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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第74章

第1344回

 ド=グーロワールはまた遠い目をした。「ぼくは、かなりおくてのほうでね。初恋は、大学に入ってからだった。相手の女性はクラスメートで、ぼくたちはかの女をマディと呼んでいた。もちろん、ぼくはかの女を口説いたりできないくらいシャイだった・・・本当だよ。信じてもらえないかも知れないけどね。だけど、かの女は不器用だったぼくを好いてくれた・・・とぼくは思っていた。ところが、ある日、かの女は交通事故にあってね・・・」
「・・・亡くなったのですか?」サルヴァドールはかすれた声で訊ねた。
 ド=グーロワールは首を横に振った。「違う。骨を折ってね、それが原因で、下半身が動かなくなってしまったんだよ。ぼくは、そんなかの女の病室に、真っ赤なバラの花束を持って訪れた。プロポーズするつもりだった。でも、ぼくは、かの女に愛していると言ったことさえなかったんだよ。ぼくは不器用だった。かの女の前にひざまずくと、目の前が真っ白になってしまい、何を言うべきかわからなくなった。口から出た言葉はこうだった。『マディ、ぼくが一生きみのめんどうを見るよ』」
 サルヴァドールは真面目にうなずいた。
「きみも、あまり女心に機敏だとは言えないようだな、ムッシュー=ラタン」ド=グーロワールはため息をついた。「・・・それを聞いたかの女は真っ青になった。その目に大粒の涙があふれてきてね。どう見ても、喜んでいるようには見えなかった。かの女は、絞り出すようなか細い声でこう言った。『わたしは、憐れみはいらない。愛していたのに。あなたに愛されていると思っていたのに・・・。帰ってちょうだい、フレディ!』」
 サルヴァドールはびっくりして彼を見つめた。
「ぼくは、手元にあったクッションを投げつけそうな剣幕だったかの女の表情に恐れをなし、病室から逃げるように出た。何が起こったか、よくわからなかった。本当に、頭の中が真っ白だった」ド=グーロワールの声はふるえ、今にも泣き出しそうだった。「かの女はぼくを愛していると思っていた。ぼくのそばにいることを喜んでいると思っていた。何よりも、ぼくはかの女を愛していた。・・・ぼくがバカだった。あのとき、素直に愛していると言えば良かったんだ。世界中の誰よりも愛していると、そう打ち明けるべきだった。たとえ、かの女が枕元のナイフを投げたとしても、ぼくはあの場から逃げ出すべきではなかった。・・・かの女は、あのあと、自ら命を絶ったんだ・・・」
 サルヴァドールも泣き出しそうになっていた。
「ぼくは、プティタンジュにその話を打ち明けた。マディが亡くなった後、その話を打ち明けたのは、かの女が最初だった。その話をしたのは、かの女に勇気を持ってもらいたかったからだ。マルフェに自分の気持ちを打ち明ける勇気をね。言葉で言いたくなかったら、音楽でそうしなさいと・・・。そして、かの女はあのステージに立った・・・」
 ド=グーロワールは肩を落とし、両手に顔を埋めた。「あのとき、あんなことさえ言わなかったら、かの女は、あの事故に巻き込まれることはなかったのに・・・」
 サルヴァドールも目に涙をため、彼の様子を見つめていた。一つだけ、確信できた。ド=グーロワールは、かの女に対して、昔の生徒であるという以上の好意を持っていた。それを愛情と呼ぶのか別の名前で呼ぶべきなのかは、サルヴァドールにはわからなかった。彼にとってかの女は、まさしく幸運の女神だったのだ。ところが、彼に会ってからのかの女は、いろいろな目にあってきた。まるで、スカーフと一緒に幸運までなくしたかのように・・・。
「・・・あなたは、プティタンジュが好きだったんですね?」
 彼は小さくうなずいた。「そうだな。そうだったんだな。今まで気づかなかったが。・・・だから、かの女には幸せになってもらいたかった」
 サルヴァドールの胸が痛んだ。
「ムッシュー=ラタン」ド=グーロワールは涙を拭きながら言った。「きみに頼みがある。マルフェを助けてやって欲しい。これまで以上に、彼のことを気遣ってやってくれ」
「プティタンジュのために、ですか?」
 ド=グーロワールはうなずいた。「彼がためらうようだったら、きみが彼を後押ししてやってくれ。あの男も、ああ見えてもかなり不器用だからな。・・・だが、あれで人望はあるようだな?」
「彼は、優しい男ですよ」サルヴァドールが言った。「あなたもご存じの通りね」
 ド=グーロワールはもう一度うなずいた。「彼には、本当の意味での敵は存在しないのかも知れない。だからこそ、命ではなく足一本だけをなくして戻ってきたわけだ。彼は、敵であるはずのドイツ兵にさえ命を救われる人間だからな」
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