FC2ブログ

年代記 ~ブログ小説~ 

「年代記  第三部」
第77章

第1395回

 ヴィトールドはにやりとした。「・・・それでは、手の傷あとをお見せしましょうか? わき腹の傷あとの方は、レディの前だから遠慮させていただくとして・・・」
 それを聞いて、アントーニもにやりとした。
「あなたは、今日からペンネームを変えるべきだわ、トマとね」マウゴジャータはそう言いながら、空になったグラスをマスターに差し出した。
 マスターは咳払いしながらマウゴジャータにワインのお代わりを手渡した。「この人が特別に疑い深いわけじゃないよ」
 ヴィトールドは小さくため息をつき、自分のティーカップの方に目を移した。
「わたしも、ポーランド人だと言うだけで、実際はチューリッヒ育ちよ」マウゴジャータが言った。「両親はポーランド人で、クラークフで生まれたからポーランド人だというわけ」
「でも、なぜポーランドを離れたの? ご両親が外交官だったとか・・・?」ヴィトールドが訊ねた。
「フェリックス=ザモイスキーってご存じ?」マウゴジャータは逆に訊ねた。
 ヴィトールドはためらいがちに答えた。「・・・社会主義者・・・だったと・・・聞いているが・・・?」
「はっきりテロリストとおっしゃい」かの女はぴしゃりと言い返した。「あなたは、彼を社会主義者だと言ったわね。ひょっとして、彼の名前を聞いたことがある以上の関係なのね?」
「友人の一人が、養父母を彼に殺されました」ヴィトールドが答えた。
 アントーニは驚いてヴィトールドを見つめた。
 マウゴジャータはそれを聞くと、目をつり上げた。そして、挑戦するような口調で言った。「彼は、わたしの兄よ」
 ヴィトールドはかの女を優しく見つめた。「友人は後にぼくにこう言った。フェリックス=ザモイスキーという男性は、悪い人間じゃなかったと。彼は自分が正しいと思った通りに行動しただけだ、つまり、自分の信じる正義のために戦っただけだ。その手段は正しくなかったかも知れない。でも、彼は悪い人じゃない。・・・かの女はそう言った」
「変な理論付けをする女性だね」アントーニは口をはさんだ。「いくら正義のためとは言っても、人を殺せば罪人だ」
「そうです。人を殺せば罪人です。でも、罪を犯す人が悪いんじゃなく、人が犯した罪が悪いんです」ヴィトールドが言った。
「罪を憎んで、人を憎まず、か・・・」アントーニは淡々とした口調で言った。
 ヴィトールドはうなずいた。
「その女性は、いったい何を支えにして生きているの?」
「かの女はいつも言っていました。人を憎むことを生きる支えにしたくはない。人を憎むより、人を信じたい、と」
 アントーニは驚いた。「そのために、ずいぶん苦しんだのではないだろうか?」
「そうでしょうね・・・」
「あなたは、かの女から、かなり影響を受けたようだ」マスターがヴィトールドのティーカップにおかわりを注ぎながら言った。
「そうでしょうか」ヴィトールドはマスターの方に顔を向けた。そして、ありがとう、というように頭を振ってから続けた。「もしそうだったとしたら、ぼくはきっと士官学校には行かなかったでしょう。戦場に行くことはなかったでしょう。戦争は、人殺しの場ですからね」
 アントーニはそれを冗談にしようとした。「志願したとき、かの女と喧嘩になったでしょう?」
 ヴィトールドの顔がくもった。「思い出したくもありませんね」
「でも、あなたは、それでも戦場に行った」アントーニは言った。「そして、軍服に勲章をいっぱいつけて帰ってきた・・・」
 ヴィトールドはうなずいた。「その格好でかの女の前に立ったとき、かの女はこう言った・・・」
「『お帰りなさい』、ってか・・・?」誰かが冷やかしながら通っていった。
 ヴィトールドはため息をついた。「そうは言わなかった。ご苦労様とも言わなかった。ただ、こう言ったんだ。『そんな格好でわたしの前に立つなんて、恥を知りなさい』」
 三人は目を丸くした。
「かの女にとって、わたしの軍服姿は、人殺しが、自分が殺した人間の血を浴びた格好で現われたのと同じに見えたんだろうな」ヴィトールドが言った。 
「・・・徹底した平和主義者だな」アントーニが感心したように言った。「首尾一貫、立派なものだ」
 そして、彼は言った。「わたしは、あなたが軍人だったことを信じるよ、ギュスターヴ」
関連記事
 関連カテゴリ一覧 ▼ 
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第一部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第二部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記  第三部
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 SIDE-B
総もくじ 3kaku_s_L.png 年代記 外伝
もくじ  3kaku_s_L.png データベース
もくじ  3kaku_s_L.png 設定
総もくじ 3kaku_s_L.png 更新
もくじ  3kaku_s_L.png 未分類
総もくじ 3kaku_s_L.png 日記
  ↑記事冒頭へ  
*Edit
  ↑記事冒頭へ