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年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第77章

第1390回

「・・・そうね」シャルロットは言った。「間違いなく、この人は、ザレスキー家の当主です」
 フェリシアーヌはそれを聞くと、なぜかほっとしたような表情になり、その場を去っていった。
 シャルロットとヴィトールドは二人きりでその場に残された。
「お座りになって、ヴィトールド。ただし、ドアを閉め切ってはだめよ」
 その言葉を聞くと、ヴィトールドはにやりとした。彼はドアの隙間を30センチあけたまま中に入った。
 シャルロットは黙ってその様子を観察していた。軍服を着たヴィトールドを見たのは、戦争前夜に会ったとき以来だ。あのときと違うのは、勲章がいくつも増えたことだ。しかし、こんなに勲章をいっぱい着けた軍服を着ていてさえ、彼は軍人に見えなかった。軍服を着ていてさえ、彼は貴族的な上品さを失うことはなかった。彼にとっての軍服は、機能的な格好ではなく、単なる制服でもなく、何か儀式のための正装にさえ思えるほどだった。ほおのところにある傷跡がなかったら、彼は軍人ではなく、軍服を着た俳優のように見えた。
 ヴィトールドは、シャルロットの沈黙をどう解釈していいのかわからなかった。少なくてもかの女は、同年代の少女たちが自分を見るときのようなまなざしを自分に向けていないのはわかっている。あこがれではなく、むしろ軽蔑を帯びたまなざし。彼は、沈黙に耐えきれず、口を開いた。
「どう、乞食の格好よりは似合うと思わない?」
 シャルロットはとっさに言った。「わたしは、軍人より乞食を選ぶわ」
 ヴィトールドは苦笑した。「相変わらずだね、シャルロット。少しは変わったと思ったのだが」
「変わらないわよ」シャルロットはつれなく言った。
「・・・痩せたね」ヴィトールドはそっと言った。「それに、喪服を着ているんだね」
 シャルロットは首を横に振った。
「きみは、白の方が似合うのに」ヴィトールドは優しい口調で言った。「誰もきみにそう言わないのか?」
 それを聞くと、シャルロットは涙ぐんだ。白い服が似合うと言ってくれた二人の人間は、すでにこの世の人ではない。
 シャルロットの涙を見て、ヴィトールドはたじろいだ。こんな何気ない一言で、こんな反応が返ってくるとは思わなかった。
「・・・大切な人を、亡くしたんだね・・・」ヴィトールドはそっと言った。まるで、心の傷をそっと撫でるかのような口調で。
 シャルロットは「軍人なんて嫌い!」とつぶやくと、すすり泣いた。
 ヴィトールドはその様子を黙って見ていることしかできなかった。今の彼には、かの女を抱きしめて慰める権利も、その資格もない。だが、その悲しげなすすり泣きを聞くのは、銃弾の嵐の中に身を投じるよりもつらい。
「泣かないで・・・きみの涙を見たくないから、戦場に行ったのに・・・」ヴィトールドは小さな声で言った。
 不思議に心に染み渡るその声を聞くと、シャルロットは顔を上げた。二人の視線が交差した。
 ヴィトールドは意識的に両手を後ろで組んだ。そうしなければ、かの女に手を触れずにはいられなかったからだ。シャルロットの方は、目をそらし、ポケットから出したハンカチで目をふいた。
「わたしを泣かせたくなかったなら、戦争には行かないで欲しかった・・・。あなたが、モマン=ミュジコーを殺したんだわ」シャルロットはそう言うと、彼に背を向けた。
「モマン=ミュジコー・・・? 彼が亡くなったのか?」ヴィトールドはびくっとして立ちつくした。
 シャルロットはうなずいた。そして、もう一度ハンカチを目にあてた。
 ヴィトールドは目を閉じたままじっと動かなかった。まるで、黙祷を捧げているようだった。シャルロットが彼の方に目を移しても、彼はそのまま目を閉じていた。その顔には、信じられないというより信じたくないと書かれているようだった。
 やがて、ヴィトールドは目を開け、胸についていた勲章を全部むしり取った。そして、静かな口調で言った。
「ぼくは、軍隊になんの未練もない。ポーランドは独立を果たし、あとは各国の承認を待つのみだ。パデレフスキーたちが、アメリカで動き回っている」
「パデレフスキー、って、音楽家の?」シャルロットは疑わしそうに言った。
「彼は、もはや音楽家とは言えないだろうがね」ヴィトールドは額にしわを寄せた。「今の彼は、外交官だ」
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