲とは全然違うんですね・・・。それとも、前の曲を元気よく弾きすぎたのかしら・・・?」
 前の曲、というのは、作品60のことではなかった。かの女の頭にあったのは、一つ前の作品番号を持つポロネーズ---<英雄ポロネーズ>として知られている作品53---のことであった。
 ステファンスキーは考え込んでいた。
「・・・どうでしょう、もう少し早く弾いてみては・・・?」
 ステラは首をかしげた。
「ポロネーズということを強調してみてはどうかしら」ステファンスキーが言い換えた。
 かの女は、テンポをあげた。
 ポロネーズ部分が転調したあたりで、シャロンは首をかしげた。ステファンスキーもそれを見た。ステファンスキー自身、違和感を感じていた。そして、かの女の演奏を止めた。
「・・・前のポロネーズを弾いてみてもらえないかしら・・・さわりの部分だけでもいいから・・・」ステファンスキーが言った。
 ステラは、<英雄ポロネーズ>を弾き始めた。
 シャロンは、かの女が前回それを弾いたときのことを思い出していた。あきらかに、演奏の内容が違っていた。そして、今回の演奏は、前回よりどことなく病的に聞こえた。
 かの女の手が止まった。その肩が震えていた。かの女は泣いていたのである。
「・・・この曲が、こんなに悲しい曲だったなんて、知らなかった・・・」ステラはそう言った。
 <この曲>って、<英雄ポロネーズ>のこと・・・? シャロンは首をかしげていた。たしかに、今のステラの演奏には、悲しさが漂っていた。
 ステファンスキーも驚いていた。彼も、この曲をこんな風に演奏したのを聞いたことは一度もなかった。しかし、この演奏は彼に大きな衝撃を与えた。ショパンは、自分の体が弱っていくことを感じていた。恋人やまわりの人たちに心配をかけまいとして、無理に元気な様子を装っている青年の姿がステラの演奏には感じられた。しかし、行間には青年の苦しみがにじみ出ていた。なぜ、そんなことに気づかなかったのだろう・・・? この曲は、今までにも何度も演奏したことがある。しかし、そんなふうに考えたことは一度だってなかった!
 やがて、泣きやんだかの女は、もう一度<幻想ポロネーズ>を弾き始めた。
 ステファンスキーは思わず目を閉じた。あのときショパンが考えていたのは、故郷のことだったのではないだろうか・・・と彼は思った。その故郷とは・・・幼い頃過ごしたポーランドのことだったのか・・・それとも恋人のことだったのか・・・もしかすると、彼がこれから行こうとしている<もはや死はなく、もはや悲しみも嘆きも労苦もない>ところのことだったろうか・・・?
 となりでシャロンが泣いていた。おそらく、同じようなことを考えているのだろう、とステファンスキーは思った。彼は、無性にポーランドが懐かしくなった。いや、自分はポーランドに帰らなければならない、と彼は考えた。このショパン紀行が終わったら、何があってもポーランドに帰ろう・・・彼はそう思った。
 彼は、誰かとこのショパンを共有したかった。誰かにこれを伝えていきたかった。それほど、これは彼にとって衝撃的な体験であった。
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